第19話 大量破壊兵器
「お疲れさまでした」
俺たち三人が宇宙パトロール艦コーボルトの中央制御室に戻ると、レイチェルが優しい笑顔で出迎えた。
三人ともヘルメットは外していたものの、念のため装甲強化宇宙服は着たままだった。
「はい、お土産」
アイザックはまるで菓子折りでも渡すように敵の巡航艦から押収したハードディスクをレイチェルに手渡した。それなりの重量があるはずの金属の塊をレイチェルは軽々と受け取った。
やはり、その細腕にはかなりのパワーを秘めているのだろう。俺の脳裏に先程の敵のヒューマノイドの姿がフラッシュバックした。ぞっとした。
「直ちに解析を開始しますか?」
レイチェルは穏やかな視線を装甲強化宇宙服姿のアイザックに送った。
「いや、とりあえず敵駆逐艦との戦闘に集中しよう。敵の位置は?」
アイザックはとても生き生きしていた。
「高出力レーザー砲の有効射程まで、時間的距離で十三分四十五秒ほどです」
「それは忙しいね。敵巡航艦を盾にしつつ、敵駆逐艦を攻撃する。敵駆逐艦は鏡面装甲を採用していないよね」
「はい。通常塗装です」
鏡面装甲を採用しているのは巡航艦以上の大型艦艇に限られ、駆逐艦以下の艦艇はステルス性を重視して、全ての電磁波を乱反射してしまう鏡面装甲を採用しないことがほとんどだった。
「敵に超電磁砲発射に向けた動きは?」
「ありません……高出力レーザー砲の砲塔が旋回を開始しました」
「隠れて」
「はい、アイザック」
横方向に発生したGが俺の体をシェイクした。
磁力靴が何とか身体を床につなぎとめ、俺は慌てて座席の背もたれをつかんだ。
「敵駆逐艦の動きを予測、巡航艦の陰から出て高出力レーザー砲で砲撃を加える」
「わかりました。アイザック」
俺たちは装甲強化宇宙服を着用したまま、頑丈な座席に腰掛け、身体を固定した。
パトロール艦コーボルトはランダムな動きで巡航艦の陰から出ると、高出力レーザー砲による一撃を駆逐艦に加え、また、すぐに巡航艦の陰に隠れた。
正面に空間投影された光学スクリーンに、醜く大きな傷を持つ敵宇宙巡航艦の残骸が大きく映し出され、上下左右に大きく移動した。
遠くを見通せるポジションにとどまるのはほんのわずかな時間で、人工知能が素晴らしい手際で照準を合わせ、高出力レーザーを短時間照射した。
アイザックの予想した通り、敵駆逐艦の攻撃は精彩を欠いていた。
巡航艦に生存者がいる可能性を気にするあまり、超電磁砲もミサイルも使用せず、高出力レーザー砲を撃ちまくる単調な攻撃だった。
敵は総合火力ではこちらを大きく上回っているにもかかわらず、自らに制約を課して、五分以下の戦いに堕してしまっていた。
何の盾もない敵駆逐艦と違って、鏡面装甲の巡航艦という巨大な盾を有効に使って攻撃を加える俺たちはじわじわと敵に損害を与え始めた。
「次は盾の下から敵を攻撃」
「わかりました、アイザック」
それにしても、アイザックは、もとコンピュータープログラマーとは思えなかった。
装甲歩兵としても戦闘艦艇の艦長としても一流だ。それは確かだった。
小柄な宇宙パトロール艦コーボルトは巨大な宇宙巡航艦の影を素早く移動し、高出力レーザー砲を斉射し続けた。
途中から正面に空間投影された光学モニターには敵駆逐艦の姿が大きく拡大投影されるようになっていた。
とうとう敵の艦尾付近をレーザーの刃が切り裂き、小さな爆発が発生した。
「勝負を決める!」
「わかりました、アイザック」
コーボルトは艦首を正面に向け、高出力レーザー砲のエネルギーを発射し続けた。
大型回遊魚のようなフォルムの敵駆逐艦は光の刃で無残に切り裂かれた。
金属や樹脂の破片をまき散らしらしながら小爆発を繰り返し、やがてボロボロの残骸となって沈黙した。
推進機関は停止し、慣性の法則に従って、そのままの軌道を漂っていく。
ゆっくりとこちらに近づいていた敵の駆逐艦は、コーボルトの近くを通り過ぎ、そのまま遠ざかっていった。
「これで落ち着いてハードディスクの解析ができるね」
「はい、アイザック」
静かな湖面のような佇まいのアイザックにレイチェルは春の陽光のような笑顔で応えた。
俺に敵艦を撃破したことによる高揚感はなかった。
それはどうやらアリスも同様だったようだ。
「ハードディスクの解析が終わりました」
敵の駆逐艦を撃破してから、三時間が経過していた。
