縁
「そういえば、どうしているんだろ……?」
すっかり忘れていたが、ルカの家族は今頃どうしているのだろうかと思った。ラゼルの──当時は仮の──婚約者になった旨を、ルカの手紙と併せて王族の書簡で通達し、返信もあったのだが心配していないだろうか。定期的に手紙は送っていたし、そういった手紙のやり取りはしていたものの、もう半年近くは会っていないことに今更ルカは気付いた。父ヨセフも母マリアも子煩悩であるのに、きっと王族相手だから遠慮しているのかもしれない。そんなことを考えながらディナーの席についていると、ラゼルが問う。
「どうしているんだろうとは、どういう意味だ?」
「ああ、ごめん。ぼうっとしてた。単に、両親と会ってないなーって思って」
「…………ッ!」
「!? ラゼル?」
雷に打たれたような顔をするラゼルに、ルカはどうしたものかと仰天する。かと思えばがっくりとラゼルは項垂れた。こんなラゼルを見るのは初めてかもしれない。ラゼルは非常に、申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「すまない……忙しさのあまり忘れていた。両親の元に一時的にでも帰すべきだったな……いや、忙しさは言い訳か……」
「そんな深刻な顔しないでよ! 実際、滅茶苦茶忙しかったんだから仕方ない。けどなぁ、流石にそろそろ顔を見せないと……」
「俺も行く」
「ん?」
「お前の両親に謝罪する必要がある」
「えー……いいよ。無理しないで。忙しいでしょう。行くなら私だけでいいって」
笑いながらルカが言うと、いや、と力強い声が返ってきた。
「駄目だ。俺も行く。俺はお前の婚約者なんだ。当然だろう?」
「確かに正式に婚約者になったしね。それじゃあ、一緒に行こうか。楽しみだなぁ、ラゼルが私の家にいるってすごい新鮮」
「それでは今週末行くか」
「えっ早いね」
「早いほうがいい。それに幸い今週末の業務は少ない。グラムに任せる。明日中には訪問の手紙が届くよう手配しよう」
心の中で仕事を押しつけられるグラムに謝罪する。けれど純粋に、ラゼルが家に来てくれるのは嬉しい。両親に会えるのも久々で心躍るものがあった。王宮育ちのラゼルに、辺境の伯爵家はどう映るのだろう。想像して、小さく笑う。
「ほんと、楽しみ。ラゼルが実家にいるって新鮮」
「……それはよかった」
「あ、というかラゼルのお父さんと……国王陛下ともお会いすべきでは?」
そう言うと、ラゼルは赤ワイン煮込みの肉を切りながら答えた。
「父上の体調が優れなくてな。今より良くなったらお前を紹介しようと思う」
「そっか。早く良くなるといいね。私もラゼルのお父さんと早く会いたいな」
「……そうだな」
そう優しく微笑んだラゼルを見て、本当にラゼルは父のことを大切に思っているのだと感じた。
晴天だった。これ以上ないくらい青い空が広がり、太陽の日差しは心地よく草花を照らしていた。澄んだ小川に架けられた石橋を馬車が越えると、次第に自然豊かな故郷が見えてきた。わくわくが止まらずルカは窓の外に身を乗り出す。緑色の絨毯のような野原には、白い花が咲いてる。季節というものが春と冬しかないアクアフィールは、今春真っ盛りだ。
「ルカ。そんなに身を乗り出していたら危ない」
そう言って引き戻される。ルカは「ごめんごめん」と謝った。
「久々に帰ってきたなーって思ったら、嬉しくなっちゃって。よく散歩したなぁ、とかさ。思い出したら年甲斐もなく浮かれて。でも良い場所でしょ? 春はこんなふうに緑と花々が広がって、冬は一面真っ白に染まるの。見せたいなぁ」
「……確かにいい場所だな」
「でしょう? ありがとう。あ、そろそろかな」
見えてきた懐かしい邸宅にルカは声を弾ませる。家の前で馬車が止まると、待っていたと言わんばかりに父と母がルカたちを出迎えた。そしてルカを見るなり、両親ともにルカを抱きしめる。
