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【#001 八月一日の討論会】

[八月一日――〈教室〉]



 夏休みの予定は何かと聞かれたら。

 溜まった漫画を読破する?

 積んだ大作ゲーの消化?

 健全に外へ遊びに行くというのも渋くていい。

 大抵は、この様な暇潰しと答えるのではないだろうか。

 夏休み丸々使って外国語をマスターしようとか、世界を軽く一周してくるといったアクティブな答えの人は置いておくとしよう。僕と生存圏が違い過ぎてお近づきに成れそうにないし。

 さて僕は、そう言った一般的な夏休み的行動を行う暇も無く、部活動や恋愛ごとに勤しむ隙も無く、あえて言うなら人間観察(?)に、無意味に持て余した時間をつぎ込んでいるといえよう。

 繰り返される毎日。それは予想よりも遥に、有意義な時間の使い方という物を見失わせる。


「もし仮に――君を超能力者だと仮定する」


 今日も暑さに負けじと、不議七思の仮説が教室に響く。

 長期休暇中の学校は、通常の騒がしさと相反して妙に物静かだ。

 使い古された机が夏の熱気に香ばしく焦げ、グラウンドの喧騒がどこか遠く物悲しさを誇張する。

 日常という張りつめた空気が弾け、気怠い何かが漂っているようだ。

 だからこそ、人類の生存限界を大気が探ってきているこんな陽気の日くらい、自堕落に過ごしても罰は当たらないと思う。しかし生憎とその理屈は通用しない。

 何故なら僕等には今日しかない。

 今この時を、可能な限り有意義に過ごすしかないのだ。

 眼前の黒板に、思いの猛りを書き連ねる人物こそ不議七思である。見た目は僕と同い年くらいの学生ではあるが、その本質には大きな違いがある。

 彼女は学校指定の制服をむしろ従えるように着こなし、長いストレートの黒髪をマントの如く翻して、教室に君臨する不可思議の権化だ。

 謎を好み、不可解を欲し、超常を愛し、現実を怪訝とする現代に生きる怪人の類である。

 この暑さの中でよくもまぁこう、元気はつらつで居られるものである。

 その口元は不敵に歪み、不屈の意思は瞳に宿り爛々と輝いている。

 パッと見は清楚可憐なお嬢様系の美人に見えるが、そのような表面上の見かけに騙されてはいけない。本物の清楚可憐なお嬢様は、こんな蝉のさざめく真夏の教室で嬉々とした表情で、こんな中二的な発言を黒板にカカカカっと書き殴ったりしない……はず。


「だとすれば意図してか無意識にかは分からないが、この異常な状況は君が作り出したことになる」


 そこまで矢継ぎ早に述べた所で、七思はリィンとチョーカーを鳴らして(どうやら仕草でアクセサリーを鳴らす動作が気に入っているようである)僕の方に視線を向ける。


「さぁ君の望みはなんだ? 私をこんな所に閉じ込めてどうするつもりだ?」


 知り合いをいきなり超能力者呼ばわりした上に、尋問とはいい度胸だ。


「あくまで仮定の話でしょう?」


 何故こんな夏休みの真っただ中に、こんな誰も居ない教室内で、こんな昨年の最高記録に並びそうな猛暑の日に、こんな若干の変人と他愛無い会話を繰り広げているかと聞かれれば、聞くも涙、語るも涙な事情があるんですと訴えるしかあるまい。

 まぁ小一時間ほど説明したとしても到底信じて貰える内容ではないのだが。


「そうだ仮説には違いない。だが、この世界に信じられる事実などどれほどあるという?」


 そこまで話題の世界観広げられると、大抵の台詞が希釈されてしまうわ。

 向こうがこっちの質問に答えてくれないので、あえての質問返しで応答してみることに。


「七思さんは何か信じているものとかあるんですか?」


 ちなみに僕は、応募ハガキは出せば当たる事があるというのは信じている。


「占いでは本日の運勢は最高だそうだ」

「それはいいですね」


 それは占いを? それとも今日の運勢を信じているのか?