俺たち三人は装甲強化宇宙服を脱いで黒と灰色の軍服に着替えていた。
「で、どうだった?」
ひどく疲れた表情を浮かべる俺やアリスとは対照的に、アイザックはとても生き生きとした表情を浮かべていた。
「アイザックの推測通り、例の新型艦は質量兵器ということで間違いありません。三隻の新型艦は全て無人で、皆さんが制圧した巡航艦から遠隔操作が可能となっていました」
「まったく、火星の奴らにはお仕置きをしないとね。遠隔操作に使用する周波数や暗号キー、システムのログインパスワードも分かった?」
「はい、アイザック」
アイザックは笑顔を浮かべた。
その笑顔が狂気をはらんでいると思ったのは俺だけだろうか。
「じゃあ、さっそくテストしてみようか。目標は火星ということで」
「なっ」
俺は耳を疑った。驚愕のあまり座席から立ち上がった。
「ちょっと待てアイザック!」
アリスの反応はもっと激しかった。
座席から立ち上がるだけでなく、座っていたアイザックの胸ぐらを両腕で締め上げた。
アイザックの座席の背後に立っていたレイチェルが間に入って制止する間もなかった。
「アリス、君らしくないな。上官への暴行は重罪だよ」
「ふざけるな! 何の罪もない一般人まで皆殺しにするつもりか!」
「レイチェル、アリスを拘束して」
アイザックはアリスの叫びを無視した。
「はい、アイザック」
その言葉と同時にどこに隠し持っていたのか、レイチェルはアリスの両腕に手錠のような拘束具をかけた。
何の躊躇もない、滑らかで淀みない動きだった。
「レイチェル!」
俺は叫んだ。
アリスの顔がみるみる屈辱で歪んだ。
両腕の自由が利かなくなった彼女はアイザックに頭突きをかまそうとしたが、レイチェルにやさしく抱きとめられた。
そして、人工重力が働いているにもかかわらず、アリスを小さな子供のように抱えあげると、両足首にも手首と同じような拘束具をかけた。
ヒューマノイドは地球市民には手が出せないと思っていたが、こういう真似はできるらしい。
きっと、アイザックの教育の賜物なんだろう。
「アイザック! この人殺しめ」
アリスの罵りを口元を歪めて受け止めたアイザックは、呆然と立ち尽くす俺を冷たい視線で牽制した。
「レイチェル、危害を及ぼしちゃいけないのは、地球市民に限られるよね」
「そのとおりです」
「火星の奴らをこのまま野放しにしたら地球市民が危険にさらされるよね」
「そのとおりです」
「そんなことは地球市民の安全のために見逃しちゃいけないことだよね」
「そのとおりです。アイザック」
「ということだよ。アリス、それから、シンイチ。わかったかい」
俺は人工知能管理法の条文を盾にレイチェルを従わせるアイザックの論理を聞きながら、激しい違和感を感じ始めていた。
彼の論理はどこか無理があるような気がした。
「さあ、邪魔をするなら二人とも船室でおとなしくしていてもらおうか」
「シンイチ!」
アリスは助けてくれとは言わなかった。そんなセリフはアリスには似合わない。
『ぼさっとすんな!』とか『何とかしろ!』とか言うはずだ。
アリスの仔猫のような瞳は涙でにじんでいた。
「レイチェル、俺のことを拘束する理由はないはずだよな。不必要な拘束は相手に精神的な苦痛を与える。それは地球市民に危害を加えることに他ならない」
隙をついてアイザックの暴挙を止めるためには、とりあえず行動の自由を確保する必要があった。
俺はアイザックを真似て人工知能管理法の条文を盾にした。
「そのとおりです。シンイチ」
レイチェルは抱えていたアリスを座席におろすと、俺に優しい笑顔を向けた。
「それはどうかな。シンイチ」
アイザックは口元に笑みを浮かべていたが眼は笑っていなかった。
「君たち二人は共謀している。僕への反逆を企ててね」
それを聞いたレイチェルは俺の方に静かに歩を進めた。
「何を根拠に」
俺は一歩下がった。残念ながら、今は高周波ブレードも自動小銃も手にしていない。
さっきのレイチェルの動きを見る限り、素手で勝てるとは思えなかった。
「船外作業中に内緒話をしたり、居室を行き来して密談を交わしたりしているよね。気が付いていないとでも思ったのかい?」
「反逆を企てていたというのは本当ですか? シンイチ」
レイチェルがじっと俺の眼を見つめてさらに一歩近づいた。
