CDO10
「魔優子ちゃん! 避けて!」
蓮華が叫ぶ。男の魔族は魔優子の天使の輪を気にする様子もなく、不用意に飛びかかってくる。他のキューピッドに目もくれず魔優子に肉弾戦を挑んできた。
「この!」
魔優子は叫ぶや否や体ごと右に避けた。
魔族は飛んでくる勢いそのままに拳を繰り出してくる。魔優子の体を紙一重でかすめて魔族がその横をすり抜けた。
「ははっ!」
攻撃を避けられたにもかかわらず、魔族は嬉しげに身を翻して更に拳を繰り出してくる。
「私は大丈夫! 光助を!」
魔優子は次々と繰り出されてくる魔族の拳と蹴りを、空中で体を入れ替えてかわす。
光助はビルの屋上、鉄さくの外側に投げ出されていた。今まさに、自力で鉄さくを乗り越えようとしている。手でも滑らせたら危ない。
「分かったわ!」
蓮華が光助に向かって飛ぶ。
「人の心配…… 思いやりの心! 反吐が出る!」
魔族が攻撃の手を止め、魔優子を睨みつけた。
その邪悪な視線に魔優子は思わず背筋が凍る。人の世を恨む憎悪の目だ。
「何が悪いのよ!」
魔優子は自分の中の恐怖を押し殺す為にか、魔族に向かって気丈に言い返した。
「人間など一皮むけば自分のことばかりしか考えない存在だ。ちょっと不安をあおってやれば、すぐ正体を現す。切羽詰まればどんなことでもする。感情の取り立てをする俺は知っているぞ!」
「あなた達が悪い風にしむけるからでしょ? 自分のひがみ根性をまず直したらどう!」
魔優子は弓を相手に向けて構えた。力強い光を発する矢が出現する。
「それだ! 相手の気持ちを確認することのできる天使の矢。直接確かめればいいものを! そんな力に頼る人間。弱い人間」
「そ、それは……」
「弱い! 弱い! 食い物にして何が悪い!」
「く…… 弱くって、何が悪いのよ!」
「ほざけ!」
魔族が空を蹴った。一気に距離を詰めてくる。
「この……」
魔優子はその勢いと距離に矢を放つことができなかった。
「じゃあ。私はあなた。私の楽しみを奪ったお仕置きよ」
マドカが空中で舌なめずりをしながら千佳を見た。
「あなた愛想ないわね。半目ちゃん。モテないわよ。男の子が振り向いてくれないわよ。まぁでも恋愛関係はもとより疎そうね。もしかして好きな人もいないんじゃない?」
マドカが心底楽しそうな笑みを浮かべて殊更千佳を決めつける。人間をからかうのは気分がいいのだろう。思う存分小馬鹿にしながらマドカは千佳の心の隙を探っているようだ。
「な……」
「あ、そうそう、いてもいなくても一緒か? 愛想悪いものね。望みないものね。いっそ最初から、いない方がいいよね!」
「ぐ……」
マドカの挑発に千佳はつい感情的になって言い返しそうになったのか、耐えるように歯を食いしばった。
「ふん。お前ら魔族の言葉に耳を貸すものか。人の心を揺さぶるのが魔族の手。耳を貸せば心の隙や、不安をついてくる……」
千佳は何処までも冷静に応える。
「あら、ご立派ね。感情を押し殺すのが得意のようね? けどそんな人生で幸せ?」
「黙れ。負の言葉を投げかける魔族に、応じようなキューピッドなどいな――」
「何を! 千佳ッチにだって好きな人ぐらい、いるッスよ!」
そんな千佳本人の代わりに柚希菜が感情剥き出しで応えた。
「なっ! 柚希菜!」
「聞いて驚け! 隣りのクラスの男子――グワッ!」
千佳の天使の輪が、主の秘密を暴露しかけた柚希菜の顔面を襲う。
今までにない会心の一撃だった。
使い方が間違っているのと、使う相手が違うのと、魔力ではなく腕力で放たれたのが、悔やまれる一撃だった。
「黙れ……」
千佳が顔を真っ赤にして唸る。息が荒い。目が血走っている。感情丸出しだった。
