第75話 ライフイズビューティフル02
「お帰りなさい兄さん」
「ただいまラピス」
「お兄ちゃん……」
「はいはい」
ルリの頬を撫でる。
ぐうかわ。
「ルリの分まで墓参りしてきたから」
引き籠りにはハードルが高すぎるし、ましてルリはアルビノだから日差しには弱く、外に連れ出すなど無理の極致だ。
「兄さんは二回目なんですよね」
ラピスの問うような言葉。
覗き込む赤眼は、此方を慮ってのことだろう。
「まぁね」
苦笑。
仕方ない。
悲しいと言えば気を遣われる。
道化の身では笑われる方が性に合ってる。
「さて」
話題切り替え。
「晩ご飯のリクエストは? なんでも好きなモノを創ってあげちゃうぞ。このまま空気を引き摺るのも嫌だし」
「素麺です!」
「あう……同じく……」
「承りました」
そしてキッチンに立つ。
素麺なら簡単にできる。
ダシも自分で作れるし、ワサビのチューブも常備している。
素麺なら、幾らでも用意出来るし、夏の食欲不振には持って来いだ。
「後は……」
冷蔵庫をヒョイと見る。
「厚揚げは……レンジで温めるか」
ショウガと削り節で味付け。
ほとほと日本人の大豆スキーの加減には感嘆とさせられる。
おかげで豆腐を食べることが出来るわけだけど。
で、
「味噌汁くらいなら胃にも優しそうだし」
豆腐の味噌汁をメニューに追加。
市販のモノで出汁をとって味噌と具。
厚揚げをレンジで温め、素麺を湯がく。
サクッと夕餉が出来る。
もう慣れた物だ。
「いただきます」
そんな感じ。
ところで聞きたいことはあった。
「んで。世界征服の方は?」
「ネガティブキャンペーン」
「まぁそうなるよね」
ラピスは情報操作に対抗する気が無いらしい。
米国の発表によれば死者が百人を超える大規模テロリズムとなっていた。
一応、念を押せば、ラピスは一人も殺していない。
けれどもそんなものは広告に於いて意味を持たず、パールハーバーの大激震は、大量殺戮の苗床と成ったようだ。
頭から信じる人多数。
殺戮の魔王……ラピスに世界から非難が浴びせられるも……御本人は超然として、まるで他人事の様でした。
システムメギドフレイムの威力を見せつけた形で、
「その点で言えば煽って貰うのも悪いことばかりでは無いのですが」
との御様子。
いいけどさ。
「台湾は?」
「総統が援護してくれました」
「中国が怒るんじゃない?」
「逆鱗でしょうね」
台湾危機だ。
日本も米国も緊張が高まるだろう。
「まぁ防衛についてはこちらでフォローもしますので」
なるほどね。
ある種最強の戦力が台湾の女神となったワケだ。
仮に中国が攻めてきてもラピスが一蹴する。
となると威を借るなら多少の反中国は成立する……と。
素麺をズビビ。
「イギリスは?」
「体面上非難していますね」
体裁を取り繕うという奴だ。
いや、たしかにイギリスは世界に責任を持つ国だから、公にラピスは肯定できないだろう。
「シルバーマンはソレを許しているの?」
「さすがに信用と世論は金で動きませんので」
無理な物は札束積んでも無理というわけだ。
社会に通ずる法則。
「一応永久機関は敷設しましたけどね」
「太っ腹だね」
「アートには義理もありますし」
アートね。
シルバーマン財閥。
あらゆる経済の大動脈だ。
「後は……」
――何か?
首を傾げる。
殆ど魔王のように振る舞っていながら、これ以上の懸念が存在するのだろうか?
そんな気分。
もちろん世界征服が難しい事は分かっているんだけど。
なんとなく世界そのものを蹴っ飛ばす勢いを僕はラピスに感じている。
で、「後は……」?
「アメリカとブリックスですね」
「国際犯罪ではあるよね」
「然りです」
言ってしまえば世界覇王も自称だ。
「…………そろそろ」
ポツリとラピスが呟く。
何やら考えることもある様だ。
「お兄ちゃん……」
「はいはい」
「味噌汁……」
「美味しかった?」
お代わりを注ぎながら聞いてみる。
ふにゃふにゃと飼い主に懐く純情な子猫のように遠慮と甘えと依存を覚えている顔がもう萌える。
「美味しかった……」
嬉しいこと言ってくれるねシニョリーナ。
「胃袋をつかまれていますね」
ラピスの苦笑。
ルリが頬を桜色に染めた。
「ラピスが言うか」
「そなんですけど」
自覚はある様だ。
ちょっと嬉しかったりして。




