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第18話 白兵戦

 サメのようなフォルムの宇宙巡航艦は超電磁砲があった場所をえぐり取られ、醜い傷口をさらしていた。

 装甲強化宇宙服に身を包んだ俺たち三人は、その傷口から宇宙巡航艦の中へと入っていった。

 本来は敵艦の強固な装甲板を粉砕するはずの砲弾の破片が艦内を駆け巡り、修復不能なダメージを巡航艦に与えていた。鉛や樹脂の複合装甲はおろか、配管や配線、内部の機材もぐちゃくちゃになっていた。艦内は焼けただれ、抉られ、元の姿は想像できなかった。

 ダメージコントロールのため、あちこちで気密隔壁が下りていた。損傷はひどいがまだ艦の機能は停止していないようだった。乗組員も生き残っている可能性が高い。

「レイチェル、敵駆逐艦から通信があったら教えてね」

「わかりました。アイザック」

 ヘルメットの内部に通信装置のやり取りが響いた。

 アイザックはしゃべりながらも器用に推進装置を操り無傷の気密隔壁へと近づいていた。

 気密隔壁の間近に迫るとアイザックは自動小銃を乱射した。装甲歩兵用の馬鹿げた破壊力を持つ自動小銃だ。

 射撃の反動で宇宙空間に浮かぶアイザックの装甲強化宇宙服は、後方にもっていかれそうになったが、彼は背中の推進剤を噴射して絶妙なバランスを保った。まるで歴戦の装甲歩兵のようだ。人は見かけによらないとはよく言ったものだ。

 気密隔壁はあっという間にボロボロになってちぎれ飛び、我々が通れるようになった。

「いくよ」

「サー、イエス、サー」

 アイザックの声に俺とアリスは瞬時に応えた。モヤモヤしたものを感じながらも装甲歩兵としてのスイッチが入っていた。

 俺が先頭、真ん中はアイザック、しんがりはアリスというフォーメーションをとった。

 気密を破って進んでいるので外部の音は聞こえない。聞こえるのは自分の息遣いと通信装置が届けるアイザックやアリスの声だけだ。

 艦内照明は切れていたので、俺たちは装甲強化宇宙服のヘルメットに取り付けられたサーチライトを点けて闇を照らしていた。

 艦の中央部に向かって進む道すがら、アイザックは時折天井に向けて自動小銃をぶっぱなし、天井裏の電気配線の方向を確認していた。

「次を右ね」

「何をしてるんですか?」

「電源ケーブルやネットワークケーブルの様子で、中央制御室や人工知能の場所がある程度わかるんだよ」

「はあ」

 技術者ならではのやり方だ。俺は配線の様子を見てもよくわからない。

「僕たちの第一の目的は人工知能の押収だからね。危険な計画の証拠になると同時に、頭脳を切り取ってしまえば、この艦は役立たずさ」

 しかし、それをこの艦の奴らが黙って許してくれるとは到底思えなかった。

 俺は右方向の気密隔壁を自動小銃で粉砕した。

 金属片に混じって赤い霧のようなものが壁の向こう側からこちらの廊下に噴出した。

 血だ。

「散開!」

 俺は怒鳴った。

 ボロボロになった気密隔壁の向こう側から激しい銃弾の雨が降り注いだ。

 壁の向こう側で敵が待ち伏せしていたらしい。

 俺たちがまっすぐ通り過ぎたら、横から襲うつもりだったのだろう。

 彼らにしてみれば、急に進路を変えられて逆に奇襲を受けた格好だ。

 気密隔壁の両脇に別れた俺たちは隔壁に向けて自動小銃の弾丸を嫌というほど撃ち込んだ。

「伏せて」

 隔壁に空いた穴が大きくなると、アイザックが穴に向けて腰につけていた手投げ弾を放り込んだ。小さなパイナップルに小さな柄をつけたような代物だ。

 隔壁が粉々に吹き飛び、滅茶苦茶に壊れた隔壁の向こうの廊下では、数体の敵装甲歩兵が物のように漂っていた。白く塗装された装甲強化宇宙服は俺達とよく似た西洋の鎧のようなフォルムで、ヘルメットの形だけが大きく異なり、目のあたりが鉛入りガラスの窓になっている円筒形だった。

