3-11
吉野くんのドラムは上手かった。上手いという言葉だけでは足りないくらいには上手い。
激しさと音楽的情緒に溢れ、パフォーマンスとして見ても飽きない。
舞洲ヒロのそれとは違うけれど、彼の技術は高かった。
技術……。いや才能と言ったほうが正確だろう。
足下から伝わるドラムの振動は私を気持ち良くしてくれた。
健次もそれは同じようで、足でリズムを取りながら彼の演奏を聴いていた。
私は素直に感心した。感心を通り越して感動だったかもしれない……。
演奏が終わると吉野くんは大きなため息を吐いた。彼の額と背中には汗が滲んでいる。
「ふぅ……。どうや? こない広いところで演奏したんは久しぶりやから気持ちよかったで」
彼は満足げな笑みを浮かべた。人懐っこい皺が顔全体に浮かんでいる。
「ええと思うよ! てか吉野くんめっちゃ上手いやん!」
「ハハハ、おおきに。そうゆーて貰えたら嬉しいな。したらあと3曲ぐらいやるで!」
それから吉野くんは何パターンか違う曲を演奏してくれた。
彼は曲ごとに音を変化させて演奏した。変幻自在のカメレオンのようだ。
吉野くんの演奏はお世辞抜きに上手かった。基礎がきちんと押さえられていて、それでいて自身の色がちゃんある。
一通り演奏が終わると吉野くんは大きなため息を吐いた。
「こんなもんやな……。で? どうや? 合格か?」
「ああ、せやな……。合格は間違いないで……。ただな……」
私は気になっていた。……というより不思議だった。
「なんでウチとケンちゃんのバンドなん? こうゆーたら悪いけど、吉野くんくらい上手かったら引く手数多やろ?」
私の問いに吉野くんは一瞬、固まった。
「ん? ああ、そない思ったんや……。ありがとう。いや、たまたまやねん。もともと趣味で始めたドラムやけど、バンド組む相手がおらんかったからな。で! 岸やんの幼なじみやったら一緒にやってもええかなーって。そんだけの理由やで?」
「ああ……。なるほど」
惜しい男だと思った。才能があるのに自身にその認識はないらしい。
「月子、難しいこと抜きにしよーや! 俺もみっちゃんと一緒にバンド組んでみたいし、お前が気にいったんやったら問題ないやろ?」
「ああ、せやな……。したら吉野くん? 1回ウチとケンちゃん3人で合わせてみよか? 相性もあるやろうから」
「ええで! 曲どないする?」
曲……。とりあえずのセッション。
「したら……。工藤静香とか出来るか? 『メタモルフォーゼ』がええな。ケンちゃんも出来るやろ?」
「俺は問題ないで! 岸やんさえ良ければそれでやろうや」
健次は「ああ」とだけ言ってギターを構えた。
赤いストラトキャスターはメタリックな輝きで激しく自己主張している。
「行くで!」
吉野くんはそう言うとスティックを3回打ち鳴らした――。
それが私と健次。そして吉野くんの最初のセッションだった。
健次のギターはこの前、神戸で聴いたときより格段に良くなっていた。
ストラトキャスターの咆哮がステージに響き渡る。
それに反応するように私の心臓は恐ろしい早さで鼓動した。
吉野くんのドラムはどっしりと安定したリズムを刻んでいた。やはり彼の作り出すリズムは正確で、健次のギターとの相性も良かった。
彼らのお陰で、私は安心して歌に集中することが出来た。
ベース音がないので少し間が抜けてはいたけれど、それでも心地よかった。
私は分の中身を全て吐き出すように歌った。最高に気持ちが良い。今ここで死んでもいいくらいだ。
殺人的で快楽的だ。普段の悩みや葛藤などどうでも良くなる。
『メタモルフォーゼ』の演奏が終わると私は全てがどうでも良くなっていた。
どうでもいい。今この場で世界が終わっても構わない。
そんな狂気が私を支配してた――。




