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未練

 MVの再生回数の多さから、書き込みやら噂をたどって、静実学園の軽音部に取材の申し込みが来た。森は透に相談をしに理事長室へ行ったが、不在だった為、昼休みに匠に透の居所を聞きに行った。匠は森を伴って、誠実学園の敷地内にある幼稚園へ足早に向かった。


 透は丁度、お昼が終わり園児たちを園庭で遊ばせているところだった。匠は柵越しに透に声をかけた。

「森先生が、用があるっていうから、連れてきたよ」

透は他の先生に玲奈を託して、園から少し離れた所へ二人を連れて行った。


「築地先生、幼稚園の方で仕事をしていたのですか? どうりで最近、理事長室にいらっしゃらないと思いました」

「理事長になってから、高校に重きを置きすぎていたので、他も知らなくてはと思いましてね。森先生も幼稚園で音楽を教えてみますか? 園児たち、可愛いですよ」

「築地先生に頼まれたなら、幼稚園でも、小学校でも行きますよ。そうそう、One smile for allに取材の申し込みが来ていますが、どうしますか? いい宣伝になると思いますが……。それはそうと、あのMV素晴らしいですね。築地先生も、相手の方とお二人で映っていましたね。何度見ても美しい方ですね」

 透はこれから、会う人ごとにMVについて何か言われる事を考えると、溜息が出そうになったが、堪えた。これでは忘れたくても、当分の間は難しいかもしれない。

「勝手に撮影されてしまいまして……。匠、他のメンバーはなんと言っている? 匠はどうしたい?」

「結衣はもちろん、取材を受けたがっているよ。他のメンバーはどちらでも良いって。森先生、ちょっと、叔父と話をしたいんですけど……」

透が後で連絡しますと、答えると森は頷いた。去っていく森を見届けて、匠が口を開いた。

「俺たちが、誠実学園の生徒として取材を受ける事によって、透ちゃんも特定されてしまうんじゃないかと思うんだけど……。そうすると、お母さんとの事も……」

「匠、心配してくれて有難う。特定されてしまうのは、困るな……。メンバーにとってはチャンスであるし、学校にとってもいい宣伝にはなるかもしれないが、学校に野次馬や、記者たちが押しかけて来たり、授業の妨げになったりしては困る……」

「誰かにM Vの事、言われた?」

「幼稚園の保護者たちの間で噂になっているそうだ。……彼女は、どう思うだろう。今は、暗殺集団が暗躍していないとはいえ、過去の歴史もあるだろうし、顔が出て、どこの誰かがわかってしまうと、狙われたり、復讐されたりする可能性が高くなるかもしれないから、気にするかもしれない。国同士が争った歴史は根深いものがあるからね。……匠、聞いてみてくれないか」

「……自分で聞けばいいのに……」

透は暗い表情で首を横に振った。連絡手段は、そのまま消さずに残してあった。タップするだけで、簡単に繋がってしまうのに、今の透には絶対に出来なかった。未練がましいとは思いつつ、消すことが出来ずにいる。匠の事もある為、いつまでも、避けてばかりいられない事はわかっているが、当分は無理だと透は思った。


「どうして、なんとかしようとしないんだよ。映画みたいに、式の最中に攫って来るとか、みんなの前で愛を叫ぶとか……」

「あのな……。映画じゃないから。攫ってこれたとして、その後どうする? 現実は童話のように、二人で仲良く暮らしました、で終わらないだろ? 部外者である私が自分の気持ちだけで、彼女を日本に連れてきてしまったりすれば、サファノバは後継者がいなくなり、血筋が途絶えて国が無くなってしまうんだよ。匠の言うように愛を叫んでも、彼女が困るだけだ。だから、何ともならないんだよ。彼女一人で、相手を決めていいわけじゃないのだから。条件に沿わないから、別れるしかなかったから、別れたんだ……」

透にそう言われてしまうと、匠は何も言い返せなかった。サファノバに実際に行って見て、自分の祖国だとだんだん実感してきたせいもあり、「そんな国、捨ててしまって、二人で一緒に日本で暮らせば良いじゃないか」とは、簡単に言えなくなってしまっていた。


 去年の夏、突然息を吹き返し、ブレーキをかけているにも関わらず、猛スピードで走り出した透のレイラへの想いは、行き場をなくした。

(最初から分かっていた事じゃないか……)

透にとって結果が予測できていたとは言え、すぐに立ち直れるような傷では無い。それでもまだ、人生は続いていくのだから、どこかで、切り替えなければならない。匠が身近にいて、透を心配し見ている事もあり、弱っているところを見せる訳にはいかなかった。ただ、あまりにも色鮮やかで強烈な思い出を打ち消すためには、今までの生活に戻るだけでは、足りなかった。ルーティンワークなどでは、気を緩めると、鮮やかな記憶が目の前に浮かび上がってしまい、忘れるどころではなかった。

 透は新しい事に慣れるために、集中して覚えたり工夫したりしている時だけは、レイラを忘れている事が出来た。もしかしたら、記憶も少しは薄らぐかもしれない。そう考えて、透は慣れない幼稚園で働き始めた。しかし、透が思っていた程、そう簡単なことではなかった。


「透、このお兄さんYouTubeで歌っていた人?」

 二人がギョッとして、声のした方に目をやると、玲奈が透の真後ろに立っていた。真後ろにいたせいで、気がつかなかったのだ。玲奈を追ってきた中沢という先生も匠を見て、声を上げた。

「あら、YouTubeで歌っていたボーカルの子?」

匠は曖昧に頷いた。

「……聞いておくから。あとで結果を知らせるね」

昼休みの残り時間もわずかであった為、匠は走って戻って行った。


「れなちゃん、危ないから一人で園庭から出ちゃ駄目だよ」

「だって、透、戻って来ないんだもん」

「すみません、玲奈ちゃん、ちょっと目を離したすきに園庭から出てしまって……。さっきの子は?」

「知り合いです」

「透先生、有名監督の映像に出たんですから、きっとそのうち、夢が叶いますよ。応援してます」

透は苦笑しながら、中沢に礼を言っておいた。どうやら玲奈は他の先生から、透は役であのYouTubeに出ていると聞かされたようで、今朝から普通に、いつものように透にまとわりついている。

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