 漂っている装甲強化宇宙服の多くは激しく損傷し、手足がちぎれたもの、内臓をまき散らしているものもあった。

「うっ」

 俺は激しい吐き気を催した。

 実戦を想定した訓練は何度も行ってきたが本物のバラバラ死体を生で見るのは初めてだった。

「全部で七人か」

 アイザックは冷静に人数を数えていた。

 床に倒れていた敵の装甲歩兵の一人の腕が動いた。武器は握っていなかった。

 おそらく爆発の衝撃で手放したのだろう。

「生きているのか」

 アリスがその兵士に歩み寄ろうとすると、アイザックが自動小銃の弾丸を兵士に浴びせた。

 肉片と血液が飛び散り、兵士は動かなくなった。

「何を!」

「アリス、危ないじゃないか」

 声を荒げるアリスに対し、アイザックの声はどこまでも穏やかだった。



「ここだね」

 アイザックは視線の高さにカードキーの読み取り機やテンキーが付いた入退室管理装置の前で立ち止まった。すぐ横にスライド式の扉があった。

 こうして見るとセキュリティ対策のための機器は『重要な情報資産がここにありますよ』と宣伝しているようなものだった。

「さすがに、ここでは自動小銃はぶっぱなしたくはないよね」

 アイザックは銃身から牙が二つ生えたような形の自動小銃を背中のフックにひっかけ、腰に下げた黒い柄の高周波ブレードを抜き放った。サーチライトの光を反射して刃渡り七〇センチほどの刀身が鈍く煌いた。

 アイザックは超硬合金で作った刃を超振動させるスイッチを入れると、ゆっくりと刀身を扉に突き入れた。そして、まるでチーズでも切るように扉を切断し始めた。

 俺とアリスは自動小銃を手に周囲を警戒した。遅かれ早かれ敵は必ずやってくる。

「よし、開いた。後は頼むよ」

 アイザックは人工知能が置かれたサーバールームに押し入った。

 闇の中で正常動作を周囲に知らせる緑色の小さなランプがいくつも点灯、点滅していた。

 サーチライトで照らすと、量子コンピュータを収めた人間の身長ほどのサーバーラックが横に三台ほど並んでいた。

 ネットワーク機器や無停電電源装置、モニターやコンソールなども収められていたので、サーバーラック三台分がすべて『頭脳』というわけではなかった。

 アイザックは、サーバーラックに収められた機器の中から、データを収めたディスク部分を文字通り切り取って持ち帰るつもりだった。 

 こうなると、入退室管理システムがあろうが、サーバーラックに鍵がかかっていようが、システムの起動に生体認証や強固なパスワードが施されていようが関係がない。

 火星の奴らにしてみれば情報資産を守るためには武装兵を投入するしかなかった。



「来た!」

 サーチライトの光がうごめき、新手の装甲歩兵が俺たちの破壊した気密隔壁の向こう側に到着した気配を感じた。

 俺とアリスは壁を背にして自動小銃を撃ちまくった。

 発射反動が奥歯に響く。

 とりあえず、こちらに近づけなければいい。

 奴らもサーバールームの人工知能を破壊したくないはずだから、しばらくは手投げ弾を投げ込んだりはしないだろう。

「ハードディスクを押収するよ」

 通信機がアイザックの声を運んできた。

 人工知能が使用不能になれば向こうも手段を選ばなくなる。

 相手が何人いるかわからないが、決着をつける必要があるようだ。

「手投げ弾を使う。オレは右、シンイチは左を頼む」

「サー、イエス、サー」

 俺たちは自動小銃を乱射しながら、通路のT字路付近まで前進した。

 アリスが片手で自動小銃を撃ちながら手投げ弾をつかむのを確認し、俺も手投げ弾を手にした。

 タイミングを合わせ、暴発防止用の安全ピンを二人して外すと、同時に低い位置に手投げ弾を投げ込んだ。

「下がれ!」

 アリスの叫びが耳を打ち、俺は自動小銃を乱射したまま全力で下がった。

 途中で弾丸が切れた。

 通路の向こうで爆発が起こり、破壊された宇宙船の内装材が俺たちの方にも飛んできた。

 俺は空になった弾倉と空薬莢でいっぱいになった弾倉を外すと、新しいものに付け替えようとした。

 アリスが一人で敵の状況を確認しようとしているのが目に入り、俺は慌てた。

「自分がいきます」

 俺の大声にアリスは一瞬、動きを止め、俺の方を振り返った。

「シンイチ、まさか、オレを女だと思って……」

 通信機からアリスの不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 その瞬間、アリスの背後、通路の陰から敵兵が現れた。

 栗色の髪のショートカットの女性兵だ。

 整った顔立ちでアリスのことをじっと見つめていた。

 空気がないはずなのに宇宙服を着ておらず、赤と黒の軍服姿だった。

 武器は持っておらず左の肘から先がなかった。

 そして欠損した左腕からは血が滴る代わりに千切れた配線がのぞいていた。

 ヒューマノイドだ!