「ああ、ルカ。おかえりなさい! 王宮の暮らしはどう? お手紙では随分楽しそうだったけれど」
「殿下ともうまくいっているようでパパは安心したよ…………あっ」
そこで二人はラゼルの存在に気付いたのだろう。父のヨセフが慌てて頭を下げた。
「殿下、申し訳ございません! つい久々に娘に会えて、ご挨拶が遅れて……」
慌てふためく父を前にラゼルが首を横に振る。
「気にする必要はありません。それと、そんなに畏まる必要も。……というより、あまり固い空気だとルカが困るようですし。そうだろう、ルカ?」
「バレてた? そういうわけでパパ、ママ。そんなにラゼルに気を遣わなくていいよ」
気軽な感じでルカがそう言えば、父ヨセフと母マリアは困ったように目を合わせた。気持ちが分からなくもない。なにせ王子が直々に訪問してきたのだ。しっかり礼を尽くさねばと思うのだろう。ルカはそんな両親を前に、大丈夫だよ、と声をかける。
「ラゼルは悪いことしない限り、噛み付いたりしないから」
「……人を動物のように例えるな」
「ごめんごめん。何て例えていいか分からなかったんだ。でも、それくらい優しい人だってこと!」
ね? とラゼルを見れば、ラゼルはやれやれと言うように溜息を吐いた。
そんな二人を見た両親は、ようやく緊張がほぐれたようで、改めてラゼルに挨拶をした。
「殿下。お会いできて光栄です。私はルカの父、ヨセフ・フォン・ランケと申します。こちらにいるのは私の妻マリアです」
「私はラゼル・アクアフィール。こちらこそお会いできて光栄です。貴方たちのご息女と婚約できて嬉しく思います」
その丁寧なラゼルが可笑しくて笑えば、振り返ったラゼルが「何故笑う」と眉間に皺を寄せる。
「いやだって、『俺』じゃなくて『私』とか。私のことを『ご息女』なんて、可笑しくって。もっと気軽でいいんだよ、ラゼル。王宮が私の家だって言ったように、この小さな家もラゼルの家なんだからさ」
「……そうか」
「こら、ルカ! 殿下を困らせるような事を言うんじゃない! それに何だ、その気安い口調は!」
ぷんすか怒る父を前にルカが苦笑していると、ラゼルがそっと前に出た。
「いいんです。私は──いえ、俺は、いつもルカとこんな風に接しいる。だから気にする必要は無い」
「お、出たね。ラゼルの素の姿が」
けらけらと笑うルカに、呆れたように両親は溜息を吐き出した。そんな両親を尻目にルカはラゼルの手を取って玄関へと導く。
「さぁどうぞ上がって! ラゼル!」
そう言って扉を開き、ルカはラゼルを家に上げる。久しぶりの我が家は心地よい空気で満ちていて、懐かしさがぶわりとこみ上げてくる。すると階段からおりてきた侍女のアメリアがルカを見付けて「お嬢様!」と声をかけて近寄ってきた。ルカはそんなアメリアを思いきり抱きしめて言う。
「アメリアも久しぶりー! なんか困ったこととかなかった?」
「いえ、ルカ様がいなく寂しくはありましたが、ルカ様が育ていた藤の花もちゃんと綺麗に咲いておりますよ! ピアノの調律もいない間もちゃんと狂わないようにしておきました!」
「うわぁ! ありがとう~! アメリアは本当に最高の侍女だね」
そう言ってアメリアとの再会を喜んでいると、ラゼルがクエスチョンマークを浮かべて問いかけてくる。
「フジノハナ……?」
「うちの家の裏で育ててるの。後で見に行こう。すごい綺麗なんだから」
「ピアノ」
「うん、ピアノ。それがどうしたの?」
「お前……ピアノが弾けるのか?」
静かな驚愕の表情を浮かべるラゼルに、失礼なとルカは睨み上げる。
「こう見えてピアノの才能、すごいあるんだから」
「ほう……」
興味津々なラゼルに、ルカはニヤリと笑う。親馬鹿な両親もうんうんと頷いて言う。
「殿下、贔屓目無しに娘のピアノの腕は確かですぞ」
「そうですわ。是非一度、お聞きになってください。ただ、この子が弾く曲は聞いたことのない曲ばかりで……」
「聞いたことのない曲?」
