成長と存在
「そういやあよ、俺って今年何点とってるっけ?」
トレーニング中、剣崎は唐突につぶやいた。その言葉に、栗栖は呆気に取られた。
「いきなり何いってんだ。んなもん新聞見りゃ分かるだろ」
「いやぁ、昇格で頭いっぱいでよ、数えれてねえんだわ」
「はあ…。なんからしいっちゃらしいが、去年のお前なら考えらんねえな」
「はは。今はただひたすら勝つのみよ」
「そういやあ俺達ってどんぐらい勝ってんだ」
ロッカールームで着替えている最中、友成が猪口に聞いた。しかし、猪口もわからない。
「…誰か、分かるかな」
「18試合。ゴールデンウイークでの連敗以来負けてないよ」
そこに満点解答したのは天野だった。
「お前らちょっといっぱいいっぱいになってないか?」
天野はあきれながら二人に聞いた。
「今は優勝しか頭ないからな」とそっけない友成。
「レギュラー取り返したいから…試合結果まで気が回ってはないかなぁ。」とつぶやいた猪口。
そんな二人に、天野は呆れながらも羨ましくもあった。
J2第32節。アガーラ和歌山は、アンビシャス福岡をホーム紀三井寺に迎え撃つ。この両チーム、互いにラーメンのブランドを確立している事から、今シーズンは「ラーメンダービー」と銘打ち、和歌山ラーメンと博多ラーメンの屋台が立つ。豚骨スープの匂いが競技場周りを立ち込める中、試合開始の時をサポーターたちは待っていた。
「なんか、やりにくいなあ。気心知れたやつもいるから」
今日のスタメン勢最年長の手塚は、ユニフォームに着替えながら苦笑いを浮かべた。
「別に気にすることないでしょ。向こうはあんたを捨てた連中なんだから」
「そう言うなよ友成。クラブはクビにされたけど、別に選手にどうとされたわけじゃないからな…」
「手塚さん感傷に浸るヒマないでしょ。やっとホームゲームでの初スタメンなんだからよ」
「…ハハ、もっともだ」
スタメン
GK20友成哲也
DF21長山集太
DF5大森優作
DF23沼井琢磨
DF14関原慶治
MF2猪口太一
MF3内村宏一
MF19手塚幸弘
MF8栗栖将人
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
「考えてみりゃ、今日の右サイドって再雇用ですよね」
ピッチで円陣を組む前、長山はふと手塚につぶやいた。
「お前も思った?なんか不思議だよな」
「でも、逆に今日のスタメンで新入りは俺を含めて3人ですからね。自信もっていいんじゃないっすか」
関原の言葉に、二人の表情は一度ゆるみ、また引き締まった。残り8人が既存ということは、それだけ土台が出来上がっているということで、割って入ることの困難さを示してもいた。そこに剣崎が叫ぶ。
「ほらほらお三方。早く円陣に入ってくださいよ、スピードスピードっ」
「急かすなよ、今行く」
試合は終始アガーラのペースで進んだ。18戦無敗という結果が自信となっているのか、スタメンの平均年齢が福岡のそれよりも5歳若いにも関わらず、プレーの一挙手一投足に貫禄すら感じさせていた。プレーオフ圏内に踏み止まっているだけでは、和歌山に太刀打ちできるほどのバックボーンとはならなかった。
苦しい状況で懸命に耐えていた福岡の守備陣だったが、前半29分にゴールをこじ開けられる。右サイドを駆け上がった手塚がゴール前にクロスをあげると、ファーサイドの剣崎がヘディングで折り返し、それをディフェンダーを振り切った竹内が流し込んだ。
この先制点、何でもないようなプレーだが、幼なじみでもある栗栖は、剣崎の成長に舌を巻いていた。
「おいおい。あいつがアシストとはねえ…。化け物ぶりに磨きがかかってやがるぜ」
剣崎は今、自分で気味が悪くなるほど周りがよく見えていた。今の先制のシーンも、クロスに反応して跳び上がった瞬間、キーパーが反応していることも、竹内が相手ディフェンダーを振り切っていることも。そしてそれに対して素直に竹内へのパスを選択したことにも驚いていた。
(ゴールがどうでもよくなったわけじゃねえ。でも…なんかわかんねえけど)
どう表現したらいいかわからない。しかし、自分が何か新しい武器が身につきつつあることは間違いなかった。そしてこう結論づいた。
「味方を使うのって、こんなに楽しいんだな」
福岡もやられっぱなしではない。エース城野を中心にスピードのある攻撃陣が、時折鋭いカウンターを見せる。前半40分には城野が和歌山の最終ラインの裏をとり、キーパー友成との一対一を迎える。
この絶体絶命とも言えるピンチを、友成はファインセーブで切り抜けた。この場面に限らず、友成はルーキーだった咋シーズンからずっとこうした状況を派手なファインセーブを見せてきた。
その度にビギナーやライト層の評価を高める一方、目の肥えたサッカーファンからの株価は下がった。本当にいいゴールキーパーはディフェンダーとの連携でそれをしなくていい状況を作り出すからだ。
だが、友成はあえてファインセーブをするスタイルを貫く。そこには彼なりの哲学があった。
(俺は一流になるには体格が足りないし、サッカー自体中学の途中からだから経験値も浅い。第一、プロである以上玄人好みのプレーで客なんて来ない。魅せるのもまたJリーガーの仕事だろ)
試合はそのまま1−0で勝利。決勝点の竹内がお立ち台に上がった。だがその試合で和歌山が対戦の残る他クラブに示したのは、剣崎の成長度合いと友成の存在感だった。