「アリス!」

 俺は叫んだ。推進剤を最大出力でふかした。

 アリスが振り返り、後ろに自動小銃を向けると、ヒューマノイド兵は右腕で銃身をつかみ、特殊合金製の自動小銃を握りつぶした。

「くっ」

 アリスは自動小銃を手放し一歩退いた。

 同時に俺がヒューマノイド兵に体当たりした。

 俺とヒューマノイド兵はもつれあうように通路の壁に激突した。

 壁は衝撃でひしゃげ、脳みそが激しく頭蓋骨にぶつかり、舌を噛みそうになった。

 ヒューマノイド兵は、俺の装甲強化宇宙服の左腕をつかんで握りしめた。

 左腕はピクリとも動かなくなった。

 驚いたことに華奢な女性にしか見えないヒューマノイド兵のパワーは、装甲強化宇宙服のパワーと拮抗していた。

 左腕を封じられた俺は、右手に握っていた弾切れの自動小銃を手放し、高周波ブレードを使おうとした。

 しかし、ヒューマノイド兵は俺の胴体に足を絡めて密着し、腰に下げた刃物を抜くことができないように妨害した。俺と敵のヒューマノイド兵はお互いの息の根を止めようと激しくもみ合った。

 そうしている間にも、俺の左腕の装甲はヒューマノイド兵の馬鹿げた握力に悲鳴を上げ、歪み、へこみ始めた。

「シンイチ!」

 アリスの叫び声が聞こえた。

 装甲強化宇宙服が破損し、気密が破れれば、その時点で俺はジ・エンドだ。

 アリスが俺のことを助けようと、高周波ブレードを鞘から抜きはらい、超振動させながら近づいてきた。

 しかし、ヒューマノイド兵が激しく暴れているため、俺の装甲強化宇宙服に傷をつけずに、ヒューマノイド兵だけをしとめるのは難しい状況だった。

 俺の左腕の装甲がさらに変形した。

「シンイチ!」

 アリスらしくない悲鳴だった。

 俺はアリスに援護してもらうため、何とかヒューマノイド兵から身体を離したかったが、うまくいかなかった。

 俺は右手でヒューマノイド兵の頭部をつかんで渾身の力を込めた。

 ショートカットの美しい女性に暴力をふるっているようで嫌な気分に襲われたが、そんなことを言っている場合ではなかった。

 アリスも高周波ブレードのスイッチを切って俺に加勢してくれた。

 俺たち三人がもみ合っていると有効な攻撃がヒットしたわけでもないのに、ヒューマノイド兵は急に動きを止めた。

 端正な美しい顔から表情が消え、もの言わぬ人形になった。

 俺は荒い息を吐いていた。

 アリスも俺の横で息を乱していた。

 よくわからないが何とか助かったようだ。

「あ、ありがとうございました」

 俺は動かなくなった敵のヒューマノイドを遠くに押しやると、加勢してくれたアリスに礼を言った。

「馬鹿野郎! 死んじゃうかと思っただろうが!」

 アリスの声は震えていた。

 アリスが心配してくれたのが、俺は嬉しかった。

 そして、心配かけて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「すみませんでした。次回はもっとうまくやります」