「つまりかれこれ100日以上私の運勢は常に最高状態という事になるな」

「素晴らしい、ってか占いとか信じてるなんて、らしくないというか」

「年頃の女子だからな」


 信じ方は全然乙女っぽくないんですけどね。

 自信ありげにそう語る様子はとてもそこらの女子とはかけ離れて見えたのだが、そこは口に出さないでおこうと思う。

 絶好調な七思の機嫌を損ねたらそれこそ天罰モノだ。


「っていうかこんな暑い中でよくそんな元気で居られますね」


 僕なんかは椅子にうなだれるように座っているのに。


「君こそ一体何回目の今日だと思っているんだ、私は慣れたぞ」

「暑さに慣れるとか無ぇー」


 僕はというと炎天下に体力をギリギリと搾り取られていくようで、少し前に買った清涼飲料水を飲み干しても汗は引く気配がない。これが暑さによるものなのか、それとも七思の奇行によるものなのかはさておいて。


「仮定の続きに戻ろうか」


 そう言って七思は黒板に向き直る。


「もし君の未成熟な潜在能力が暴発してこの状況を作り出しているのならば、君が現実世界に抱いている不平や不満を解消できれば、安堵の気持ちによって能力が解除されるかもしれない」


 そう言いながら七思は大仰に制服の内側に腕を突っ込む。引き抜くと手にはアイスの袋が握られていた。ってか○リガリ君(ソーダ味)!?


「こんな暑い中よく懐に入れてて溶けませんでしたね……」


 呆れが三割、感心七割って所。修行で身に着けられる特技だとしたら瞬間移動か舞空術の次くらいには体得したい。


「ほら大事な話を続けるぞ!」


 七思は僕の質疑に応答せずアイスを咥えながら黒板に、[①時を○ける少女][②エンドレス○イト][③新手のスタ○ド使いの攻撃]と文字を綴る。


「その、何かの能力によって系の説はずいぶん前に検証しましたけど」


 ああくそ、アイス旨そうだ。


「確かに我々のどちらかが意識を失ってもこの世界は継続し続けた」


 そう、僕達はすでにある程度思いつく方法は試している。


 続いて七思は[④All Y○u Need Is Kill][⑤リ○レイ][⑥ま○か☆マギカ]と書く。


「しかしだ、それは能力者本人がここにいると仮定した場合の検証だ。もし当人はこの世界にはおらず、本人の幻影のような形で居るとしたらどうだ?」

「所謂アバターってやつですか」


 僕の言葉に七思が食べかけのアイスを向ける。


「そう、幻影はあくまで感覚の一部であり、それをどうにかしても意味がない、本体に刺激を与えなくてはいけない」


 七思は部屋の隅々を示すかの様に、両手を広げ舞う様に一回転する。その際に七思の首に巻かれたチョーカーがリィンと不思議な音を奏でた。


「必ず本体は私達の行動を見ているはずだ」


 どうやら今の動きはこの場には居ない第三者に向けての何かしらのアピールであったらしい。ふわりと翻ったスカートに目を奪われて気づかなかった。夏の女子は見どころが多くて困る、それは相手が七思であってもだ。


「あれ、シュタゲは黒板に書かないんですか?」


 時間系のSF設定であれば、結構有名なタイトルであるはずなのだが。


「うーん、あれは意図的に時間を逆行しているからな、パターンとしては①に含まれると思うが」

「あ、それ分類分けだったんですか、単に好きな作品をランキング付けしたわけじゃないんですね」

「当たり前だ、好きな作品を上げるとしたらこの中にザ○フライとかバックトゥ○フューチャーとか入れているわ」

「チョイスが渋い……」


 映画鑑賞会とか開いたらもの凄いラインナップ用意してきそうだ。あと途中で寝たら怒りそう。


「っと話がそれたじゃないか」


 七思が教卓をペシペシと叩き、黒板に向き直る。


「まず分類①だが、これは意図的にタイムリープを起こしている状況だな、ちなみに細田監督の方だからな」

「今時筒井康隆の原作の方をイメージする人は少ないと思いますけど」

「よろしい。これは厳密にはタイムトラベル物であり我々の状況とは厳密には違っているが、主人公の行う時間の逆行が数日から短くて数分という短時間であり、その点が共通点といえる」

「これは任意に起こせるループ現象と言えますね」

「そうだ、次に②は無意識に起こるループだな、時期的には夏休みで我々と共通点があるがループの期間は一週間と結構長い」

「ある意味で先ほど七思さんが言ったアバター状態と言えますね、ってか何で作品タイトルじゃなくてサブタイの方?」


 やはり僕の質問は無視され、七思は食べ終えたアイスの棒を黒板の下に置かれたごみ箱に景気よく放り込む。


「その場合我々は一切の情報がない状態から涼宮ハ○ヒを探さなければならないわけだな、お前の知り合いに入学早々宇宙人とか超能力者を探す変人はいないか?」

「そうですね知り合いの中で探すなら、その条件にあてはまる変人が一人今僕の目の前に」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 さすがは七思、皮肉が全く通じない。