ラゼルがそう言うとルカは腕を引っ張って、耳元で内緒話をするように「ほら前世の記憶で」と言う。それだけで十分、ラゼルは理解したのだろう。なるほどと小さく頷く。ルカはよろしいと笑顔を浮かべると、艶やかなグランドピアノへと向かった。黒いグランドピアノの屋根と蓋を開くと、ラゼルに椅子にかけるように言う。
ラゼルが腰掛けるのを見てから、ルカは笑いピアノと向き合う。
そして目を閉じで、人差し指でポーンと一音だけ、確かめるように鳴らした。
目を開くと、全てがクリアになる。
そっと両手を鍵盤の上に置いて、その細く白い指を走らせ始めた。ラヴェルの「水の戯れ」。最初は優しく、まるで小川の流れのように流れていく。けれどそれは次第に加速していき、優美さを伴いながらも、水を想起させる音の粒が連なっていく。頭の中は音の世界で満ちていた。高い音が上昇して、それから下降する。水の流れがまるで見えているかのように。ルカの指は撫でるような早さで鍵盤を叩く。美しい旋律はラストへ向けて光に満ちたような、澄んだ水へと到達し──終わる。
静かにその水の戯れの演奏は終わった。
たった五分の演奏。前世のことを思い出して苦笑しつつ、ふう、と息を吐き出すとルカの意識は現実世界へと戻ってくる。両親にはいつも褒められたが、どうっただろうかとラゼルを見ると、ラゼルは信じられないといったようにルカを見ていた。
何だろうその顔は。ルカと目が合うと、ラゼルは我に返ったのだろう。真剣な声音で尋ねてきた。
「お前、宮廷音楽家志望だったのか……?」
「はい? そんなの目指したの一度もないけど?」
どうにもラゼルの反応が良かったのか悪かったのか分からない。けれど両親は空気を読まずに、我が子をラゼルに自慢する。
「素晴らしかったでしょう? 実はルカ、五歳くらいの時に誰のレッスンも受けていないのにここまで弾けるようになっていたんですよ」
「そうそう、ある日突然ピアノが欲しいだなんて言うから、びっくりしたけど……それよりびっくりしたのは、5歳の女の子じゃ弾けないような曲だったのよねぇ。でも本人は何てことないという顔をして」
その言葉を聞いてラゼルはルカを見る。その赤い瞳には尊敬の色があった。
「お前、上手すぎだろう。今王宮に仕えているピアニストよりも明らかに上手かった。俺もピアノは教育の一環で弾けるよう躾けられたが……お前の音楽は、本当に素晴らしかった。音楽に浸るというのは、こういうことを言うんだろうな」
「あ、ありがとう……そこまで言われると照るな……」
ルカの両親は愛娘がべた褒めされて嬉しいのか、微笑ましそうにルカとラゼルを見ていた。その視線が何だか気恥ずかしくて、ルカは立ち上がるとラゼルを引っ張って「今度は藤の花を見に行こう!」と言った。両親はまたもやそれを微笑ましげに見送っていたが、それを無視してルカは裏口から外へと出た。
外に出ると、清涼な空気がルカとラゼルをすり抜けていった、目の前には、おとぎの国の世界の入り口のような、美しい紫の藤棚があった。
「これは……」
「これが藤の花。それが集まって棚に見えるから、藤棚って言うの。ほら、行こう」
高い位置に木で組んだ場所から、幻想的な藤の花が幕のように垂れていた。その中をルカとラゼルは歩く。ラゼルは初めて藤の花を見たのだろう。その赤い瞳は綺麗な藤の色と相まって、どんな宝石よりも美しかった。藤棚の中にいるラゼルの姿に見とれていると、藤の花を見ていたラゼルがルカへと視線を移す。それからじっとルカを見詰めたあと、急にルカの手を取った。
「ラゼル、どうしたの」
「……此処にいるお前を見たら、その……何処かへ行ってしまうような気がして」
だから手放さないように手を握った、と。ラゼルは言う。
その言葉に、ああ、とルカは思う。
「まさか私がこの藤棚の花に攫われるとでも思ったの?」
「……ああ、そうだな」
僅かに気恥ずかしそうに肯定するラゼルにルカは眉尻を下げて笑った。
