超えるべき壁
「ったく、情けねえっすね。絶不調の俺を頼るはめになるなんてな…」
後半開始前。石原に代わって投入された小宮は、露骨に味方の10人を見下す。だが、誰もその態度を注意できない。
「まあ…、足引っ張らないようにはしますよ。取り合えずひっくり返しましょ」
円陣に加わり、御船とニコルスキーと肩を組んで呟いた。
その瞳には、ここ最近ないようなギラつきを見せていた。
同じ頃。和歌山の選手達も、小宮の登場に緊張感を高めた。
「監督の読みズバリだな。やっぱり勝ちたい時はみんなあいつに頼っちまうんだよな」
栗栖がまずつぶやいた。猪口が続く。
「じゃあ、戦術はプランBですね。僕が小宮を抑えて…」
「…FW以外が5分以内に点をとるか。無茶苦茶な要求だよねえ」
軽い感じで内村がつぶやく。その隣で剣崎が膨れっ面をする。
「ちぇっ、俺でも別にいいじゃねえか。…まあ、点とれてるから我慢してやっか」
「俺と剣崎がなんとかゴールの道筋作ります。誰か押し込んでくださいね」
竹内がそう訴えた。
「どっちにしろ、点をとってこいってことだろ。俺がゴール守ってるから、てめえらフィールドプレーヤーは全力で行けっ!行くぞっ!」
最後は友成がかつを入れて輪が解けた。
後半開始。石原に代わって小宮が入ったことで布陣が一部変わった東京。FW常葉が2トップの一角から一列下がって右サイドへ。ニコルスキーが1トップとなって、小宮、御船、常葉がそのこぼれ球を狙うという形に変わった。
もともと、開幕から4−2−3−1で戦っていたのだ。本来の形に戻ったとあって、攻撃はますます鋭くなった。それ以上に、ボール保持率が格段に上がった。言うまでもなく、小宮の影響である。
「くらえっ!」
今も小宮のパスを受けて常葉がシュート。大森の身体に当たってゴールは免れるが、このルーズボールを幾度も御船が拾い、小宮に預ける。預かった小宮は絶不調の面影なく、抜群のキープ力で守りきってまたもリズムを作り直す。指揮官に小宮封じを託された猪口が再三ボールを奪いに行くが、小宮は軽くあしらう。
「学習能力のねえ奴だな。格が違うって言ったろうが」
「くっ!」
懸命に食らいつく猪口だったが、なかなか小宮からボールを奪えない。しかし、嘲笑を受けてもなおねちっこいディフェンスでついていく。
(やっぱり何度やっていても凄い…。小宮は僕らの年代じゃ間違いなくトップ、世界と戦える選手だ。…でも、J1に行くにはこのレベルの選手からボールを奪えなきゃ、きっと通用しない。絶対にレギュラーをとるために、小宮は超えるべき壁だっ!)
決心した猪口。その瞬間、小宮のスキについに気づく。自分を振り切ろうとターンを仕掛けようとした時、ボールが小宮の足から離れた。そのボールが自分の足の射程圏だ。
(今だっ)
「!?」
たぶん奪われた本人に自覚はない。だが、格下と思っていた人間が自分からボールを奪ったという事実が目の前にあった。
奪われたボールは、常葉のマークについていた関原に掻っ攫われた。
「前線、上がれっ!」
関原は素早く前線にボールを蹴り出す。最前線で待ち構えていた剣崎が、サンドロとの空中戦を展開する。
「直さんっ、行けっ!」
競り勝ち、剣崎はボールを右サイドに落とす。小西は狙いを定めて右足を振り抜く。
「なろっ!」
東京の守護神、市原は右手一本でこれを弾き出す。こぼれ球に久岡がつめてシュートを打つが、クロスバーを直撃し、ペナルティーエリア外まで跳ね返る。
「早くクリアしろっ!こいつらの攻撃はしぶてぇんだぞっ!」
市原に言われるまでもなく、初田がボールを拾いに行く。しかし、同じようにボールを奪いにいった竹内とぶつかる。激しい音がスタジアムに響くが、主審は竹内のアドバンテージをとる。先にボールに触れたのが竹内だったし、何よりそのこぼれ球に内村が反応していた。
「ミドルシュートの手本、見せてやんよぅ」
ニヤリと笑って内村は右足を振り抜く。人と人の間を縫うように飛んだボールは、市原の反応虚しくゴールに吸い込まれていった。
「後半17分…12分遅れか」
天を指差し、内村はそうつぶやいた。
そこからは点の取り合いだった。
後半25分。ニコルスキーがコーナーキックから押し込んで1点を返すと、同31分に常葉に代わって入ったMF樋村が小宮のアシストを受けてシーズン初ゴールを挙げる。
しかし、内村のゴールですでに試合の流れはは決していた。44分に負傷した竹内に代わって入っていた鶴岡のゴールで突き放す。アディショナルタイムに小宮がPKを沈めたがそこでタイムアップ。4−3の乱戦を和歌山が制した。
整列し、互いに健闘を讃える両イレブン。その中で、小宮は栗栖と握手したときに本心を吐露した。
「…もうやってらんねえよ。あんなしょうもないPK初めてだ」
「おいおい。1ゴール1アシストで愚痴るなって」
「…数字じゃねえよ」
ユース時代、時に代表で肩を並べた間柄。かつてのライバルの戦意のなさに、栗栖は同情と怒りを覚えた。
「お前、いつからそんな根性なしになったんだ。…こんなんで終わってんじゃねえよ、まだ立てるだろ」
檄を込めた栗栖の言葉は、今の小宮には届き切らなかった。
「…ふん」
そう鼻で笑っただけだった。