「でも②の場合登場人物達は自覚症状自体が無かったですよね?」

「確かに、ループに気付いたのは一万回以上繰り返した状況であったな」

「ってことは一万回以上繰り返せば、僕等の他にもループに気付く人が出てくるということですか?」


 確か作中では、非常に主人公達が既視感に苛まれて、そこでループしている事に気付いたって話だったはずだ。


「この場合、むしろなぜ我々だけがたった百数回のループで自覚出来ているかが問題だな」

「無自覚の内に僕等だけ先に一万回以上も繰り返していたとか?」

「ふむ、その発想は悪くないな」


 そういって七思は、黒板に新たに[ループの回数]と書く。


「私と君とではループの自覚回数にずれが生じている事だし、アインシュタインの相対性理論を持ち出さずとも、時間は一定ではない」


 相対性理論自体それほどよく知ってはいないが、七思の言いたい事は薄っすらとだが分からなくはない。つまり、ええっと地球は青かったとかそんな感じ?


「だがその検証は現状では難しいので次の機会に回そう」


 そう言って七思は黒板に書かれた③にチョークを走らせる。


「さて③だが、この場合スタ○ド使いと呼ばれる能力者に我々は攻撃されている事になる」


 ふむ、ここから急に話題がチープになったと思うのは僕の気のせいだろうか。


「もしかしたらこの学校にジョースター家由来の血族が居て巻き込まれた可能性もありますね」


 ちなみにこの町の名前は杜王町ではない事を追記しておこう。あと海沿いでもない。


「その場合我々に出来る事が少ないなー、何せスタ○ド使いはスタ○ド使いにしか倒せないわけだしなー」


 むしろ蚊帳の外である事を嘆く様子の七思。もしかしたらと微かに考えてはいたが、どうやら彼女はまだスタ○ド能力を使えないらしい。


「なら僕等もスタ○ドの矢に射抜かれる必要がありますね」


 もし見つけたら僕は遠慮するけどね。


「まぁそういった事は別の視点で他の主人公達に任せるとしてだ」


 そういって七思は再び懐からアイスの袋を取り出す。今度は小豆○ー。


「一体その制服どうなって……あ、中に保冷材入ってる!?」


 なんと驚愕の事実、七思は制服の裏に保冷剤を仕込んで暑さをしのいでいたのだ。賢いと思うべきか、そこまでするかと引くべきか悩む境界線ではある。


「冬場の懐炉にヒントを得てな」

「ちょっと少し僕にも分けてくださいよ、いやアイスじゃなくて保冷材の方を」

「もう結構ぬるくなってきているぞ」


 そういってほぼ液状化している袋が投げ寄こされる。まぁ、無いよりましって所か。っていうか[女子の服の中に入っていた保冷材]って感じの枕詞をつけると途端に貴重度が上がるから不思議だ。


「っと話を戻そうか、ケース④だな」

「これは死んだらやり直しってやつですよね? これは関係ないんじゃないですか?」

「分からんぞ、我々が寝入った後とかに唐突に核戦争とか宇宙戦争とか起こって世界が崩壊したかもしれん」


 ものすごい仮定切り出してきたなこの人。


「だとしたらもう救いようがないんですが」

「何を情けない事を言っている、この繰り返される日常から抜ける為なら、世界や宇宙の一つくらいと戦い抜く覚悟を決めたまえよ!」

「非日常から非日常へ推移しているだけで日常に脱出出来ていないんですが!」


 現状と宇宙戦争ばりの状況を天秤にかけたら、暑さに茹だる程度で済む方がマシというものだ。


「それ以外だと君と私の何方かが唐突に心臓麻痺で死ぬとか」

「名前が書かれたら死ぬノートに狙われているみたいな状況ですね」

「いや実際に死に至る疾患として存在はするんだぞ、我々のような健康な学生に起こる事は稀だが」


 まぁ特に今の時期の様な、高温多湿の状況下は体に良くないだろうしな。よし今夜は特別に冷房をガンガンつけて体を労わってやるとして。


「そういやよく知らないんですけど④はどうやって時間を戻してるんですか?」

「異星人の兵器の影響を受けてだな」

「じゃあ僕等はどちらかというと異星人と戦わないといけないんですね」

「そうやってすぐ諍いへと意識を向けるのは良くないな」


 さっき世界の一つとくらい戦う覚悟を決めろとか言っておいて。


「ケース⑤も実質的には④と時間移動のシステムは変わらないな、この二つは機械的な仕組みにより時間移動を可能としているが、現状我々にはそれに該当する物体に遭遇した経験がない」


