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鋼色の青春  作者: 泉流計
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 誰もが通るこの道。人生という名の曲がりくねった道において、人は、誰もが一回はこの道を、通る。

 避けることは出来ない。飛び越えることもできない。逃げることもできない。荒れ狂う波に立ち向かい、転覆しないように必死にバランスを取り、がむしゃらにオールを使って、前へ前へと、ひたすら進んで行く以外に、為す術がない。

 人生の先輩達は言う。抵抗するのは得策ではない。恭順こそが、生き残るために大事な、絶対不滅の不文律だ、と。

 それに間違いは無い。

 少なくとも、表面上は。

 この世界には、個々の人間に有無を言わせない強大な力、暴力と言って差し支えない力が、確かに、存在する。

 その力の前においては、人間の持つ、正義や、義憤や、情愛といった尊い感情は、あまりにも無力だ。

 取りとめのない様々な雑多極まる考えが、頭の中に、闇夜に灯る街路灯に群がる蛾のように、次々と降ってくる。一体どうしたというのだろうか。

 しかし、こんなことは、珍しいことではない。特に、散りばめられた宝石のように存在している言葉たちを拾い集めて互いに結びつけながら新しい物語を紡いでいっている、ここ最近においては。

 考えていることは、ただ一つだった。

 今書いている、小説を、どう展開させていくか。

 興味深い題材ではあった。

 その題材を見つけた時、脳に電流が流れ、これしかない、そう直感した。新たな出会いを、確かにこの手で得たのだ。感動すらおぼえた。

 物書きにとって、創作とは、闘いだ。決闘ですらある。決して誇張ではない。さらに言うと、生きていくための本能、すなわち食べること、寝ること、息をすることと、書くこととは、その種の人間にとっては、同義なのだ。

 理解してもらおうなどとは思わない。同情してもらおうなどとは思わない。助けてもらおうなどとは思わない。

 生きていくために、呼吸をするために、書く。ただ、それだけ。

 くるりと、さりげなく、周囲を見渡してみた。

 皆、この道、一生に一回通る、この道を、色々な見方を持ちながら通っていくんだ。今日、この日、この時、この場所。一生に、一度。記念となる日。

 僕は、感慨深かった。ただ一人、僕だけが感慨深いというわけではないだろう。この会場にいる、何人かは、僕と同じとまではいかなくとも、似たように、思い思い、感慨に耽っているに違いない。

 ついに。僕は思う。

 ついに僕も、成人だ。

 大人なんだ。

「新成人の皆様には、この良き日を一生の励みとし、刻苦勉励して……」

壇上では、少し頭の禿げ上がった、白髪混じりのおじいさんがマイクを通して、新成人である僕たちに、大きな声で話している。やや横柄なのは、世間は甘くないんだぞ、という上から目線の傲慢からか、それとも、好き放題しやがって、という下から目線の嫉妬からか。見る限りでは判断できない。

 僕の耳には、あまり入って来なかった。今日をもって正式に世間から大人と認められることへの感慨と、今進めている途中である小説の今後についてとが、僕の中で、複雑に絡み合って、今まで感じたことのない不思議な感覚に、朧のような現のような、遥かな大空、そよ風に揺られながら幽体として漂っているような、そんな感覚に陥っていた。

 壇上の演説は続く。新成人達は黙ってそれを聞いている。

 しかし、ぼくには関係がなかった。

 この爽やかな感慨と、小説への決心と、この二つがあれば、良い。

 後は、邪魔だった。今に限って言えば。

 僕は、僕だ。僕であり続ける。昔も今も、そしてこれからも。

 誰にも邪魔させない。

 岩のように固い決意を胸いっぱいに秘めて、僕は、両手を、満身の力を込めて握り締めた。演説が遠くに聞こえる。

「……さむ。修ってば」

背後から、僕を呼ぶ囁くような声が聞こえた。一瞬何が起こったのかわからず、はっとする。

「なんだよ、また瞑想か? しょうがない奴だな」

左耳に、言葉がかかる。その感覚で僕は、ようやく事態を察し、声の主を頭に思い描くことができた。すぐ後ろにいるのは、幼なじみの金森達也だった。

「どうせ、小説のこと考えてたんだろ」

ひそひそと小さな声で、達也は僕に耳打ちした。口だけでちょっと小馬鹿にした感じに笑ったのが僕にはわかったが、僕は流した。

「なんだよ」

首を曲げて達也の方を向き、今話すのはまずいだろという空気を意図的に出しながらそう言った。

「あっち、見てみろ、あっち」

そんな僕の配慮には全く気付かず大仰な身振りで、達也は向こうを指差した。

「さっきから思ってたんだけど、めちゃくちゃかわいくね?」

やれやれまた始まったと呆れながら、僕は指し示す先を見た。

 指の示す先には、後ろ頭があるだけだった。ここからでは、顔が見えない。腰の辺りまで伸びたさらさらの茶髪が綺麗だな、と思ったが、それだけだった。

「顔、見えないじゃないか」

再び首を達也の顔の方に曲げると、僕はそう指摘した。達也は、敵地において敵国の重要な機密を本国の情報員に伝えるスパイのような口ぶりで、こう言う。

「さっき見たんだよ、あの子、めちゃくちゃかわいい。半端ない。絶世の美女。ものすげえ」

かなり興奮している。

「だから何」

僕はそう言った。

「だから何、じゃねえよ。声かけるんだよ」

ああ、やっぱり。

「かければ?」

目だけを動かして、達也いわく絶世の美女の後頭部と達也の顔とを見比べながら、僕はすげない返事をした。「だから」と言って達也は溜め息をついた。それから、少し早口気味に、

「一人じゃ心細いだろ一緒に来てくれよ」

と、まくしたてるように言った。

 これはもう、恒例行事のようなものだった。達也は、昔から女に目がなく、惚れっぽい。時と場所とを問わず、気に入った女がいれば、すぐにちょっかいをかけたがる。素直と言えばそれまでなのだが、何だか見境がついていないような節があって、トラブルになることもあるのに、彼は一向に気にしていない。幼稚園の頃からの付き合いの僕を、しょっちゅう、そのいわゆる「ナンパ」に巻き込むのだ。一人で声をかければいいのに、僕がいるといつも、僕と二人で声をかけようとする。彼が言うには、「俺がいい女を発見する場面に居合わせるお前が悪い」、とのことだが、全く勝手な言い分だ。

「えー」

僕は、露骨に嫌そうな顔になるのを止めようともせずそう言った。女のことを考えたくない。女は僕の思考をかき乱すもとになる。それは小説に、少なからず悪い影響をもたらす。

「いいだろ? な? 本当にかわいいんだってば。修、頼むよ」

言い終わると達也は首を下げ、下から上目遣いで僕の顔をみながら、目で懇願の意思を表示している。へへへ、と、媚びるような笑みすら浮かべている。女のこととなると、プライドもへったくれも無くなるのが、彼の長所であり、短所でもあった。しかし、付き合わされる相手を尊重せず一方的に自分の願望を果たそうとするのは、間違いなく彼の短所だった。幼い時分からの付き合いなんだから、僕が女よりも小説を優先することは知っているはずなのに、そんな僕の気持ちを、彼は汲み取ろうとはしない。彼にとって女は、全てなのだ。

「……わかったよ、仕方ないな」

真っ直ぐに目を見つめてくる達也の視線の邪心の無さにこいつは根っからの女好きなんだという事実を改めて確認して、僕は視線をそらした。

「よっしゃ、そうこなくっちゃ!」

そう言うと、彼は、人目もはばからず小躍りした。

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