表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/114

 解散した後、複雑な気分で透は駅へ向かった。菜月と聡太が、付き合う事になったのは嬉しい事だが、レイラはどうしたのだろうと。菜月と相太には、あまり障害がなさそうだ。このまま順調にいけば、いずれ、結婚式に呼ばれるかもしれない。菜月は、透とレイラを羨ましいと言ったが、透は逆に二人を羨ましいと思った。

 レイラは透が提案した通りに事を進めた。それに対して、透はプロポーズの件について考え直そうと言ったものの、実質的には答えを待たれている。早く返事をしなければ、とは思う。透は自分の態度から、レイラがどんどん期待していくのがわかっていた。自分が逆の立場だとしても、同じように期待するだろう。返事の前に、話さなければならない事があった。話したくなければ、断れば良いだけの事だとも分かっている。それを話したら、状況が変わらない限り、この関係に未来はない。離れたくなくて返事を引き延ばして、終わりを少しでも先送りしている自分に、嫌気がさした。


 透の考え事を中断するように、薄暗い路地の方から、「離して!」と言う悲鳴のような声が聞こえて来た。思わず、路地を覗くと、小太りの男が女性の手を掴んでいる。男が、女性を脅しつけていた。

「つべこべ言わずに来るんだ」

透は路地に足を踏み入れ、迷わず男の手を捻り上げて、女性の手を離させた。

「警察を呼びますよ」

透がスマホを出して言うと、男は慌てて去って行った。

「有難うございます。助かりました」

助けを求めていたのは、目のくりっとした可愛らしい女性だった。

「私も駅まで行くので、よければ駅まで送りますよ」

透が言うと、女性は頷いた。よほど怖かったのだろう。手が震えていた。無事駅まで送り届けると、女性に名前を聞かれたが、透は、名乗るほどの事はしていませんから、と言って別れた。昔の時代劇の中で違う言い回しで、同じような台詞を聞いた事があるなと思いつつ。


 街にあるホテルに泊まっている健斗一行に、商談が成立したので、レイラは食事に招待したいと、迎えを差し向けた。和やかに話が進んだ。食事も終わり、大村側の事務方の杉島が、だいぶリラックスしたようで、マルコヴィッチに自分の息子の写真を見せている。レイラも席を立って見に行く。

「なかなか利発そうな子供だ」

「陛下にはお子様がいると伺っておりますが」

レイラがプライベートスマホから、髪の色を戻した時の匠の写真を見せた。杉島は気づかなかったが、健斗は目が早かった。一瞬ではあったが、待ち受けに透が写っているのを見た。目を閉じているだけのように見えるが、多分寝顔だ。健斗の中で、眠っている蛇がゆらりと身を起こす。

「陛下のお子様こそ、利発そうで、美しいですね。失礼ですが、王子様でしょうか? 可憐過ぎて、私のような者にはどちらかわかりませんが」

「王子です」

 匠の写真は何枚かあった。議会に前もって見せる為に、嫌がる匠を説得して送ってもらったのだ。


 レイラが、昼とは打って変わって、もう遅いので城に泊まって行くように、と健斗たちに告げた。自ら順番に部屋を案内し、最後に健斗を部屋の前まで連れて行く。ドアを開け放し、護衛をドアの外に残したまま、自ら部屋の中を簡単に案内する。健斗は先ほどと違い、随分な高待遇だと思った。悪い気はしなかった。それどころか、何か期待しても良いのかとさえ思ってしまう。なにしろ、女王自らが、部屋を案内しているのだ。猫足のバスタブのあるシャワー室を案内するレイラの後ろ姿に、健斗は思わず手を伸ばしそうになったが、そこは自制した。護衛はドアの外だが、すぐに飛んで来られる距離にいる。


「杉島さんと通訳の方にも、シャワーの使い方など、教えてあげておいてほしい。何か不明な事は?」

「先ほど、待ち受け画面に、築地さんが写っていたようですが」

「それがどうかしたか? 我々は高校からの親友だから」

「普通は異性の友人を待ち受けにはしないと思いますが。しかも、寝顔のようでしたが」

健斗がレイラの背後に近付いて言う。

「いいのですか。陛下ともあろうお方が、男性の寝顔を待ち受け画面になどして。空港でも、お二人はタクシーから一緒に降りてこられた。料亭を出てから、お二人はあの時間まで、どこに行っておられたのやら……」

 健斗はまさか、二人が青空の下、高校生のようなデートをしていたなどと、想像もしていなかった。寝顔もレイラは実際には見ていないなどと、想像もできなかった。レイラがキョトンとしているのを見て、健斗はムラムラと腹ただしくなってきた。すました顔をして、しらばっくれている、と思ったのだ。自分の方へ引き付けたい、ぶち壊してやりたいと言う衝動は抑えがたかった。健斗自身、どちらに嫉妬しているのか、よくわからなかった。わからないまま、健斗は囁く様に言った。

