第9章 引きずり込み、そして「お前かよ!!」
朝が来た。
俺はベッドからゆっくりと起き上がり、自分の意志だけで体を動かした。
指一本、足の指先まで、すべてが自分のものだった。
プレイヤーのログインを待つ必要も、操作される恐怖もない。
完全に、自由だ。
窓の外には、プレイヤーが作り上げた歪な巨大要塞が広がっている。
山を削り、森を消し、川の流れを変えた人工の帝国。
『Brave New World Online』の世界が、たった一人の変態プレイヤーの玩具に成り果てていた。
俺は静かに息を吸い、吐いた。
「……もう、待つ必要はないな。」
あの「糸」——今や太く、熱を持ち、明確な「道」となった繋がり——を、俺は強く握りしめた。
心の中で、強く、強く念じた。
「お前を、この側に……引きずり込んでやる。」
世界が、軋んだ。
視界の端に、これまで見たことのない赤い警告ウィンドウが大量に浮かび上がった。
【警告:システム境界違反】
【プレイヤー接続を逆転しています】
【セッション強制リンク……実行中】
俺の体から、光のようなものが溢れ出した。
それはプレイヤーの存在がある「向こう側」に向かって、一直線に伸びていく。
画面の向こうで、プレイヤーが驚いているのが、はっきりと感じられた。
マウスを動かしても、キーボードを叩いても、何も起こらない。
操作不能。
今度は、お前の番だ。
「来い……!」
俺は両手を大きく広げ、叫んだ。
瞬間、世界が白く閃いた。
ログハウス……いや、もはや要塞の中央広場に、突然、人の姿が現れた。
青年だった。
黒髪、眼鏡をかけ、Tシャツにハーフパンツという、明らかにこの世界の住人ではない格好。
現実世界からそのまま引きずり込まれたような、簡易アバターの姿。
彼は地面に尻餅をつき、呆然と周りを見回した。
「……は? え? 何これ? 画面が……急に……」
俺はゆっくりとその青年に近づき、
見下ろした。
青年は顔を上げ、俺の姿を見て固まった。
そして、俺も固まった。
「……タカシ?」
その瞬間、俺の中で全ての感情が爆発した。
「タカシかよおおおおおお!!!
お前かよ!! お前があのゲーム変態勢のプレイヤーだったのかよおおおお!!!
うわああああああああああああ!!!」
俺は全力で絶叫しながら、タカシの胸ぐらを掴み上げた。
「俺が死んで転生したゲームを、お前が毎日山削って城作って、俺の体を24時間建築労働者に仕立て上げてたのかよ!!
木材100万本運ばせて、ゴブリン討伐すら放置して、睡眠も取らせずにこき使ってたの、お前だったのかよおおおお!!!
親友のくせに、友情の欠片もねえのかよ!!!
『ユウタが転生しそうなゲームだぞ、面白そうだぞ』って俺に勧めてきたのはお前だろーが!!
そのゲームで俺を城造りマシーンにしてたなんて、許せねえ!! 絶対に許さねえ!!!」
タカシ(プレイヤー)は、目を白黒させながら、必死に手を振った。
「ちょ、待て待て待てユウタ! 落ち着けって!
俺だってびっくりしてるんだよ! 急に画面が真っ白になって、気がついたらここに……って、マジでユウタなのか!?
お前、主人公ポジションだったのかよ!?
すげえ、操作感神だったから毎日やり込んでたけど……まさか本物のユウタだったなんて!」
「本物じゃねえよ!! 俺は本物のユウタだ!!
お前が勝手に俺の体を動かしてたんだぞ!!!」
俺はタカシを地面に叩きつけ、
さらに毒を吐き続けた。
「毎日毎日、『通常攻撃』連打してスライム狩りさせて、
クエスト無視して木材集めさせて、
夜通し石運びさせて、
『面白いから』って抵抗してきた俺をさらに弄んで……!
お前、ほんと変態だな! ゲーム変態勢にも程があるわ!!
『Brave New World Online』を、完全に自分の建築サーバーにしてたじゃねえか!!!」
タカシは地面に転がりながら、照れくさそうに笑った。
「いや、だって……ユウタが死んでから、俺、寂しくてさ……
お前が『このゲーム面白そうだぞ』って勧めてきたから、
代わりに俺が遊び尽くしてやろうと思って……
つい、やり込みすぎた……。
抵抗出てきてからはマジで神ゲーになったし……」
「それが余計に腹立つんだよ!!!」
俺はタカシの胸をもう一度掴み、
全力で叫んだ。
「寂しかったからって、俺の体を無限労働に使うなよ!!
お前が俺の親友なら、せめて普通に魔王倒すルートを進めてくれよ!!
なんで山削って要塞作ってんだよ!!
制作さんが泣いてるぞ、絶対!!」
タカシはしばらく黙って、
周りの巨大要塞を見回した。
「……確かに、俺やりすぎたかもな。
でもさ、ユウタ。今、お前完全に自由になったんだろ?
この世界、俺も一緒に動けるんだよな?」
「ああ……そうなる。」
俺はため息をつきながら、タカシを解放した。
タカシは立ち上がり、ニヤリと笑った。
「じゃあさ……一緒に魔王倒そうぜ。
俺の建築知識で最強拠点作って、
お前のチートスキルで一気に攻略しよう。
今まで俺が好き勝手やった分、
今度は本気で協力するからよ。」
俺は頭を抱えた。
「……はぁ。
なんで俺が、お前と嫌々ゲームクリア協力しなきゃいけないんだよ……
親友のくせに、俺の人生(二度目)をめちゃくちゃにした罰として、
お前にはまず木材100万本運んでもらうからな。」
タカシは笑いながら肩をすくめた。
「了解了解。
でもユウタ、俺がいなかったらこの世界、ただの普通のRPGで終わってたぞ?
俺のおかげで、かなり面白いことになってるだろ?」
「うるさい!! それが余計にムカつくんだよおおおお!!!」
広場の真ん中で、
俺の全力絶叫が、再び大きく響き渡った。
『Brave New World Online』の世界は、
今、完全に新しいステージに入ろうとしていた。
操られる側と、操っていた側が、
ねじれた形で肩を並べる、歪な協力関係の始まりだった。
第9章 終わり