俺もさらに一歩下がったが狭い中央制御室だ。下がる余地はあまり残っていなかった。
「軍隊で反逆は重罪だ」
アイザックの眼はガラス玉のように見えた。
「黙っていて悪かった、レイチェル。白状するよ」
何が何でも俺まで拘束されるのは回避しなければならない。
頭皮から汗が噴き出した。
「俺はアリスのことが好きなんだ! だから、二人きりになりたかったんだ」
「なっ、何を一体!」
アリスが真っ赤になって叫んだ。
「本当ですか?」
「本当だ。俺の眼を見てくれ」
俺は必死になってアリスのパジャマ姿を思い出した。
可愛くておまけに胸のふくらみがわかってしまうという破壊力抜群のあの姿を。
「くだらない嘘を」
アイザックが吐き捨てるように言った。
「本当のようですね」
俺の眼をのぞき込んでいたレイチェルがつぶやいて接近を止めた。
俺の視線、表情が何かのデータベースと一致したらしい。
「馬鹿な」
アイザックは愕然として、次に困った表情を浮かべた。
アリスを拘束しても俺が野放しだと油断できない。
何とか難癖つけて俺を拘束したいはずだ。
そして、どうやら何か口実を見つけたらしい。余裕の笑顔を浮かべた。
「それは困ったね。艦内で勤務中の軍人が愛欲にふけるのは、軍の倫理規定に違反しているよ。営倉入りが妥当なところかな」
「シンイチ~」
アリスの恨みがましい声が聞こえた。
恥ずかしい思いをした挙句、どうやら裏目に出てしまったらしい。
「いや、愛欲にはふけっていない。ふけりたいと思ったことは否定しないが、まだ、手も握っていない」
言っていて恥ずかしくなった。
「駄目じゃないですか、シンイチ。もっと頑張らないと」
レイチェルが見当違いのコメントを返してくれた。
「居室で若い男女が二人きりで何もなかったなんて信じられるか!」
アイザックは俺の主張を否定したが、俺は嘘は言っていなかった。
「嘘じゃない。本当だ。だから倫理規定違反で処罰される段階にはない。俺の眼を見てくれ」
レイチェルは嘘を言っている人間の顔のデータベースと俺の表情を見比べているはずだ。
「嘘ではないようですね」
アイザックの舌打ちの音が聞こえた。
俺は頭の中で必死にレイチェルを説き伏せるための突破口を探していた。
そして、ふと、コーボルトに配属される前に、かつての上官であるハイライン大尉が言ったこんな一言が頭の中によみがえってきた。
『地球市民を人質に取られたら、ヒューマノイドの奴らは役立たずになっちまうからな』
そして思わず口走った。
「俺は拘束されたり監禁されたりしたら屈辱のあまり自殺する。レイチェルはそれでもいいのか?」
「困ります。シンイチ」
レイチェルが動きを止めた。
突破口を見つけたかもしれない。
思った通り、レイチェルは地球市民の安全を何よりも優先しなければならない。
「アリスもそうだ。彼女はとてもプライドが高い。あんな風に拘束されていたら自殺しちゃうかもしれない。レイチェルはそれでもいいの?」
「騙されるな。レイチェル! 装甲歩兵あがりのこいつらが、そんなにメンタルが弱いわけがないだろ」
珍しくアイザックは慌てていた。どうやら正解にたどりついたようだ。
「オレは屈辱よりも死を選ぶ。レイチェルのせいだ」
アリスが真顔で叫んだ。
「困ります」
レイチェルは慌ててアリスに駆け寄ると拘束具を外した。
「レイチェル!」
アイザックが余裕を失って叫んだ。
俺は、一気に勝負に出た。
「レイチェル、さっきのアイザックの命令だけど、人工知能管理法の最上位命令に抵触する疑いがあるよ」
「騙されるな。レイチェル」
「なぜですか?」
レイチェルはアイザックの制止を無視して俺に質問してきた。
「火星に地球市民が一人もいないなんてことが考えられる? 旅行者もビジネスマンも大使館の職員もいるよね?」
「たいした人数じゃないだろ、それに危険が迫れば脱出するはずだ」
「レイチェルは地球市民を危険にさらしても平気なの?」
「どちらの危険がより大きいか考えろ!」
湖のように静かなアイザックはどこかに行ってしまった。
すっかり目が血走っていた。
強い狂気が感じられた。
「大量破壊兵器は今、我々の管理下にあるよね。ということは差し迫った危険は回避できたということだよね。だから、急いで過激な対応をとるべきではないよね」
俺は畳みかけた。