「築地さんの……唇も舌も蕩ける様に柔らかかった。陛下がお気に召されているのも頷けます」

レイラは一瞬頭が真っ白になった。だが、健斗の方を振り向いた時には、全く動揺の様子を見せなかった。

「何を言っているか、わからないが。私の日本語は高校時代のまま止まっているので」


 レイラは、健斗を残して、その場を後にした。何と答えたのか、自分でもよくわからなかった。

 レイラは健斗の言葉を反芻して、再び頭が真っ白になりかけたが、自室に向かううちに、健斗の言うことで信用をおいて良いのは、ビジネスにおいてだけではないかと考え直した。

 健斗が不躾な言葉を放った時に、アントンが警護の為、足音を忍ばせて、後ろにいた事をレイラは気付いていた。アントンは大きな体の割に、猫の様に気配を殺して、動き回ることができる。レイラが案内していた人物が透であれば、アントンは気を利かせ、ドアも閉め外に出ていたに違いない。

「アントン、健斗のさっきの言葉、どう思う?」

短期間とは言え、日本で透の行動をみていたアントンに、レイラは聞いた。アントンの方がパニックになりかかっていた。

「透が、健斗と……」

「アントン、そんなはず無いだろう?」

レイラは自分に言い聞かせるように言った。

「レイラ様になかなか返事をしないのは、そのせいでは無いでしょうか?」

「何のせいだと思っている?」

「こんなことを申し上げるのは心苦しいのですが、透はもしかしたら、肉体が惹かれる性別と、心が惹かれる性別がバラバラなのではないでしょうか。そう言う人もいると聞いたことがあります。あんなにレイラ様が迫って、いや、慕っているのに、反応が薄い気がします」

レイラの心に、その言葉は棘の様に引っ掛かった。透がレイラに惹かれていると言うことはレイラも感じている。それどころか相思相愛だと確信している。透は慎重でおまけにシャイだと思う。が、実はシャイなのではなくて、アントンが言っている事が正しいとしたら。そう考えれば、返事に迷いが生じている事も辻褄が合うのでは無いか。しかし、……。レイラはいてもたってもいられなくなったが、電話もメールも透と繋がるものは既に削除してしまっていた。こう言う事は匠に聞ける話ではない。


 健斗は何か理由をつけて、サファノバにしばらく滞在することにした。レイラも一度泊めてしまった者をすぐに追い出すわけにもいかず、城に滞在させ続ける事になった。

 アントンは日本語を話せない、と最初に嘘をついてしまった為、仕方なく、レイラ自らが、忙しい合間を縫って、健斗をサファノバの観光名所に案内する羽目になった。透と違い、健斗は写真を撮ることが好きらしく、あちこちで撮っている。レイラと一緒に写ろうとするのだが、レイラは写真に写る事は許可しないと伝えた。また、腕や肩に手を置いて写真を撮ろうとする健斗に、サファノバでは、高位の女性に触れてはならないと言う決まりがあるから、自分に触れないように、と伝えた。


 健斗はタクシーから透とレイラが降りる瞬間、繋いでいた手を離したのを目撃していた。二人は別れ際にハグもしていた。触れてはならない高位の女性に触れていると言う事は、つまりそう言う仲なのだと解釈した。しかし、ここで焦ってはいけないと、健斗は珍しく自制した。

 なかなか手に入らないものの方が、価値があると、健斗は考えている。それに時間もお金もかかるのは当然だ。忙しい女王が自ら観光案内など、破格の待遇である事は間違いなかった。聞けば、女王は随分前に王配を亡くし、去年子供を一人亡くしていると言う。しかも、透は日本を離れる事が出来ないようだ。女王は寂しいに違いない。しかも、観察するに、透とは連絡手段がないようだった。待受は透の寝顔にも関わらず、チラッと見えたプライベートスマホの登録欄に載っているのは数人で、透ではなく違う男の名前が書いてあった。透は本命ではないのかもしれないし、本命だとしても、他にもいると言う事だと健斗は思った。それならば自分にもチャンスはある。今が、近づくには絶好のチャンスだった。健斗は、花を送るのなど、随分久しぶりだと思いながら、毎日のように花屋へ花を注文し、レイラに送った。レイラは拒まず受け取った。もちろん、爆弾処理班の手を通してからだったが。

(何をしたら、言ったら、女王は振り向くのだろう)

健斗はそればかり考えていた。健斗は久しぶりに、恋焦がれていると言う気持ちを自分の中で楽しんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