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第33話

「わ、私のお母さん?」


 小町は少し考えると、すぐにため息をついた。


「とにかく口うるさいの!」


 俊哉は思わず笑う。


「そんなに?」


「そんなになの!」


 小町は身を乗り出した。


「朝は『起きなさい!』から始まって、『勉強しなさい!』『部屋を片付けなさい!』

『手伝いなさい!』って、一日中言ってるんだから!」


「ははっ」


 俊哉の口元が緩む。


「笑い事じゃないのよ!」


 小町は頬を膨らませた。


「この前なんてね――」


 それから小町は堰を切ったように話し始めた。


 母親のこと。


 学校のこと。


 愛佳のこと。


 最近ハマっている動画のこと。


 他人が聞けばどうでもいいような話ばかりだった。


 それなのに俊哉は嫌な顔ひとつせず聞いてくれる。


 時々笑いながら。


 時々相槌を打ちながら。


 小町はそんな俊哉と話す時間が少しずつ好きになっていた。


「それでね――」


 まだ話そうとしたその時。


 キーンコーンカーンコーン――


 授業開始を告げるチャイムが校内に響いた。


「あーっ!」


 小町は思わず叫んだ。


「もう! これからが面白いところだったのに!」


 地団駄を踏む小町を見て俊哉が苦笑する。


「続きはまた今度聞くよ」


「絶対だからね?」


「わかった、わかった」


 俊哉は優しく笑った。


「ほら、授業に遅れるぞ」


 二人は屋上を後にした。


 それからだった。


 昼休みになると二人は自然と屋上へ向かうようになった。


 特別な約束をしたわけではない。


 けれど気が付けばそこにいる。


 青い空の下で。


 心地よい風に吹かれながら。


 他愛もない話をする。


 それが二人の日課になっていった。


 だが――


 そんな二人の様子を面白く思わない人物もいた。


 夏目遥。


 俊哉に想いを寄せる少女だった。


 屋上へ向かう小町の背中を見つめながら、遥は静かに唇を噛む。


 胸の奥で黒い感情が少しずつ膨らんでいた。


 もちろん小町はそんなことを知らない。


 ある日の昼休み。


 いつものように屋上で話していた時だった。


 小町はふと思い出したように尋ねた。


「ねぇ」


「ん?」


「佐奈ちゃん、もう元気になった?」


 俊哉は少し驚いた顔をした。


「佐奈?」


「うん」


 小町は笑う。


「ずっと気になってたの」


 俊哉の表情が少し柔らかくなった。


「ああ。だいぶ良くなったよ」


 その言葉を聞いた瞬間、小町はぱっと顔を輝かせた。


「本当?」


「うん」


「よかったぁ!」


 心から安心したように笑う小町を見て、俊哉は少しだけ目を細めた。


「でも、どうして急に?」


 すると小町は当然のように答える。


「だって約束したでしょ?」


「約束?」


「佐奈ちゃんとデートする約束!」


 満面の笑顔だった。


 俊哉は一瞬きょとんとした後、思わず吹き出した。


「デートって……」


「だって佐奈ちゃんがそう言ってたもん!」


 小町は胸を張る。


 そんな小町を見ながら、俊哉は久しぶりに心の底から笑った。


 その笑顔を見た小町の胸が、また少しだけ高鳴った。


 けれど小町はまだ知らない。


 自分が恋をしていることも。


 そして、その恋がいつか二人を大きな運命へ巻き込んでいくことも。

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