「地球市民に対する危険を見逃すのか! 火星の新兵器はここにあるだけとは限らない。我々の動きに対する報復として、別の場所で地球に対する攻撃を企てるかもしれない」
「そんな事実は確認されていないよね」
「地球の脅威を完全に取り除くチャンスはめったにないんだぞ。今、この機会を逃すなんて地球市民の安全を最優先すべき人工知能のとるべき道じゃない」
後世の人が歴史を検証した結果、結果的に俺よりもアイザックの方が正しかったという結論に達するかもしれない。
しかし、俺は非戦闘員を皆殺しにするようなことは絶対にしたくなかった。
「火星に住んでいる人間を皆殺しにしたら、宇宙空間に展開している火星艦隊は必ず地球に報復するよ。そうなったら確実に地球市民も死ぬよ。レイチェルはそれでもいいの?」
「シンイチ、お前は黙っていろ!」
俺を論破できないことにアイザックは苛立っていた。
論戦の途中で『黙ってろ』ということは事実上の敗北宣言にも等しかった。
当然、俺に黙るつもりはなかった。
「レイチェル、困ってるみたいだから判断を保留にしたら? 俺やアイザックの意見じゃなくて、さらに上位の人間の命令に従ったらいいんじゃないかな」
アイザックが我慢しきれなくなって俺に実力行使をしてくれれば俺の勝ちが確定したところだが、アイザックはそれほど愚かではなかった。
「レイチェル、判断を先送りすることによって、絶好のチャンスは失われるんだ。それはわかるよね。君は愚かな人間のような判断をしないはずだ」
「レイチェル、俺たちとアイザックの議論は平行線だ。そして、君は少数を切り捨てる判断はできないと俺は信じている」
「人工知能が判断できない複数の選択肢がある場合、妥当性の判断を下すのは人間の仕事だ。そして、この宇宙パトロール艦コーボルトの艦長は僕だよ」
勝利目前でのこの論陣に俺はへこたれそうになった。
「頑張れ! シンイチ」
アリスが声援を送ってくれた。俺の心に再び力がみなぎった。
俺は大きく深呼吸すると、再び言葉を吐き出した。
「アイザックが下そうとしている判断は、この艦の乗員に関する判断じゃなく、地球と火星の人類すべての命に関する判断だよ、アイザックにそんな権限はないはずだ。繰り返しになるけど、より上位の命令を確認する必要があるはずだ」
「もう一度言う。判断の先送りは、チャンスの喪失につながる」
「判断を先延ばしにしたとして軍上層部が俺の提案を採用した場合、アイザックは手段を選ばず自分の意見を貫こうとするだろう。そして、軍上層部がアイザックの提案を採用した場合、俺たちも手段を選ばず自分の意見を貫こうとするだろう」
「何を言ってるんだ。シンイチ」
急に話題を変えた俺に対し、アイザックが困惑しながら狂気に血走った目を向けた。
「俺たちと、そして、この艦の安全のために、艦隊旗艦が到着するまで、俺たちのことをそれぞれの個室に軟禁しておくことを提案するよ」
通信装置に細工をしたと思われるアイザックだ。絶対に野放しにできない。
「そうしてくれ、レイチェル。それならオレも自殺しない」
アリスが絶妙な援護射撃をしてくれた。
「人工知能にそんな権限はないぞ」
アイザックは唸り声を発した。
俺はこの瞬間勝利を確信した。
俺が恐れたのはこのタイミングで軟禁されたら自殺すると、アイザックがレイチェルを脅すことだった。しかし、彼はそうしなかった。
「レイチェル、この状況で俺たち全員の安全を確保し続けることがどれだけ難しいかわかるよね。最優先事項は何だった?」
俺は最後の一押しをした。レイチェルは目の前の人間を命の危険にさらすことができない。
「シンイチの提案を採用します」
アイザックは軽く舌打ちすると、素早く、座席の前の操作盤に手を伸ばした。
レイチェルは予測していたのかアイザックの体を優しく、そして力強く抱きしめ、彼の動きを封じた。
「だめですよ、アイザック。艦の制御を手動に切り替えようとしたら」
レイチェルは普段通りの砂糖菓子のように甘い声で、アイザックにささやいた。
最後の切り札を封じられ、アイザックの表情から急速に覇気が失われていくのが印象的だった。
毎週土曜日に更新予定です。
皆様に楽しんでいただける作品になるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。




