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愛人

 アントンは父から声をかけられて、ハッとした。今日は非番で家に戻っていた。アントンは、レイラと透が別れてしまったのは自分たちのせいだと責任を感じ、何か良い方法は無いかと頭が一杯だったのだ。

「レイラ様のご様子はどうだった?」

「痛々しいご様子でした。もし出来る事なら王位を捨てたいとまで、言っておられました」

アントンは父がこの言葉で、考えを変えてくれる事を祈った。

「そんなに、思い詰めておられるのか……。何か事情があって、結婚に問題があるならば、お前と結婚していただき、その上で、非公式で、この間の日本人を愛人として認めるというのはどうだろう? お前には辛いかもしれないが……。もちろん、どちらの子でも良いが、後継者は産んでいただく。お前との間に子が出来れば、その子の父親であるお前の方へ気持ちが移るかもしれん」

 

 アントンは父親のあまりにも心無い、見当違いな言葉にショックを受けた。この父親は、レイラも自分も透にも心などなく、ただの道具としか見ていない。

「お言葉ですが、そんな事を言うのは時代遅れです。その日本人に会っていなければ、レイラ様は今頃、廃人の様になられたままだったかと思います。もう少し、時間を差し上げたらいかがですか。気持ちを整理しないうちに、無理にお決めになると、レイラ様の精神が、今度こそ崩壊してしまうかもしれません」

「それもそうだ……。1ヶ月様子を見る事にしよう」


 アントンには父の国を思う気持ちはわかったが、到底受け入れることが出来なかった。アントンの父である大臣が提案してしまえば、他にもっと良い案がない限り、この案が通り、レイラに提案されてしまうだろう。逆に言えば、こう言う考え方の者たちさえ、変えてしまえれば、良いと言う事だ。そうはいえど簡単ではないのは、言うまでもない。

「大臣たちにとって重要なのは、後継者だけなのですね。レイラ様が後継者をお産みになれば、問題はないのですね?」

「そうだ。後継者さえきちんと決まれば、国は存続出来るからな」

アントンはレイラに話してみようと思った。


 レイラは会議が終わり、独りぼんやりと椅子に座っていた。透がいないだけではなく、後継者である匠も、この分だと戻ってくる事は無いだろう。そのうち、また家臣たちから望まぬ結婚を押し付けられるのだろう、とレイラは頭の片隅で他人事のように思った。

 レイラの心とは裏腹に、冬晴れの冷たい陽射しが、窓から真っ直ぐに射し込んでいる。世界の輪郭ははっきりしているのに、自分の輪郭はぼやけて、境が無いように思えた。


 匠からレイラにメールがきた。読んではみるが、遠い世界の事の様な気がして、頭に入って来ない。自分が特定されるデメリットが、レイラのほんやりした脳内にすぐには浮かんでこなかった。

丁度良い所に、アントンが入って来た。アントンは魂の抜けたようなレイラを見て、目を背けたくなったが、顔には出さなかった。しかも、日に日に痩せ細っていっている。執事が、レイラが食べ物を口にしないと、嘆いている。アントンは、そういうレイラを見る度に、自分が責められているような気がした。


 レイラは匠から送られて来た文面を、アントンの方に画面を向けて見せた。暗殺部隊が暗躍していたのは、レイラが生まれる前の話だ。もうそろそろ、表に出ても大丈夫じゃないだろうかと、アントンは思い、そう伝えた。表に出る事により、もしかしたら、過去のこの国の歴史を知らない人たちから、この国に興味をもってもらえるかもしれない。観光産業に舵を切るチャンスかもしれない、とアントンは思った。その為にも、レイラには立ち直ってもらわなくてはならない。


 父である大臣の考えを伝えると、レイラは美しい眉をひそめた。

「アントン、この件については、私に選択の自由などない。透に側にいて欲しいが、子供が出来ないなら、夫ではなく愛人になってほしいなんて、とてもではないが伝えられない。余計に傷つけてしまう……。私が諦めれば良いだけの話だ……もう、いい……透が無事で何処かで生きていてくれさえすれば……」

「レイラ様、そんな投げ槍にならずに、お聞きください。まず、匠君に確認したのですが、透は、レイラ様が暗殺者集団のトップだという事については、何とも思っていないようです。それから、こんな事を私の口から申し上げる無礼をお許しください。でも、透と結婚したいのであれば、この方法しかないかと。透はレイラ様を嫌いになって離れたわけではないのですから」

アントンは他の言葉が見つからないまま口に出した。

「透と結婚してから、体外受精で後継者をもうければ良いのではないでしょうか」

「……体外受精……相手は?」

俯いていたレイラが、顔を上げた。

「それは、透と相談すれば良いのではないでしょうか。匠君と先日訪問した、ハンナと言うインターセックスの女性は透とは反対で子宮がないようで、代理母に自分の子供を産んでもらっていました。彼女とその夫は、とても幸せそうでした。話し合って二人が納得出来れば、良いのではないでしょうか。お二人の場合は、王家の血筋さえ残せば、良いと言う事になるかと」

 レイラはしばし考え込んだ。確かに後継者さえもうければ良いと、家臣たちが思うのであればそれで良いだろう。王家の血が流れていれば良いのであれば、アントンの言った案で問題は無さそうだ。透が自分の血の通っていない子を一緒に育ててくれるかどうかという問いに関しては、透が拾い、透の姉夫婦が一緒になって育ててくれた匠がいるから、問題はなさそうに思えた。


「アントン、もう一度日本に行きたいのだが、大臣たちは何か言うだろうか」

「去年のように2、3日であれば、具合が悪いと言う事にして閉じこもっている風を装っても、差し支えないかと」

 レイラは匠のメールに、取材を受けても差し支えない、と返事をした。大臣たちは、透が急に出て行った理由は知らないのだから、また戻って来たところで文句は言わないだろう。ただの喧嘩くらいにしか思わないだろうと、レイラは考えた。透に、体外受精の話をして、承知してもらえれば、問題はなくなる。レイラは見知らぬ誰かが、自分を追い出して、透の心の中に入り込んでしまう事が怖かった。一刻も早く、日本に飛ばなければと思った。

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