12.再会
「ここは変わらないなぁ~」
駅から離れたその場所。
ブランコと滑り台、そして砂場しかない小さな公園。
人が集うことはない、けれど居心地のいい場所。
晴れた空を見上げるとふわふわと気持ち良さそうに流される雲達。
やはり膝よりも低くなっているブランコに座る。
ゆっくりと漕ぎ始めると同時に結華からゆったりとしたメロディが流れる。
最近よく流れている曲じゃない。
小さい頃、ここでずっと歌っていた曲。
もしかしたら、期待しているのかも知れない。
あの男の子がまた来てくれるんじゃないかと。
淡い期待。
けれど同時にありえないとも思う。
そんな二つの思いがせめぎあう。
気になって気になってチラチラと公園の入口を見てしまう。
曲も後半に入り諦めが顔を覗かせた頃、その姿を見つけた結華は息を飲む。
あれから、もう十年以上の時が経っているはずだ。
それなのに…すぐに気付いた。
遠目にみても茶色い髪。
彼はこちらに気付いくと立ち止まり、次の瞬間にはゆっくりと近付いてくる。
歌を口ずさんではいられなかった。
この偶然が信じられない。
目の前に立った彼はニッコリと笑って見せた。
小さい彼と今の彼が重なる…。
私は鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような顔をしているであろう。
「――やっと会えた…結華」
彼が、間違える事なく私の名前を呼んだから――。
「ぇ?名前…?」
「覚えてない?」
「うん。私は名前を知らないもん」
「その時俺は名前を教えなかったから」
「なんで?」
「その日が最後だと知っていたから」
記憶が蘇る。
あの日と重なる。
全てのものが。
「だからこう言ったんだ。『もしもまたもう一度会えたその時に名前教えるよ』って」
覚えていなかったはずなのに、とても鮮明に蘇る記憶――。
彼が向ける視線が何処か熱い。
「やっと言えるね。俺は匠――岳伊匠」
すんなりとその名前は結華に馴染む。
何年も何年も探し求めていた一つのカケラ。
「匠…?」
「そ。もっと呼んで?結華」
『結華』と呼ばれるたびに私の心臓が跳ねる。
まるで喜んでいるかのように…。
「匠…」
口に乗せるその名前がとても愛しい。
つい数十時間前までは尭を思っていたはずなのに…。
けれど私が名前を口にするたび嬉しそうに顔を綻ばせる匠がとても愛しい。
「結華…いきなりなんだけど…さ、また会って欲しいんだ。今何処に住んでる?」
「都内だよ」
「23区内?」
「うん…匠は?」
「俺も。まさか久々にこっち帰って来て会えるとは思わなかったよ」
「私も…本当に現れるなんて思ってなかった」
匠が隣のブランコに座るとギシッと音がする。
離れていた時間が作り出すのか、なんだかくすぐったくなるような雰囲気。
「彼氏――いるの?」
「いないよ。匠こそ凄く彼女いそう」
「いないよ。ずっと結華が忘れられなかったから」
「へぇ~そうなん…――えっ!?」
さらりと凄いことを言われたのだと気付いた時には匠の顔がとても近くにあった。
制止する隙を与える事なく、触れるだけのキスをすると、匠は耳元で囁く。
―― 好きだよ…――
と。
顔が赤くなるのを止めることは出来ないだろう。
同時に五月蝿いぐらいに鼓動を打つこの心臓もなりやまないだろう。
顔を離してそんな私を見つめて邪気のない笑みを浮かべる。
「付き合って、俺と。もう止まらないから」
恋なんてゆっくりと落ちるものだと思っていた。
そしてゆっくり忘れていくものなのだろう…と。
こんな感情は知らない。
こんなに久々の再会なのに、こんなにときめいてしまう想いを私は知らない。
こんなに強引で、人を引き付けて止まない人を私は知らない。
真っ赤になったと同時に、ある予感がした。
恋が――始まる予感が。
次話は翌日7時に更新します。