「そんなお伽噺じゃあるまいし、私は何処にも行かないよ」
「それでも……此処はあまりにも美しすぎる」
そんな風に言うラゼルの気持ちは分かるような気がした。藤の花。まるで何処かへ連れ去っていくような、幻想的な美。それを育てたいと思ったのはまだ前世の記憶が曖昧だったからだろう。きっと、前世で両親と見たのだ。今見ているような、美しい藤棚を。
「ラゼル」
「何だ」
「すこーし昔話していい?」
昔、という意味が、どういう意味か分かったのだろう。ラゼルは静かに頷いた。ルカは「ありがとう」と言うと、ラゼルと手を繋ぎながら、ゆっくりと藤棚のなかを歩いた。
「私がピアノがあんなに上手かったのはね、前世の瑠華がそうだったからなの」
「……ピアニストを目指していたのか?」
「そう。まぁ、貧しくて諦めたけれど。貧乏なのに一生懸命働いて『お父さん』と『お母さん』は瑠華にピアノを買い与えたんだ。ピアノと言ってもアップライトピアノだったけど。瑠華はね、才能があったの。一度聞いた曲なら完璧に弾けたし作曲もできた。でも、ピアノを維持するってお金がかかるでしょ? 瑠華はピアノを手放さなくちゃならなくなった。それでも瑠華は諦められなくて、学生の内に沢山仕事をして、ようやくピアノを取り戻した。けどね、やっぱり音楽への道を志すにはお金が必要だった。音楽大学に入るお金もなければ、レッスンを受けるお金もなかった。そんな時『お母さん』が倒れて、瑠華は諦めた。自分の夢を手折って『お母さん』の為に今度は沢山働いたの」
そこまで言うとラゼルが心配そうな目でこちらを見ていた。ルカは大丈夫だよと首を振る。
「勿論、これは前世の瑠華であって、私じゃない。でもね、ちょっと思うの。こうして生まれ変わったお陰で、何不自由なくピアノが弾ける。そう考えたら私って、すごく恵まれてるなって実感した。あの人はそういう苦難や哀しみを抱えていた。でも私じゃない。そう思えるようになったのはさ、ラゼルのお陰だよ」
「俺の?」
「うん。前に言っていたじゃない。前世の記憶はアルバムみたいなものだって。あの言葉のお陰で、私とあの人──瑠華は、違う人なんだなって思えるようになった。だからちょっと繋がる部分はあっても、私はルカ・フォン・ランケでしかない。そしてそんな私……『ルカ』を愛してくれたラゼルは、私にとって、何よりも特別な────っん」
突然口づけされてルカが目を瞬かせれば、ラゼルがルカの頬に触れていた。
「……お前は本当に、恥ずかしい事を言うな」
「その恥ずかしい台詞をキスで無かったことにするのはどうかと思うんですけど。大体、恥ずかしくなんてないよ。好きな人に好きって言って何が悪いの?」
「なら好きな相手にキスをして何が悪い?」
「…………」
「…………」
お互いに黙り込む。けれどその手は繋いだままだ。不愉快とか怒っているとか、そういう感情から黙っているのではなかった。ただお互いに、お互いされて恥ずかしいことをしてしまった訳で。何でラゼルはこんなに平気でキスをするんだろう、と思って、はたとルカは気付いて声を上げる。
「もしかしてラゼル、私以外の人ともキスしてる!?」
突然罵られるように問われたラゼルは、赤い瞳をぱちくりさせて答える。
「……何を言ってる……?」
「だってさぁ! おかしいじゃん!? こんなに平気でキスをするんだから、実はそんなの慣れっこなんでしょ?」
「違う」
「嘘だぁ」
「お前が悪い」
「はぁ?」
思わず渋面を作るルカに、ラゼルは心底真面目な顔で答えた。
「お前が愛らしすぎるのがいけない」
「あ、愛らしいって……っ、そんな、ことは」
その言葉に、さっきまで沸騰していた苛立ちが急に下降して、代わりに恥ずかしさが一気に上昇する。ルカは真っ赤になって、ラゼルから離れようとするが、その手はしっかり握られていて。それどころかそのまま引き寄せられ抱きしめられる。
「可愛い」
