13.告白
電車に乗ったその時から切っていた携帯電話の電源をいれると、想像していたよりも多くのメールと留守録が入っていた。
唯と――尭――。
メールは全件既読に変更し、留守録も聞く事なく全て消した。
まだ二人に顔を合わせられるようにはなってないと思うから。
実家にいた3日間。
祐樹の気持ち、そして家族の想いを知ることが出来た。
そして何よりまさかと思えるような再会。
――岳伊 匠――
その名を口にするだけでこんなにも温かい気持ちになれるのは恋が成せる技だろうか。
私達は付き合うことになった。
私と尭の事。
それらを全て話した上でも、匠は気持ちは変わらないと言った。
甘えてしまったのかも知れない。
けれど匠はそれを許してくれるから。
日が暮れるまで、私達はお互いの話をした。
離れていた時間を取り戻すかのように、話は尽きることなく、色んな事を話した。
匠には恋人と呼べる人が過去に数人いたこと。
私にはいなかったこと。
学校の話。
バイトの話。
今の話。
まだまだ話し足りなかったけれどお互い時間は限られていて。
名残惜しいがまた会う約束をするとお互いの日常に戻るために来た道を戻る。
お互いに名残惜しくて何度も振り返っては目があって笑いあった。
偶然の再会。
だからこそ不安なのかもしれない。
交差した糸が解けてしまう気がして…。
よっくりとした足取りで家に着いた私を見て、祐樹が不思議そうに首を傾げていたっけ。
母さんにも不思議な顔をされたトコロを見るとよっぽど幸せそうな顔をしていたのだろう。
今だって携帯と向かい合いながらとても幸せそうな顔をしている自覚がある。
電源を付けてすぐ、唯や尭と一緒に匠のメールを見つけたから。
リズムよく返信されてくるメールすら待つことが出来ずにセンターに問い合わせしている自分を可笑しくすら思うほどだ。
そのまま結局携帯電話の電源が切れるまでメールは続いた。
電源が切れてしまって事を残念に思いながら一人暮らしの家へ帰る。
学生の一人暮らしには勿体ないようなマンションの最上階。
一人暮らしをすると決めた時、ここ以外に住むなら認めないと言った父の顔が思い出される。
今ならわかる。
自分の身を案じてくれた父の気持ちが――。
オートロックのそのマンションのドア前に人影を見つけるが、誰かを待っているんだろうと安易に考えた。
実際そういった人がよくいたから。
特に意識することなく鍵を取り出している時だった。
「結華っ!!」
という声と共に勢いよく抱き着かれたのは。
「――唯…?」
「ッ…グス…もう帰ってこないのかと思ったぁじゃんかぁ~。バカァ~!!!!」
「ちょっ…唯、声小さく……」
「バァカァ~~~~!!!!!」
このままだと手に負えないだろうと思い、むずがる唯を引きずりながらエレベーターに乗り込み、部屋がある最上階のボタンを押す。
エレベーターが動き出すのと同時に、泣き止まない子供にするかのように唯の頭を優しく撫でてやる。
起動音と共にその高度を上げていくエレベーターと反比例するかのように唯が暴れるのをやめていく。
そして逆に、結華に抱き着いている力が段々と強くなっていく。
ボソボソと『よかった』とか『バカァ』とか言い続けてはいるが、大声を上げることはもうないだろう。
いつからあの場所で待っていたのだろう?
