表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルテミスデザイア  作者: 海獺屋ぼの
50/63

4-3

 練習後。私たちは四条通りへ移動した。四条通りは例年どおり混み合っている。

 すれ違う人たちの言葉の半分くらいは京都のそれではなかった。箱根の関の向こう側の言葉が耳に入った。

「やっぱり四条来ると混んでるね」

「せやね。やっぱりここが市内で一番の繁華街やからな」

 亨一と充は四条に来ると少し嬉しそうにしていた。府外から来たので当然なのだけれど。

 私と健次はお上りさんの2人を微笑ましい気持ちで見ていた。

「ちょっとお茶してこか? あそこの抹茶ラテ美味いから」

「おぉ! ええな! 何か遠足でも来た気分やで」

 充は子供っぽく笑う。これだけがたいがいいのに充は大の甘党だった。たしか前に練習したときもクリームあんみつを嬉しそうに食べていた気がする。

「したら決まりやな……。ケンちゃんと亨一もええか?」

「俺は構わないよ」

「俺もええで」

 決まりだ。ほとんどの場合、飲食店の決定権は充にある。

 それから私たちは三条通り沿いの茶房に入った。入り口にはお土産用の抹茶味の生八つ橋が山積みされている。生八つ橋……。私が最も食べない和菓子の一つだ。

 席に着くと店員に注文を伝える。私と充は抹茶ラテ、健次はコーラ、亨一はアイスコーヒーだ。

「ほんまに2人とも今日はありがとな。久しぶりに4人でセッション出来てよかったわ」

 私は府外の2人にお礼を伝えた。事あるごとに来てくれるのは本当にありがたい。

「俺はかまへんで! 俺よか亨一君が大変やろ? 神戸からやからなー」

「いやいや、大丈夫だよ。電車とバス乗り継ぎで1時間ちょいだからさ……。それにしても鴨川さんも健次くんもすごく上手くなったね! 今日改めて思ったよ」

 亨一はそう言うと「うんうん」と納得するように数回肯く。

「ほんまか? なら嬉しいわぁ。ウチはあんまり自覚ないねんけど、ケンちゃんは上手くなったな。2年前はコードもろくに弾けんかったのにたいしたもんやで! ほんま」

「なんや月子? もしかして褒めてくれたんか?」

「せやで。ウチかてたまには褒めるよ」

 健次は私の言葉が気持ち悪いらしい。考えてみれば今まで健次を褒めたことは少ない気がする。

「ほんまやな。月子も岸やんも上手くなったと思うで! 俺も頑張らんとなー。亨一君とこの舞洲さんには全然敵わんし……」

 充は軽いため息を吐いた。どうやら彼にとって舞洲ヒロは競争相手のようだ。

「ヒロか……。まぁね。たしかにあの子は頑張り屋だから。手前味噌だけどたいしたもんだと思うよ」

「せやろな。ほんま末恐ろしいで。合うたびにあんだけ上手くなられたら……。きっと才能があるんやろな」

 亨一はそこで特に謙遜だとか卑下はしなかった。これに関しては充が謙遜を嫌いというのもあるかもしれない。たしかに第三者の私から見ても舞洲ヒロの技術は高かったし、充と比べても彼女の方が数段上だと思う。

 そんな話をしていると店員が飲み物を運んできた。抹茶ラテの上には生クリームが並々と乗っている。

「お! ええやんええやん! めっちゃ美味いな」

「ハハハ、せやろ? ここの抹茶ラテほんまに美味いからオススメやで」

 どうやら充も気に入ってくれたようだ。

「そういえば逢子からの言付けだけどさ……」

「ああ、そうやったね」

 私は亨一から預かった書類を袋から出した。

「えーとね。5件ピックアップしたってさ。京都・大阪でのオーディションが4件、東京が1件ね」

「へ? 東京?」

「うん。鴨川さんは関西地区でって言ってたけど、ここだけは入れたいって逢子が言ってさ。ま、『ニンヒア』のオーディションだから大きいし検討してもいいんじゃないかな」

 『ニンヒア』……。たしかパンクロック系に強いメジャーレーベルだ。

「そうか……。てかこれもしかして逢子ちゃんも出る感じ?」

「うん。今年に入ってから逢子オーディション受けまくってるからね。その勢いで上京決めちゃったらしくてさ」

 実に逢子らしい。彼女は行動力の化身なのだ。

「うーん……。せやな。ちょっと検討してみるわ」

 そう言いながらも私の中では行くと結論が出ていた。東京には前から行ってみたかったし、何より親友に会う口実が欲しかった。健次の手前、そのことは口にはしなかったけれど……。

 帰り道。私と健次は2人を駅まで送っていった。

「今日はほんまにありがとな。またこれに懲りずセッションしよ」

「そうだね。俺も都合つけばまた来るよ」

「俺もや! つーか奈良からは近いから再来週にでもまた来るで!」

 そう言うと彼らは改札の向こうへ消えていった。

 帰り道。私は健次と四条通りを歩いていた。空を見上げると大きな入道雲が広がっている。

 空はどこまでも果てしない青で、私は飲み込まれるような錯覚を覚えた。

 私がぼんやり空を眺めていると健次が急に口を開いた。

「なぁ月子? お前東京行きたいんやろ?」

「え? なんで?」

「いや……。お前が考えとることぐらい分かるで。オーディションもそうやけど……。栞がな……」

 健次は語尾を濁す。

「ああ、せやね。ウチは東京行きたいな。『ニンヒア』のオーディション出て……。そんで栞にも会いたいな」

「そうか……」

 健次はそれ以上何も言及しなかった。否定もしなければ肯定もしない。

 おそらく私たちは東京へ行くのだろう。私は確信的そう思った。

 いや……。行くのだろうは適切ではない。

 行かなければいけない――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