 確かにタイムマシンっぽい機械が見つかっていれば、そもそもこんな黒板を前にしてうだうだと話し合いをしているはずもない。


「って言うか見た事も無いのに、あ、これタイムマシンだってわからないじゃないですか」


 映画とか漫画の中でだって、その形状は千差万別なのだ。もしそれらがそれっぽくない形状、例えば携帯とかマグカップとかの形にカモフラージュされていると、それこそ気付かないのではないだろうか。


「ふむ、それは確かに一理ある、今度互いに一日で触ったものの一覧でも用意してみるか」


 この検証もまた次回へと回されることとなった。


「じゃぁ最後にケース⑥ですね」

「うーん、この場合魔法少女というからには対象者は私になるのか?」


 最近は高校生で魔法少女も増えてきたようなので、年齢的にはありかもだが。


「七思さん魔法少女って柄じゃ……いや、ファンタジー系美少女ってカテゴリにはギリ属しているんじゃないかと!」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 この返し汎用性高いな。


「しかし魔法かー」


 珍しく七思が渋い顔で悩む。


「魔法は管轄外ですか?」

「いや、こういうのに魔法とか導入すると何でもありになってくるからなーと」

「確かに精神力とか思いの力とか要するに気持ち次第ってことですもんね、そんなんで時間逆行された日にゃたまったもんじゃないですね」


 別に魔法の存在を敵視するわけじゃないが、科学的考察で魔法という概念が入り込むとある種の拒絶反応が出てくるのは仕方がないと思われる。


「他にもループものはあるが、有名どころだけで十分だろう」


 そういって七思が、黒板を前に僕へと向き直る。


「えっと、分類するとケース①と④が未来の道具によって、ケース②が強大な力を持つ存在による時空干渉? ケース③が所謂超能力、ケース⑤が異星人の力によって、ケース⑥が魔法って所ですが」

「まぁケース⑥も概要的には異星人の力による所があるにはあるがな」

「で、この分類分けがなんか意味あるんですか?」


 とりあえずこのカテゴリ内に、僕等の現状に合致するものは見当たらないのだが。


「勿論何かしらの意味はあるさ、というかこれから意味を見出すのだ。さて、我々の現状はどうだね?」

「僕等の現状ですか」


 僕等の現状。

 永遠の夏休み。

 繰り返される一日。


「えっと八月一日を繰り返しているって事ですよね?」

「そう、期間は一日程度、我々二人には繰り返す日常の記憶はあるが、記録や証拠を残すことは不可能に近く、世間的にそれを証明する事は難しい」

「一日の開始と同時に状況がリセットされますからね」


 つまり他の誰かに現状を説明して助けを求めても、暑さにやられたかと憐みの目で見られるか、素敵な精神病院を紹介されるだけで済まされてしまうのだ。


「そう、そこだ。ループの開始地点と終了時間が決まっている以上、我々の意思によってループを操作されてはいないのではないかと考えられるわけだ、細かく言うならばもし我々のどちらかの意思によって時間が巻き戻っているのであれば、もうちょっと巻き戻る理由がわかるような状況で、もっとピンポイントに巻き戻るのではないかと考えられる」

「まぁ確かに、自分で操作しているならもうちょっとループにばらつきがあってもおかしくはないですよね」


 もし自分で操作しているならば、こんな記録的猛暑日はまず選ばないはずだ。


「少なくともこのような、夏休みの何の変哲もない一日、起きる出来事と言えばグランドで夏の大会の予選に敗れ、やる気を失った一軍に代わって二軍が勝手に試合形式の練習を行って補欠が見事に活躍し意外な才能を発揮するという事くらいの日をチョイスする意味が分からない!」


 ちなみに窓から見えるという事もあり、もう何度も同じ試合を見ている事から、野球部二軍の得意球や戦術、選手の伸びしろに至るまで無駄に把握してしまった。


「そう考えるならば、だ!」


 そういって七思は黒板から視線を外し、窓の外の彼方を指す。首のチョーカーがリィンと音を奏でる。


「もし仮に――この世界が誰かの超能力の結果によって生み出された物だと仮定する」


 その言葉は僕ではなく、この場に居ない、しかしこのやり取りを観ている者に向けている気がした。


「その場合、我々以外にこの状況を理解している第三の観測者が居るという事になるな。我々をこの状況下に閉じ込めて観測し楽しんでいるというわけだ。例えば映画を見るように、漫画を読むように、小説の行間の中に我々を閉じ込めてその様子を見てほくそ笑んでいると言う訳さ」