「その話聞きたいわ! ガサツちゃん! 続きを!」
「黙れ!」
千佳が剥きだしの感情そのままに、魔族に向かって矢を放った。
「何? 狙ったの今の? あなたひょっとしてダメな娘?」
明後日の方向に飛んでいく千佳の矢を見て、マドカがあきれ顔で言った。
「そう言えば、半目ちゃん。さっきから飛び方がぎこちないわね。矢もダメなの?」
「何を! 千佳ッチにだっていいところはあるッて! 例の男子の前での不器用なアピール! あの可愛らしさったら…… あぁ! 皆様にお見せしたいッス!」
柚希菜が空中で立ち上がって叫んだ。友達を擁護する頼もしいその顔に、天使の輪の跡がくっきりとついている。
「うるさい!」
千佳が柚希菜に向かって矢を放った。次々と放つが、一本もまともに飛ばない。当たらない。
「あはは。可愛いわね!」
マドカが千佳に向かって飛んだ。
「とりあえず、もてあそんだんで瞬殺しようかな。悪く思わないでね」
「この! しまった…… 天使の輪が……」
千佳が身構える。そう千佳は天使の輪を手放してしまっていた。よりによって味方にぶつける為に。
魔族の苦手な天使の輪を頭に戴いておけば、魔族もうかつに手を出せないはずだった。これでは身を守るだけで精一杯。失態だった。
「甘い!」
千佳がバランスを苦労してとりながら、手を前で重ねて防御する――その隙だらけの様子を見てマドカは笑った。
「千佳ッチ!」
柚希菜が千佳に向かって飛んだ。女魔族の手が千佳に襲いかかる一瞬――
「おりゃっ!」
その寸前に柚希菜が千佳の手を掴んででかっさらう。
「速いじゃない! それっ!」
マドカの手は空を切った。マドカは柚希菜の反応とその移動速度に嬉しそうに舌を巻く。そして気合とともに空を蹴り、逃げた獲物へと急旋回する。
「任せるッスよ」
柚希菜が千佳をつかまえながら急上昇する。千佳を安心させる為にか、柚希菜はとっておきの笑顔を友人に向けた。
千佳がその柚希菜の首にしがみつく。
「このまま飛んで! 柚希菜!」
「オッケーッス! どうするッスか?」
「頼りにするわ。でも柚希菜の力なら、障害物の多い地上付近は避けないと。空の高いところがいいわ。魔族同士を引き離しもしたいし……」
「了解ッス!」
柚希菜が千佳の体ぐらいはちょうどいいハンデと言わんばかりに、力強く天を目指した。
「それと……」
千佳が感情を押し殺した声で言った。それでも少し怒気のようなものが漏れている。
「何ッスか? 千佳ッチ!」
柚希菜は千佳のその怒りに気がつかないようだ。暢気に返事を返した。おそらく気がついても多分同じような反応だっただろう。
柚希菜はデリカシーが少し足りない。失礼なことが多い。被害に遭うのはいつも千佳だ。
「何で――知ってる?」
『隣りのクラスの――』のことだ。
「隠せてる――とでも?」
柚希菜が呆れて聞き返した。
「あの男子に対してだけは、千佳っちはいつも変ッスよ!」
「なっ!」
「いつも一緒にいるアタシには分かるッスよ。学校での千佳ッチは、魔優子ッチのことを笑える立場ではないッスね」
「ななな…… 黙れ……」
「バレてないと思ってるとは! 流石のアタシも呆れて――」
「黙れ!」
千佳がしがみついていた手に更なる力を込めた。
「ダメッスよ! 落ちるッスよ! 暴れたらダメッス! 首締めたら死ぬッス!」
力の限り暴れ出しあまつさえ自分の首まで締め出した友人と、柚希菜は空中でもみ合いになる。もみくちゃの軌道は、それでもマドカを容易に近づけさせない速度を保っていた。
千佳と柚希菜はマドカを引き連れて、天高く舞い上がった。




