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練習後。私たちは四条通りへ移動した。四条通りは例年どおり混み合っている。
すれ違う人たちの言葉の半分くらいは京都のそれではなかった。箱根の関の向こう側の言葉が耳に入った。
「やっぱり四条来ると混んでるね」
「せやね。やっぱりここが市内で一番の繁華街やからな」
亨一と充は四条に来ると少し嬉しそうにしていた。府外から来たので当然なのだけれど。
私と健次はお上りさんの2人を微笑ましい気持ちで見ていた。
「ちょっとお茶してこか? あそこの抹茶ラテ美味いから」
「おぉ! ええな! 何か遠足でも来た気分やで」
充は子供っぽく笑う。これだけがたいがいいのに充は大の甘党だった。たしか前に練習したときもクリームあんみつを嬉しそうに食べていた気がする。
「したら決まりやな……。ケンちゃんと亨一もええか?」
「俺は構わないよ」
「俺もええで」
決まりだ。ほとんどの場合、飲食店の決定権は充にある。
それから私たちは三条通り沿いの茶房に入った。入り口にはお土産用の抹茶味の生八つ橋が山積みされている。生八つ橋……。私が最も食べない和菓子の一つだ。
席に着くと店員に注文を伝える。私と充は抹茶ラテ、健次はコーラ、亨一はアイスコーヒーだ。
「ほんまに2人とも今日はありがとな。久しぶりに4人でセッション出来てよかったわ」
私は府外の2人にお礼を伝えた。事あるごとに来てくれるのは本当にありがたい。
「俺はかまへんで! 俺よか亨一君が大変やろ? 神戸からやからなー」
「いやいや、大丈夫だよ。電車とバス乗り継ぎで1時間ちょいだからさ……。それにしても鴨川さんも健次くんもすごく上手くなったね! 今日改めて思ったよ」
亨一はそう言うと「うんうん」と納得するように数回肯く。
「ほんまか? なら嬉しいわぁ。ウチはあんまり自覚ないねんけど、ケンちゃんは上手くなったな。2年前はコードもろくに弾けんかったのにたいしたもんやで! ほんま」
「なんや月子? もしかして褒めてくれたんか?」
「せやで。ウチかてたまには褒めるよ」
健次は私の言葉が気持ち悪いらしい。考えてみれば今まで健次を褒めたことは少ない気がする。
「ほんまやな。月子も岸やんも上手くなったと思うで! 俺も頑張らんとなー。亨一君とこの舞洲さんには全然敵わんし……」
充は軽いため息を吐いた。どうやら彼にとって舞洲ヒロは競争相手のようだ。
「ヒロか……。まぁね。たしかにあの子は頑張り屋だから。手前味噌だけどたいしたもんだと思うよ」
「せやろな。ほんま末恐ろしいで。合うたびにあんだけ上手くなられたら……。きっと才能があるんやろな」
亨一はそこで特に謙遜だとか卑下はしなかった。これに関しては充が謙遜を嫌いというのもあるかもしれない。たしかに第三者の私から見ても舞洲ヒロの技術は高かったし、充と比べても彼女の方が数段上だと思う。
そんな話をしていると店員が飲み物を運んできた。抹茶ラテの上には生クリームが並々と乗っている。
「お! ええやんええやん! めっちゃ美味いな」
「ハハハ、せやろ? ここの抹茶ラテほんまに美味いからオススメやで」
どうやら充も気に入ってくれたようだ。
「そういえば逢子からの言付けだけどさ……」
「ああ、そうやったね」
私は亨一から預かった書類を袋から出した。
「えーとね。5件ピックアップしたってさ。京都・大阪でのオーディションが4件、東京が1件ね」
「へ? 東京?」
「うん。鴨川さんは関西地区でって言ってたけど、ここだけは入れたいって逢子が言ってさ。ま、『ニンヒア』のオーディションだから大きいし検討してもいいんじゃないかな」
『ニンヒア』……。たしかパンクロック系に強いメジャーレーベルだ。
「そうか……。てかこれもしかして逢子ちゃんも出る感じ?」
「うん。今年に入ってから逢子オーディション受けまくってるからね。その勢いで上京決めちゃったらしくてさ」
実に逢子らしい。彼女は行動力の化身なのだ。
「うーん……。せやな。ちょっと検討してみるわ」
そう言いながらも私の中では行くと結論が出ていた。東京には前から行ってみたかったし、何より親友に会う口実が欲しかった。健次の手前、そのことは口にはしなかったけれど……。
帰り道。私と健次は2人を駅まで送っていった。
「今日はほんまにありがとな。またこれに懲りずセッションしよ」
「そうだね。俺も都合つけばまた来るよ」
「俺もや! つーか奈良からは近いから再来週にでもまた来るで!」
そう言うと彼らは改札の向こうへ消えていった。
帰り道。私は健次と四条通りを歩いていた。空を見上げると大きな入道雲が広がっている。
空はどこまでも果てしない青で、私は飲み込まれるような錯覚を覚えた。
私がぼんやり空を眺めていると健次が急に口を開いた。
「なぁ月子? お前東京行きたいんやろ?」
「え? なんで?」
「いや……。お前が考えとることぐらい分かるで。オーディションもそうやけど……。栞がな……」
健次は語尾を濁す。
「ああ、せやね。ウチは東京行きたいな。『ニンヒア』のオーディション出て……。そんで栞にも会いたいな」
「そうか……」
健次はそれ以上何も言及しなかった。否定もしなければ肯定もしない。
おそらく私たちは東京へ行くのだろう。私は確信的そう思った。
いや……。行くのだろうは適切ではない。
行かなければいけない――。