泣き腫らした目はすぐさま冷やしたとしても明日腫れない事はないだろう。
「唯?ほら、中入ろ」
玄関をくぐっても一向に靴を脱ごうとはしない唯に促しても唯は動かない。
玄関に立ったままというのもあれなので、唯を座らせて靴をぬがす。
幼子のような唯――それは唯と初めて会った時のようだ。
唯とは高校の時に出会った。
あまり人目に付かない校舎の隅。
数人の女生徒に囲まれている唯を見つけた。
雰囲気でいじめであることがすぐに知れた。
元来陰険なものが嫌いな私は唯を取り囲む女生徒を追い払い、向き直った唯の頬を――平手打ち――した。
その時のビックリした唯の顔は今でも覚えてる。
『はっきりと言いなさい』
そう言われて育った私だったから、結構キツイ事を言ったとは思う。
けれどもう一つ教わっていたこと。
『はっきりと言った後は――しっかりと褒めてあげなさい』
今まで一人で頑張っていた事、辛い気持ちを内に溜め込んで吐き出せなかったこと。
色々な事が頭を過ぎったが、発した言葉は一つだけ。
「今まで頑張ったね」
その後大泣きした唯の事もはっきりと覚えている。
クラスは違ったが私が唯と仲良くなったのをきっかけに虐めはピタリと止まった。
あの頃は性格も手伝って不本意ながらクラスの中心的存在だったから、その私を敵に回すのは得じゃないと思ったんだろう。
当時はあることないこと噂があったし。
自分が虐められる側だったから、どうすればそうじゃなくなるかなんてすぐに分かったし。
まぁ私がそうなれたのは今は亡き親友のおかげだったけど。
一緒に過ごしているうちに引っ込み思案な所も話下手な所も治っていたのに…今はあの時の引っ込み思案な唯のようだった。
二人用のソファーに座らせると、気持ちが落ちつくようにハーブティーでもだそうと思い、立ち上がってキッチンの方へ足を踏み出した時だった。
「………っ…の…」
微かに聞こえた唯の声。
瞬時キッチンに行こうか迷ったが結局は一度腰を上げたソファーに座り直す。
そのまま唯を見ていると、恐る恐るという感じでゆっくりと唯は結華を見上げる。
叱られる前の幼子のように、唯は恐る恐る言葉を口にする。
「ごめんなさい…私…知ってたの……」
「ん」
結華は『何を?』とは聞かなかった。
唯はきっとこれから思いの丈を全て話すのだろうから。
「結華は尭の事好きなんだよね?」
「……うん」
唯には言いたくなかった。
けれどここまで来てしまったら言わずにはいられないだろう。
「私、結華好きだよ」
「ん?」
「結華は私に何も言ってくれないんだね…、ずっと……結華が言ってくれるの待ってたんだよ?」
「唯?」
「尭とバイバイしてきたの」
「ぇ?唯ちょっ、ちょっと待って!」
「もう終わったの」
「唯は尭の事…好き…なんだよね?」
「尭の事は好きだけど…それ以上に結華が好きなの」
いっそ晴々とした顔をして、唯は言う。
魅力的と見えるのは好意的な言葉のせいだろうか。
「唯…?」
「それにね…尭も――結華の事が好きだよ」
結華の目を真っすぐに見つめて、唯はそう口にした。
唯の思いがけない言葉に心臓が跳ねる…。
ときめいたりしちゃいけないのに――。
「そんな事…」
「尭自身気付いてないと思うけど…尭は――結華が好きなんだよ」
――ない――と言おうとした言葉は唯の言葉に遮られる。
切なそうに臥せられた瞳から、唯が本気でそう思っていることが伺える。
「尭に…確かめたわけじゃないんでしょ?」
動揺している自分を悟られたくはなくて。
そして揺れる想いを断ち切りたくていわば自分に言い聞かせるようにそう口にする。
「――でも…」
「もう一度話しなよ。出来るよね?」
いい淀む唯に強く言う。
いつもの唯なら素直に言うことを聞くはずだったのに…。
「尭とは――もう…別れたんだもん」
いつもとは違う拗ねた子供みたいな反応に困ってしまう。
「――じゃぁ尭を呼び出す?」
携帯を片手に持ち電話をかける振りをする。
「――会いたくない…」
「なんで?」
「嫌ったら嫌っ!!」
電源が切れたままの携帯電話をそっと床に置くと、ソファーに座る唯の頭を抱える。
不思議そうな顔をして見上げる唯と目を合わすことなく結華は言った。
「私と尭が付き合う事はないよ」
これだけは本心から言えること。
お互いがどう思っていようと、私達の間に付き合うという選択肢はないと思えるから。
そして私は言わなきゃいけない。
今までずっと――唯を苦しめていたんだから……。
目を閉じると数時間前まで一緒にいた匠の顔が浮かぶ。
小さい男の子じゃなくて、カッコイイ男の顔。
「それに…この3日間実家帰ってね、偶然に再会した人がいるの」
「――再会?」
「うん、その人と…付き合う事になった」
「――ぇ?」
「尭の事は好きだったけど…その人の事は――もっと前から好きだったんだと思う」
「――誰?」
「覚えてる?名前も知らない公園で会う男の子の話」
「――ぁ…会えたの?」
「うん、ホント偶然なんだけどね」
今でも信じられないぐらいだ。
覚えているのは自分だけだと思っていたのに…。
彼が私に笑いかけた時には――否、彼を見つけたその時にはすでに惹かれていたんだろう。
魅せられて――捕われる。
まるでもともとそうなるように仕組まれていたかのように。
「結華はそれでいいの?」
「うん。私は彼がいいの」
絆――とでも言うのだろうか。
幼い頃に過ごした時間は今の何倍も輝いて胸に残る。
長い間会わなかった二人が、同じ気持ちで今また向かい合おうとしてる。
だからだろうか?
どんな結果になったとしても、後悔することはないとそう思える。
「――尭の事は?」
「いい友達だよ。これからもずっとね」
すぐにわかっては貰えないだろう。
唯は私の性格を知っているから。
でもそんな唯だから――わかって貰いたい。
そしていつか紹介したい。
匠の事を――。
次話は翌日7時に更新します☆