「まったく!」

 ヘルメットに隠れて見えなかったが、何とも言えない暖かさを感じた。

 俺はアリスの表情を見たかった。

「終わったよ」

 俺とアリスのやり取りに、のどかなアイザックの声が割り込んだ。

 彼は高周波ブレードで切り取った機器の一部を抱えていた。

 敵のヒューマノイド兵の機能が停止した理由が分かった。

 頭脳を失ったからだ。

「……敵の増援も片付きました」

 アリスが俺と話した時とは明らかに違う冷めた声で報告した。

 嬉しさの欠片もない苦々しさすら感じる声だった。

「始末したのは十五、六人ていうところかな。残りは一〇人といないだろうね。ついでだから全部片付けておこうか。後腐れのないように」

 アイザックは屍の数を数えて、そう俺たちに告げた。



 宇宙パトロール艦よりはるかに大型の宇宙巡航艦といえど、人工知能が運用の中核を担っていることには変わりはなかった。

 大昔の洋上艦のように、何百人、何千人という乗組員がいるわけではない。

 恐らくほとんどの乗員は俺たちと闘って、すでに命を落としていたのだろう。

 俺たちが、高周波ブレードで扉を切り裂いて、数メートル四方の四角い中央制御室に押し入ると、通常の白い宇宙服を着た数人の乗員しかいなかった。

 非常電源が生きているようで、アイボリーを基調とした室内は柔らかい明るさに包まれていた。

 艦長と思われる男が、艦内の損傷個所を表示した空間投影スクリーンを背にして中央の一段高い座席から立ち上がり、こちらを向いた瞬間、アイザックは自動小銃の引き金を引いた。男は丸腰だった。

 肉片と赤い血が飛び散り、室内に霧のように漂った。

 あっけにとられる俺とアリスにはお構いなしに、アイザックは明らかに狼狽して立ち上がった他の乗員にも自動小銃の銃弾をお見舞いした。

 あっという間の出来事だった。

 合計六人ほどが、頭蓋を砕かれ、腕を吹き飛ばされ、内臓をまき散らした。柔らかい景色は遺体と肉片と、血の霧が漂う地獄絵図に変わった。

「以上かな」

 アイザックの涼しげな声が聞こえ、俺は吐き気を催した。

「相手は丸腰でした」

 俺はそう抗議したがアイザックから返事はなかった。

「降伏勧告をすべきでした」

 アリスも抗議した。

「そんなこと言ってると長生きできないよ、火星人は油断ならないからね」

 単純に『戦果』を誇るのであれば、俺たちは英雄と讃えられてもおかしくはないのだろう。

 戦闘用の宇宙艦艇では最弱クラスの宇宙パトロール艦で、戦艦に次ぐ戦闘力を持つ敵の宇宙巡航艦を葬り、敵の機密情報も奪取した。

 しかし、俺は、そして恐らくアリスも誇らしい気持ちにはならなかった。

 こちらから一方的に喧嘩を売って皆殺しにしたのだから。

「次の相手は駆逐艦だね。レイチェル、高出力レーザー砲の有効射程までの時間は?」

 アイザックは中央制御室を背にして廊下に出ると、パトロール艦コーボルトで留守番をしているレイチェルに通信機で問いかけた。

 彼は、すでに次の目標に心を切り替えていた。

「一時間六分一〇秒後です」

「この巡航艦を盾にする場所に移動して」

「わかりました。アイザック」

 とりあえず仲違いしている場合ではなかった。まだ危機は去っていないのだ。

 俺とアリスはアイザックを追って廊下に戻った。

 柔らかい光が惨劇を照らす光景から、サーチライトが闇を照らす光景に切り替わった。

「撤収しますか?」

 俺は自分の感情を抑え、声を絞り出すように仕事の話をした。

「そうだね。時間があれば色々細工もしたかったんだけど。残り一時間じゃ無理かな」

 俺の問いかけにアイザックは明るい声で答えた。

「細工?」

「ブービー・トラップって知ってる? 気になって近づくと実は爆弾てやつ。この巡航艦を爆弾に仕立てて追ってくる駆逐艦を始末したかったんだけどね」

 尊敬すべき頭の良さというより、唾棄すべき狡猾さを感じた。

俺はこれ以上アイザックと会話したくなくなった。

「無理だと思います」

 アリスが俺に代わって苦々しげに答えた。

「じゃあ帰ろうか。この巡航艦を盾にして高出力レーザー砲を撃ち合うという展開だね。敵の駆逐艦は、きっと、この艦に生存者がいると考えて無茶もできないだろうから」

 後世の人たちは我々のことをどう評価するだろうか。

 少ない戦力で多大な戦果を挙げた軍人、それとも、暴走した挙句、戦争のきっかけを作った軍人……俺がふさわしいと思ったのは残念ながら後者の評価だった。

 しばらく無言で敵巡航艦の艦内通路を歩いていると、アイザックのすぐ後ろを移動する俺にアリスが近寄ってきて、ヘルメットを押し付けた。

 俺は、すぐに通信機のスイッチを切った。

「貴様のことは信用している」

「自分もです」

 俺もアリスも、お互いしか頼れる相手はいないと思った。

毎週土曜日に更新予定です。

皆様に楽しんでいただける作品になるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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