「その場合どうするんですか?」


 そんなメタ的存在に果たして、一次元か二次元かは知らないが、下位的存在の僕等に成す術はあるのだろうか。


「この状況を脱出するには、この日常に紛れているモノの中から本体を探し出し攻撃を加えなければならない」

「でもその本体がこのループを自覚しているとは限らないですよね?」

「そうだな、しかし我々の事は少なくとも見ているに違いない。そうでなければこのように自覚した者同士の議論など存在しないはずだからだ!」

「おお!」


 どこかで聞いたことがある、我考える故に我ここに在りという事か! ん、それとも火の無い所に煙は立たない?


「ならば、例えばその第三者が思わず目を背ける様な事象を引き起こせば、あるいは拒絶反応や自己防衛本能によって、映画ならば停止ボタンが押され、漫画ならばページが閉ざされ、小説ならば脳が文字を追うことをやめ、めでたくこの世界は崩壊し我々は脱出できるという事になるのではないだろうか?」

「そう上手く行きますかね?」


 理論的には納得がいくのだが。


「何事もやってみなければ分からんな、よしとりあえずその辺にいる同級生でも八つ裂きにして調理室で調理してみようか」

「そんな三分クッキング感覚で猟奇的な提案されても!?」

「ちなみに君は殺害担当と解体担当どっちがいい?」

「いやいやよしんばそれでループから脱したとしても僕ら殺人犯になりますけど!」


 っていうかいきなりそんな提案されても、頭と体と気持ちがついていけない。


「ならば無関係の者を巻き込むのは止めておくか」


 そういって、七思の瞳が怪しく光る。

 僕の方へと近づいて、僕の両肩に手を置いた。


「君が私に考え付く限りの惨い事をしてみるというのも一つの手だ」

「え、僕が?」


 一瞬七思の言っている言葉が理解できなかった。

 七思の体から、保冷材の冷気が僕へと漂って来て背中をゾクっとさせる。


「さぁやってみたまえ! 世間一般の人が目を背ける様な、今時なら自主規制でモザイクがかかるような、倫理査定で発禁を食らうような、世にも非道で醜悪で、残虐で残酷で、直視に耐えがたい蛮行をさぁ!」


 その底知れない瞳が、逆に、立場を譲った場合僕に降りかかるのだと思うと、恐怖に体が竦みそうになる。この人はやる。冗談は言わないタイプだ。もし必要とあれば、七思は僕をたやすく殺害し、分解し、焼却し、学校のプールに骨を撒く事も厭わないと思えてしまう。いや、この人ならばそこまで実行できてしまうという、そういった間違った方向での信頼が僕にはあった。


「い、いや……」

「道具は何を使う? ナイフか包丁か鋸か? 工具室には万力から錐に釘や金槌までより取り見取りだ! 科学室から薬品を持ってくるのも狙い目だな! 是非とも君の猟奇的で狂気的な趣向を発揮してみるといい!」


 一体七思は何を言っているのだろうか。一介の学生である僕には全く理解が及ばない。

 そもそも、いきなり知り合いに思いつく限りの酷い仕打ちをしてみろとか、しかも対象が自分だとか。この時点でみんなも気づいただろう? 不議七思という怪人の異常さが。

 彼女は己の仮説を裏付ける為なら、その身をいくら犠牲にしても構わないのだ。そしてここで僕が怖気づいて何もしなければ、今度は七思が僕に対して、先ほど述べた限りの仕打ちを実験と称して行うのかもしれない。

 ならば僕はどうすればいい?

 答えは自ずと彼女から提示された。

 僕が彼女に対して、行えばいい。

 何を?


「さぁどうした?」


 彼女が待ちわびているじゃないか。

 やるしかない。


「わかりました」


 僕が思いつく限り最も酷い仕打ち……。


「さぁ!」


 ええっと。

 じゃ、やるぞ。

 本当にいいんだな?

 後悔するなよ不議七思!

 僕は意を決して七思に向かって、禁断の一言を言い放った!


