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CDO9

「情けないわね。これだから男ってのは信用ならないのよ」

 マドカが毒づいた。苛つきが顔に表れていた。しきりに舌を鳴らしている。

「あきらめろ」

 千佳が感情を押し殺した声で言った。半目がいつもの眠たげなものから、覚悟のそれに変わったようにすら見える。

「あら、もっと感情を表に出したら? 半目ちゃん?」

「お前らは人の感情につけ込む。これぐらいがちょうどいい……」

「ふん。本当は、感情をむき出しにして、傷つくのが怖いんじゃないの?」

「な……」

 千佳がギリリと奥歯を噛んだ。

「やればできるじゃない」

「く……」

「そうよ! あきらめなさいよ!」

 千佳の言葉に触発されたのか、魔優子が魔族に向かって叫んだ。

「あきらめる? ダメよ! 人間、簡単にあきらめちゃ! 私、魔族だけど!」

「何を! あきらめるッスよ!」

 千佳のすぐ隣りで柚希菜で叫ぶ。

「――ッ!」

 叫ぶや否や柚希菜は殴られる為にか目をつむって身構えた。それでいて殴られやすいようにか、脇腹のガードをわざと開いていた。

 むしろ『さぁ、ここだ』と言わんばかりに、その脇腹は千佳に向けられていた。顔は少し嬉しげだ。

「何してる?」

 千佳は柚希菜のわざとらしい姿勢に、内心ため息を吐いた。

「あれ? 殴らないッスか? 魔族にあんまり話しかけると、いつもなら鉄拳制裁ッスよ?」

「別に……」

 千佳はそう呟くと隣りで尚も魔族に文句を言っている魔優子を見た。魔優子は感情も露に魔族に食ってかかっている。

「……」

 千佳は複雑な顔でその様子を見つめる。

「うらやましいッスか?」

「黙れ」

「ほら。前に集中する」

 蓮華のその声を合図にしたかのように、遠くの方から風を切る音がした。

 それは不快な振動をはらむ音だった。


 マドカの横に男の魔族が降り立った。新しい魔族もビジネススーツに身を包んでいる。

 装いはすべて闇――そう思わせる黒づくめだった。上下のスーツから始まり、シャツ、ネクタイ、靴下、靴すべてが黒一色だ。髪も黒い。こちらも闇を思わせる黒だ。

 肌は逆に白かった。まるで黒と白を互いに際出せる為の配色にも見えた。

 そして目だけが異常に赤かった。白目も黒目もない。すべてが赤だ。血の色だった。

「失敗したんだって? 情けないわね」

 マドカが小馬鹿にした笑みを浮かべて言った。

「うるさい。身柄の拘束に失敗しただけだ。債権そのものは回収している」

 男の魔族は掌を拡げた。光の固まりがその中で輝いている。

「まぶしいわ。鬱陶しいから早く処分してよ」

 それは人間の正の感情の固まりとでも言うべき光だった。

「ふん」

 魔族は鼻を鳴らすと同時に光を握りつぶした。

「何?」

 魔優子には何があったのか分からない。

「ああやって人間の愛情やら隣人愛やらを形に変えて、回収して処分してしまうのよ」

 蓮華が憎々しげに言う。

「人々の間に出回る愛情を少なくしてしまうの。デビレを狙っているのよ」

「デビレ…… 確かに人間のいい感情を握り潰されるのは、いい気がしないわ……」

 魔優子が呟く。

「じゃあ。撤収ね」

「いや…… 借りがある……」

 男の魔族がマドカに応えると魔優子を見た。魔優子と目が合った。

「魔優子ちゃん…… 服装は変わってるけど、チームブライトと一緒に一度は退けたあの魔族よ」

「ええ、分かってるわ」

「あのうっとうしいのは俺がやる……」

「血走った目をしてると思ったら、何? 因縁の相手なの? ま、いっか。勝手にすれば――それ!」

 女の魔族が光助を後ろに放り投げた。

「げっ!」

 光助の体が宙に浮く。近くのビルの屋上より高く舞い上がった。そのまま落ちれば無事では済まない高さだ。

「光助!」

 魔優子が叫ぶ。思わず久しぶりに光助と呼んだ。だがこの距離では叫ぶことしかできない。

「柚希菜! 輪!」

「ウイッス!」

 千佳の指示を、柚希菜が本能で理解した。天使の輪を宙に浮く光助に投げつける。

 輪は弧を描いて飛び見る見る大きくなっていく。ビルに届く頃には巨大な天使の輪になっていた。

 輪の一端が近くのビルの屋上の鉄さくに引っかかる。そしてちょうど上への減速が始まった光助の目の前で、輪の反対側が光っていた。

「掴まって!」

 千佳は柚希菜が出した巨大な天使の輪が、光助の間近をかすめるのを見て叫んだ。

「この!」

 光助は右手で先ず巨大な天使の輪を掴み、己の体を引き寄せて両手で掴み直した。

「掴んだ!」

 両手で天使の輪を掴んだ光助が叫ぶ。だが出現した位置でほぼ水平を保っていた巨大な天使の輪は、光助の重量に負けて直ぐに斜めになり始めた。

「柚希菜! 次!」

「分かってるッて!」

 千佳の指示に柚希菜が応える。天使の輪は見る見る小さくなった。

「と、この……」

 勢いよく縮む天使の輪に、光助は必死で食らいつく。

 一方を鉄さくに固定された輪は、ビルに向かって瞬く間に縮んでいった。天使の輪が元の大きさに戻り、光助は鉄さくに背中をぶつけながらも屋上に打ち上げられた。ビルはオフィスビルらしく、屋上に人はいなかった。

「痛てて……」

 光助は背中をさすりながら上体を起こした。鉄さくから外れた柚希菜の天使の輪を、右手に掴んでいる。左手には手提げの紙袋を離さず持っていた。紙袋の底が破れている。

 光助は慌てて上着のポケットに中身を移し替えた。

「光助! 大丈夫なの?」

「お、おう!」

「あら残念ね。お持ち帰りしようと思ったんだけど……」

「お、お持ち帰り!」

 魔優子が驚いて振り向く。

「地獄までついてきて欲しかったんだけどね」

 マドカが楽しそうに言う。つまり殺すつもりだったのだ。

「この!」

「お前の相手は俺だ!」

 男の魔族が笑みを浮かべる。魔優子に向かって飛んだ。

 邪悪な復讐心にとらわれた笑みが、魔優子に向かって飛んできた。

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