「ちょ、ラゼル」
「お前が可愛くて仕方ない」
「もう、やめ」
「好きだ。ルカ。好きで好きで──どうにかなりそうなんだ」
「っ、ラゼル、もういい、もう私の負けだから……!」
そう言って顔を上げると、不満げに眉をひそめるラゼルと目が合った。
「何故止める」
「対抗心があったのは分かるけど、でも、今のは」
「本音だ。……何だ。照れているのか」
「照れてない」
「顔が赤い」
「~~~そりゃあ照れるに決まってるじゃん! ラゼルに、そんなことを、言われるなんて……」
してやられた、とルカは思う。普段は無表情で自ら感情を表すことがないラゼルだからこそ、こんなふうに甘い言葉を口にするとは思わなかったのだ。正直言って、恥ずかしいが、嬉しい。だが嬉しいという言葉をなかなか口に出来ない。
それでも、言っておかないと。ルカはおずおずと口を開く。
「…………でも、うれしい」
消え入るような声でルカは俯いて言う。ああ、今自分はどんな顔をしてしまっているのだろう。相当、情けない顔をしているのだろうなと思った。顔を上げたくないと思っていると、ラゼルのほうから一層強く抱きしめてきた。まるで自分と同じように顔を見られたくないとでもいうように。
お互い抱き合ったまま硬直する。先に笑ったのはルカだった。
「ラゼルも今、顔真っ赤なんでしょ」
「……五月蠅い」
「肯定と受け取るね」
「お前だってそうだろう」
「そうだね。似たもの同士だ」
するりと腕を緩め、ルカはラゼルを見上げる。ラゼルの白皙の肌は赤く染まっており、見たこともない、愛おしいものをみるような表情をしていた。鏡で見なくともルカは自分の顔が赤くなっているのは分かっていたが、それよりも先にラゼルへの愛しさが募って、背伸びをすると、ラゼルにキスをした。キスをしたら、またしたくなって、ラゼルの首の後ろに腕を回す。そしてもう一度、今度は頬にキスをする。ふと見あげたラゼルは本当に愛おしそうな表情をしていて──。
「……確かにラゼルの気持ち、分かったかも。キスすると、もっとキスしたくなって──そのうちもっと足りなくなって……」
そこまで言いかけてルカは失言だったかと慌てて閉口した。これでは淫売と思われても仕方が無い。恐る恐るラゼルを見ると──ラゼルは口元を押さえ、赤い瞳と同じくらいに肌を赤く火照らせていた。その赤い瞳が、ルカを睨むように見詰めて言う。
「……お前、狡いぞ……俺が手を出さないと知って……」
「え、いや、その、そんな意味で言ったんじゃないから! 口が滑ったというか、なんか、ごめん……」
お互い恥ずかしさのあまりぎくしゃくしてしまう。藤の花が風で揺れて、花が散っていく。その美しさに、一瞬目を奪われる。それはラゼルも同じだったようで、視線は紫の花弁を追っていた。それにお互いが気付いて、ようやく平静を取り戻したように微笑み合う。
「そろそろ戻ろっか」
「そうだな」
再び手を繋いで、ゆっくりした歩調で藤の花の中を歩く。その中でふとルカは思い出して、ラゼルに言う。
「そういえば藤の花の花言葉って知ってる?……っても今日、花を知ったばかりだから知らないに決まってるか」
「花言葉、か……どういう意味があるんだ?」
ラゼルは手を伸ばす。その指先が紫の花弁に触れて、風と共に揺れる。藤の花のなかにいるラゼルは、この神秘的な空間に相応しいほど、美しい精神を持っている。そんな人に愛されているのだという喜びを噛み締めながらルカは答える。
「ひとつは『君の愛に酔う』ってやつ」
「……成る程な。確かにこれ程までに美しい場所にいると、酔わされそうだ」
「だよね。でも、こっちの方が私たちにはしっくりくると思うんだ」
「もうひとつ?」
首を傾げにラゼルに、ルカは悪戯っぽく笑ったあと内緒話をするように言った。
──『決して離れない』
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