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支配する一撃

 遡ること一週間前の夜。剣崎のガラケーがメールの着信を知らせる。送り主は南紀飲料セイレーンズでプレーする幼なじみ、相川玲奈だった。


−チャレンジリーグ最終戦、負けちゃった(笑)他力本願で可能性はあったけど、勝たなきゃダメね。ゴールもなしで得点王も取れず仕舞いであたし完全にほら吹きになっちゃいました。あんたのほうはまだ可能性あるんだから頑張んなさいよね−



「そうか…セイレーンズ負けたか。まあそうそう上手くはいかねえわな」

 頭を抱えながら寝そべる剣崎は、メールから相川の心情を察した。同じストライカーとしてチームの勝利に貢献できなかったことや、得点王になれなかったこと。自分以上に負けず嫌いの彼女が悔いなく戦えたはずがない。ただ、そういう意味では自分は恵まれているとも思った。


「ま、あいつの分も点取るとすっか。…やってやんぜ」





 時間戻って現在後半20分すぎ。剣崎は追加点のチャンスを虎視眈々と狙っていた。

「宏やんとマルさん入って流れが変わってきてる。そろそろ点取る腹決めとくか。何とか引き出さねえとなぁ…」

 そう考えた矢先、右サイドハーフにポジションを代えた竹内が、ドリブルを仕掛けてきた。剣崎はクロスに合わせるために、ゴール前に走り込む。パスの出し所を探していた竹内と目が合い、呼び込んだ。

「俊也っ!よこせっ!」

「オッケィ!」

 鋭いグラウダーのクロスが剣崎の足元にやってくる。これをダイレクトでゴールに撃ち込もうと剣崎が考えた瞬間、別の脚がそのボールを掠め取る。奪ったのは櫻井だった。その表情は目が据わっていた。


「ボールを奪えば俺の時間だ…。格の違い、…教えてやるよ」

 目が合った剣崎は、櫻井の言葉に寒気すら覚える。櫻井はすぐさまドリブルで攻め上がる。そこからは有言実行の独壇場だった。

 止めにかかった栗栖、チョンやマルコス、内村、大森と和歌山の守備網をフリーパスで駆け抜ける。驚くべきはフェイントやシザースといったトリッキーな動きは一切なしだ。

(重心移動に目線、脚の運び、すべては基本中の基本しかしていないのに)

(無駄な動きがないからスキがない。仕掛けようがない)

(…こりゃすげえな。単身本場に乗り込んで結果残しただけあるわな)

 抜かれた選手は次々にそう思う。瞬く間に天野との一対一となった。

 だが、あまりにも呆気なくゴールは奪われた。櫻井のドリブルにタイムロスがなかったために、間合いを詰めきれなかったのだった。



「世界を取るためのヒントは、基本にこそあるんだよね」


 余裕の笑みを浮かべながら、櫻井は味方の祝福を受けながらゴール裏に駆け寄っていった。

 ただその一方で、剣崎の気持ちによりいっそうの火がついた。同じエースストライカーとして、自分の技量の有らん限りを見せ付けられて、黙っているような男ではない。

「ヤロウ…見てろよ。とんでもねえ一発をぶち込んでやっかんなぁ」



 その剣崎の一発は、意外にも直ぐに飛び出す。

 試合再開、和歌山ボール。センターサークルから放たれたバックパスを受けた内村は、出し所を探して右サイドを見る。

「ま、水を得た魚に托すとするか。なんとかチャンス作れよ竹内」

 軽く蹴り出したボールは、狂いなく竹内の足元に収まり、それを奪おうと春日が迫って来る。

「トシッ、こっちこっち」

 そこに剣崎がフォローにやってきた。竹内は当然のように剣崎につないだ。ボールを受けた剣崎は、一度ドリブルを仕掛ける。ごく普通のプレーだったがほとんどの選手が驚く。剣崎がドリブルすること自体が珍しく、虚を突く形となった。それが狙いだった。

「俺のドリブル珍しくだろ。…おかげで開いたぜ、コースがよっ」

 距離にして約40メートル弱。しかし、剣崎に迷いはなかった。

「ぅおりやぁっ!!」









「いやぁん、今日の試合は最高だったわぁん。J2にあーんな魅力的なストライカーがいたなんて思いもしなかったわ」


 試合終了後のメインスタンド、その貴賓席にてオネエ口調で悦に浸る男がいた。

「櫻井ちゃんのごぼう抜きもすごかったけど、剣崎ちゃんのロングシュートも最高ねぇ。世界を驚かす資質アリアリよ」

「ちょっと浮かれすぎてはありませんか?あんなゴールは偶発に過ぎませんよ」

 たしなめてきた眼鏡男に、オネエは笑みを浮かべながら返す。

「あらつれないのね。現役時代はストライカーとして名を馳せたのに、随分と冷めた評価ね。スタジアムの空気を変えるゴールを決めるのがストライカーの仕事でしょ」

「否定はしませんが、はたして代表戦でできるプレーであるかどうか、そういう話をしてるんですよ」

 眼鏡男に対して、そっちの言うことも分かる、という顔をしつつ、オネエは自信を表情に浮かべて力説した。

「プレースタイルは非常識に近いわ。それでも、アタシが描くチームには必要な存在…あの二人で2トップを託してもいいくらいよ。世界を脅かすには、あれぐらいゴールへの臭いを発散させている選手。少なくとも日本じゃお目にかかれないからね」

 眼鏡男はため息をつき、オネエの言い分を理解しつつ、それでいて戒めるように言った。

「…あなたがこれから率いるチームは、日本で最も『勝って当然』のチーム。人選には熟考を重ねて下さい。叶宮かのみや監督」

「分かってるわよ〜。黒松コーチ。汚点を残すのも一興とは思うけど、引き受けた以上は温い真似はしないわ。右腕として期待しているわ」


 この二人、リオデジャネイロ五輪出場を目指すU21日本代表。その新首脳陣である。




 ちなみに試合は剣崎のゴールが決勝点となり、和歌山が2−1で勝利。勝ち点差を5に広げ、いよいよ大願成就の時が近づきつつあった。


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