「ブース!」



 少し時間をおいても反応が返ってこないので、僕は勢いで瞑っていた瞳を恐る恐る開けてみる。目の前には、肩透かしを食らったような、呆れ顔の七思。


「……それが君の考え付く限りの蛮行か?」


 だから普通の男子高校生に大きく期待を寄せ過ぎだというのだ。僕の様な平穏動物が女の子に対してできる非道などこの程度だ。


「だ、駄目ですか?」

「話にならんな」


 そう言って七思は、両手を広げて周囲を示してみる。


「結果は見ての通りだ! 世界は何も変わらない……何故だ! こうも私の心はズタズタだというのに!」

「しっかり傷ついている!?」


 変な所で乙女な人だ。


「この検証も後日に回すとするか、これ以上続けるには私の心の傷が癒えるのを待つ必要がある」

「あ、あの今のは冗談っていうか、ほら七思さんが酷い仕打ちをしろっていうからであって」

「ふ、気にする必要はない、私が君に言わせた言葉だ、受け止めてみせるよブースか、そうかブースね、うむ、別に大した罵詈雑言ではないのにな、なぜこうも……胸に突き刺さるのだ……」

「ああもう引き摺っているし……いや、全然七思さんブスとかじゃないですよ、むしろ美人ですって」

「でも君は心の中でブスだと思っていたんだろう……?」


 めんどくせぇ。

 と、本音は隠して。


「いやほんと七思さんスタイル良いし、全然真逆ですって、誰が見たって一目瞭然! うわこんな所に美少女がいるよ! 写メとっちゃおうっかなーって感じですって!」

「もう一声!」


 欲しがり屋さんめ!


「特にこう、腰から尻にかけてのラインなんか制服越しからも分かりますよ、もう時折見える太ももあたりにかけてはもう理想的じゃないっすか! 黒板に向かっている時とか凝視しちゃって目が離せないですもん! っていうかどんなトレーニング積んだらそんなグレイトなヒップラインが出来上がるのか知りたいくらいですよ!」


 どうだ褒めちぎってみたが。


「…………だ」

「え、なんて?」


 聞き返すと、七思は両手でスカートの上から尻を抑えて紅潮した顔で告げた。


「……君はもう、私の尻を見るのは禁止だ!」


 うむぅ。

 不覚にも七思にちょっとときめいてしまった。

 果たしてこれは一体何デレ?



「おっともうこんな時間か」


 そう七思が呟くころには、黒板はチョークで白く埋まり、窓の外は夕焼けに赤く染まり。

 制服を着ていれば出入りは自由の学校ではあるものの、これ以上長居すると締め出されてしまうので、会議はこの辺で毎回終了となる。


「今回も脱出するいい方法は見つからなかったな」


 七思は黒板に自ら書き記した仮説を眺めて嘆息する。


「気長に続けるしかないでしょう」


 僕はそれこそ、特に期待もしていなかったのでさっさと帰り支度を進める。


「このまま話し続けて、いつか脱出の糸口が果たして見つかるのだろうかな」


 夕方には幸運の効果が切れるのか、それとも先ほどの暴言がまだ糸を引いているのか、珍しく七思の弱気な発言に僕は支度の手を止めた。


「僕はいつか抜けられると思いますけどね」

「ほう、何故そう言い切れる?」

「だってまだ諦めていませんから」


 僕は信じている。

 不議七思はいつか必ず、脱出の糸口を見つけると。だからこそ僕は、気楽に過ごせるのだ。永遠と続く一日の中でも、待ち続ける事ができる。


「そうだな」


 七思も思い直したように頷いて。


「それではまた次回の今日に会おう」

「そうですね、じゃまた次の今日に」


 そう言って僕等は別れた。



 この後は特に記述することもない。

 夕景に傾く帰路の途中で、薄汚い犬とすれ違い、帰宅すると親に何をしに出かけたのか少し聞かれ、それをはぐらかしつつ夕食を待つ。

 適当にテレビを見て時間を潰し、漫画を読みながら自室で寛いでいると、あの時間がやってくる。


「きたか」


 午前三時を回った頃。

 唐突に、世界が端から消えていく様に気配がなくなっていく。

この感覚を何と表わしたらいいか悩むが、僕的には世界が折り畳まれていく感じだと認識している。

 七思的に言えば今日の終了を示すのだろう。やがて自分の周囲にまでそれは押し寄せてきて唐突に、自分の体から感覚が消えていく。それはだんだんと自分が白くかき消されるような物で、その事自体に恐怖感も違和感も無い。ただ感覚的に切り替わるタイミングだと認識する程度で、その証拠に全てが白く塗り潰された後。

 目を開ければ、ベッドの上でパジャマ姿の状態で目を覚ました直後の状況に切り替わっているのだ。

 これが一日のリセット。


 そしてまた今日が始まる。



【八月一日の討論会END】


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