表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界で生きる少女  作者: あまね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/23

プロローグ

山村あずかは、ある日突然姿を消した。

最後に目撃されたのは、少女がいつも散歩する林だった。


あずかはまだ十四歳。

真面目で可愛らしく、友達も多かった。

家族仲も良く、学校では成績も良かった。


将来は医者になりたいという夢を持ち、生物の勉強が好きな少女だった。


そんな子が、

何の前触れもなく消えた。

…………

……


だが、この少女は後に、熊に抱きついていた。


少女——

リーマは森から帰ってくるなり、興奮した様子でクレスおじいちゃんのもとへ駆け寄った。


「おじいちゃん!こっちに来て!」

「どうした?」

「この熊ちゃん、すごく大きいよ!今、外で待ってもらっているの!」

「熊?」

クレスおじいちゃんは目を丸くした。

「熊が来たのか!?危ないだろう!」

そこまで言って、ふと首を傾げた。

「……待ってもらっているって何だ?」

「ほら、今外にいるよ!」

リーマはクレスおじいちゃんの手を引っ張り、そのまま村の裏へ向かった。

そして、

「…………」

クレスおじいちゃんは固まった。

そこにいたのは巨大な黒い熊だった。

「こ、これ……ブラックベア……」

顔から血の気が引いていく。

「り、リーマ!早く逃げろ!そいつは危ないぞ!」

しかし当のリーマはきょとんとしていた。

「危ない?」

そう言いながら、ブラックベアに近づいた。

「こんなに可愛いのに?」

そして躊躇なく抱きついた。

「熊ちゃん、可愛い~。どうしてこんなに大きいの~?」

リーマが熊のお腹をなでなでした。

すると、ブラックベアは鼻を鳴らし、まるで甘えるように顔を寄せてきた。

「ふふふ~、くすぐったい~」

熊ちゃんはさらに大きな前足を回し、リーマを抱きしめた。

どう見ても仲良しだった。

「ほらね、おじいちゃん」

リーマは嬉しそうに振り返った。

「すごくおとなしくて可愛いでしょう?」

「…………」


クレスおじいちゃんは言葉を失い、ぼんやりとリーマとブラックベアのじゃれ合いを眺めた。

ブラックベアは森でも特に危険な魔獣だ。大人の男ですら襲われれば命はない。


それなのに。

「……な、なぜブラックベアが……おまえに……?」


もちろん、その問いに答えられる者はいなかった。


…………

……


時を遡り——

ある日突然、この少女は目覚めた。


何度も体を起こそうとしたが、力がまったく入らなかった。

諦めた少女は不安を抱きながら、きょろきょろと周囲を見回した。

ここは家かな?

見たことのない木造の部屋だった。


……だ、誰の家なの?

私はどうしてここで寝ているの?


少女は逃げようと思って再び体を起こそうとした。しかし、やはりまったく力が入らない。

「……ひくっ……」

不安はどんどん大きくなり、ついに涙があふれた。


しばらくすると扉が開き、一人の年老いた男が入ってきた。

少女はさらに泣いた。

……怖いよ。


「起きたか。大丈夫か?起きられるか?」

「……シクシク……」

「よしよし。泣くな。もう大丈夫だ」

年老いた男は微笑みながら少女の頭を何度も撫でた。

「おまえはどうしてあの崖にいたのか、覚えているか?」

「が、崖って?」

「そうだ。わしはおまえを崖の下で見つけて、この小屋まで運んできたんだ」

「わ、わからない……シクッ」

少女は目に涙を浮かべながら、また顔を横に振った。

「そうか。名前は?どこから来たか覚えているか?」

少女は小さく首を横に振った。

「……あ、ず……」

だが、続きが出てこない。

少女は困ったように、もう一度首を振った。

「そうか。まだショックが大きいのかもしれんな。

ここで休んでいれば、そのうち何か思い出すかもしれん。

今はゆっくりしていなさい」


年老いた男は少女の頭を優しく撫でると、小屋を出ていった。

少女はしばらく、その男が出ていった扉をじっと見つめていた。

やがて重くなった瞼が閉じ、再び眠りへと落ちていった。


小屋を出た老人は小さく扉を開け、じっと少女を見つめた。

黒髪。

黒目。

この辺りでは見かけない色だ。

それに、記憶がない。

老人は小さく首を振った。

「……考えすぎか」



少女は再び目を覚ました。

体を起こそうとしてみる。今度は何とか上半身を起こすことができた。

しばらくベッドの上でぼんやり座っていると、扉が開き、さっき会った年老いた男が入ってきた。

「もう起きられたのか。よかった。ほら、水だ。飲んどけ」

少女は言われるがままにコップを受け取り、水を一気に飲み干した。

「何か思い出したか?」

男に聞かれたが、少女は首を横に振った。

「そうか。わしの名はクレスだ。

おまえはとりあえずこの小屋に泊まれ。

立てるか?

少し外を歩いた方がいいかもしれん。

おまえは三日間も眠っていたんだからな」

「み、三日!?三日間もなの、クレスおじいちゃん?」

「そうだ。どうだ?立てるか?」


少女はベッドから足を下ろし、何とか立ち上がった。

しかし足元がおぼつかず、ぐらりと体が揺れる。

慌ててクレスおじいちゃんの腕を掴み、そのまま支えてもらいながら小屋の外へ出た。


ところどころ小さな木造の小屋が何軒か並んでいるのが見えた。

近くに森があって、山が見える。

……どこ?


二人は小屋の周りをゆっくり歩いた。

少女はふらつきながらも懸命に足を動かし、何周か歩いたところで、すっかり疲れてしまった。

再び小屋へ戻ると、クレスおじいちゃんは少女をベッドに座らせた。

「今日はこれぐらいにしよう。お腹は空いたか?何か作ってやるよ」

「お腹……ペコペコ……」

少女がそう答えると、クレスおじいちゃんは小さく笑った。

「分かった。ちょっと待ってな」

そう言って台所へ向かった。


その日以来、少女はクレスおじいちゃんと暮らすことになった。




三日が経っても、少女の記憶は戻らなかった。

自分の名前も、どこから来たのかも、何ひとつ思い出せない。

そんなある日、クレスおじいちゃんが少女に言った。


「名前がないと不便だからな。おまえを『リーマ』と呼ぶことにしよう」

「リーマ?」

少女は小首を傾げた。

「そうだ。わしの娘の名前だったんだがな。四十年前に亡くなった」

クレスおじいちゃんはどこか懐かしむような、少し寂しそうな表情を浮かべた。

「おまえにとっては気味の悪い名前かもしれんが……」

「そ、そんなことないよ!」

少女は慌てて首を振った。

「すごく可愛い名前だよ!この名前をくれてありがとう、おじいちゃん!私は今日からリーマだね!」

そして満面の笑みを浮かべた。

「嬉しいよ!」

その笑顔を見て、クレスおじいちゃんも少しだけ目を細め、少女の頭を撫でた。

孫ができた気分だった。


こうして少女は、『リーマ』という名前を手に入れた。


何日が経っても、リーマの記憶は戻ることはなかった。


こうして、リーマの平和な村暮らしは続いていった。


優しい村人たちに囲まれ、

クレスおじいちゃんに育てられ、

時々泣いて、

時々騒いで、

時々森で問題を起こした。

毎日は穏やかに過ぎていった。


――「村を出たらどうだ?」


クレスが、その言葉を口にした日までは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