ハーフタイム前後の光景
「くそっ!あそこまで適応が早いとはな」
竹内のマークを任されていた行神は、竹内の適応力に舌を巻くと同時に、隙を見せて先制点の起点を作らせたことを悔やんだ。同じように、栗栖への対応が遅れた久慈も苦虫を噛みつぶす。
「こいつら息ピッタリだったな。もう少し厳しくしていかねえと」
そんな二人の元日本代表に、現役の日本代表がたしなめる。
「お二人さんよ。あんまりそう気張らんほうがええで。マンマークで対応したらむしろ奴らのツボやし、さっきの先制点もたまたまタイミングがよかったからや。やらす気はないけど、そうそう味をしめたような攻撃はしてこうへんよ」
「新藤…」
「もっと堂々としてようや。謙遜と卑下は違う。ガリバー大阪という名クラブの看板にもっと胸はって戦おうや。そうでのうたらこいつらは相手でけんで」
緊張した試合ほど、リードを奪った後のコントロールが難しい。未熟なチームであれば、先制点からかえって崩れてしまうことも少なくない。
しかし、和歌山のメンタルタフネスたちに、その心配はなかった。「2点目を取りに行く」その共通意識の下で、攻めの手をゆるめはしなかった。
だが大阪の選手たちも、得点を取り返すことへの気負いもない。真っ向勝負の様相を呈し、ピッチの戦いは激しさを増した。
そんな中で江川の存在感は光った。敵の決定的なパスをカットし、フォワードの選手にはピッタリと体を寄せて自由を奪う。激しいがフェアなタックルも、相手の戦意を奪うのに有効だった。
「おいおい。なんか大活躍じゃん」
「試合出れてなかったし、2年目だからって契約が安泰な訳じゃないからね」
「大変だねえ」
冷やかす櫻井を淡々といなす江川。江川の言うように、プロは年齢ではなく実力。若くても通用しなければ意味はない。今日の試合だけで言えば、十分な解答を指揮官に示していた。
ただ、櫻井は次第に江川に隙を見出だしていた。そして前半のうちにそれを突いてしまいたいと考えていた。
前半もアディショナルタイムが気になりだした頃、宇治木から櫻井にパスが出る。江川もそれにあわせて動く。そこで櫻井は、ヒールでもう一人のフォワード、レチャに流した。意表をつかれた江川は、ボールの行方に気を取られ、櫻井にマークを外されてしまった。
「実戦感覚が鈍いとやだねえ」
レチャはフリーになった櫻井に折り返し、それを櫻井はダイレクトボレーでゴールに打ち込んだ。
「たまんないねえ。俺のマークマンが呆気に取られる様は…っ!?」
しかし櫻井のシュートはネットを揺らさない。ここで友成がビッグセーブを見せ、それを弾き出したからだ。一瞬にして表情が変わった櫻井に、友成は上から目線で嘲笑を浮かべながら言った。
「してやったりの表情が消える瞬間も、また格別なんだよな」
「…やるじゃん」
この後のコーナーキックを和歌山がしのぎ、前半終了のホイッスルが響いた。櫻井の個人技は光ったものの、それ以上に江川と竹内の奮闘が光り、和歌山がリードしての折り返しとなった。両者の表情も実に対照的であった。
それでいて、ハーフタイムが明けると、戻ってきた22人が同じような、緊張感を漂わせた表情になっていた。
アウェーゴール裏席。後半、歓喜の得点を目の前で見ることになる。そこに集まった和歌山サポーターをまとめるコアサポーターグループのリーダーケンジは、柵の上に再び仁王立ちしてメガホンを手に取った。
「さぁ後半、水分補給は終わったかぁ?」
『うおーいっ!』
「トイレ済ませたかぁっ?」
『うおーいっ!』
「また45分戦えるかあっ!?」
『ぅおぉーいっ!!』
「さぁーっ、いよいよ残り45分、前半リードで俺達は折り返せたけど、その差はたった1点!あってないようなもんだっ!いよいよ昇格が見えてきた中で、選手たちはただ前を向いていつも通り戦っているっ!スタンドで声を出す俺達も、最後まで戦いましょうっ!!行くぞー!」
『うおーいっ!』
「わっかっやまぁっ!!」
『わっかっやま!わっかっやま!わっかっやま!わっかっやま!』
「ホームでの声援もいいけど、アウェーであれだけ大声出してくれるってありがてえよな」
サポーターを見て、剣崎がつぶやいた。その肩に竹内が腕をかけた。
「だったら応えてやれよ、エースでキャプテンさんよ」
「ったりめえだ」
後半は和歌山のボールで始まった。前半の勢いをなんとか継続したかったが、案の定大阪イレブンは和歌山対策を施してきた。
「え、新藤さん」
「よう。後半は俺とデートしてくれんか」
まず竹内のマークに新藤がついた。そして行神を代えて新たに長身フォワードの後藤田を投入。櫻井がトップ下のようなポジションを取った。
「いいんですか?アンカーが僕一人に夢中になって」
「まあ、お前らみたいに博打しょー思てな。果たしてお前らの守備が櫻井を止めれるんかね」
そうこうしているうちに、竹内にボールがきた。しかし、パスを出そうと探りながらボールキープするうちに、違和感に襲われる。どうイメージしても新藤に止められる絵しか浮かばない。
「行神が舌巻いとったで。お前のプレーはまるで俺みたいやと」
逆に新藤にしてみれば、かなり守りやすく感じていたからだ。味方が評したように竹内のプレーは、自分そのもの…とまではいかないが、近いものがあった。
「人生初ボランチでこんだけできりゃ大したもんや。…ただ、これ以上の引き出しはあるんかいの?」
「くっ!」
嫌らしい新藤の言動は、間違っていないだけに竹内はぐうの音も出ない。膠着から逃れようとパスを出すが、雑なプレーは大阪に反撃のチャンスを与えてしまった。今田にインターセプトされてしまったのだ。
「あっ、しまった」
悔やんでも時すでに遅し。今田のパスを受けた宇治木が一気にドリブルで仕掛けて行った。




