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「第十三章」「日下部杏樹(くさかべあんじゅ)」


日菜乃は少女と近くの小さな公園に場所を移した。



公園と言っても住宅地の間の余った土地に作られたような、遊具が2つくらいしか無い場所だったが、人目を避けたいという点では十分だった。


「自己紹介してなかったわね。私は杏樹(あんじゅ)日下部杏樹(くさかべあんじゅ)。桜女子の2年生。貴方と同じ17よ。」

桜女子というのは、一般に言われる私立桜花女子高等学校の略式名称のようなものだ。


「私は成瀬日菜乃です。」


「叶恋から聞いてるわ。あの子の話だともっと明るい子かと思ったけど。」


(こんな時に明るいわけが無いじゃない。)

叶恋相手ならそう言えたかもしれない。

だが、初対面で、高圧的な態度の杏樹にそんな事は言えなかった。



杏樹は日菜乃を見下ろすように聞いた。

「もう一度、確認の為に伺いますけど、本当に貴方はあのバイクに乗らないんですね。」



「・・・・・・乗れる状況なら乗ってます。」

日菜乃は、自分が安易に判断して乗らないことを決めたのではない。それをせめて伝えたくて、言い返した。

「バイクのことは何も知らないし、免許もありません。それに、バイクなんて運動神経もない私には乗りこなせません。金銭的にも維持できるかわからない。わたしが譲り受けても、結局埃を被って乗らないバイクになってしまうかも知れません。親も間違いなく反対してくるでしょう。」

日菜乃はゆっくりではあるが、なんとか自分の思いを口にした。




「そんな程度の事が、叶恋のバイクに乗らない理由なんですか。」

杏樹が言い放った。



(そんな程度・・・・)



日菜乃は人生で初めて、人を睨みつけた。




十分に悩んだのだ。


何日も何日も。


眠れない夜だってあった。



叶恋に申し訳なくて泣いたこともあった。



「本当にくだらない。」

杏樹は呆れたように言い放った。


「あ、貴方になにが解るっていうんですか。」

日菜乃は叫んでしまった。



それにも全く動じず、杏樹は口を開いた。

「貴方の状況や気持ちなんて知らないわ。でも解ることはありますわ。」

杏樹は一呼吸置いてから話し始めた。


「叶恋のおばあさまは処分するとおっしゃいました。おそらく中古業者に販売するか委託して廃車でしょう。もともと叶恋があれだけ綺麗にしていたバイクです。業者は大喜びで安値で買い叩いて、すぐにでも店頭に並ぶでしょう。でも、それでもすぐに売れるとは限らない。何ヶ月も埃を被って、どんな人間が買うかもわからない。」


杏樹は日菜乃の目を強く見つめて、続けた。


「大切に乗ってくれるかも知れません。ですが、その確率は低いでしょう。大事にしてくれるのは最初だけ。気軽に「俺の愛車」など言われてパーツを交換したりステッカーを貼られたり、そしてそのうち飽きるでしょう。次は大型かな。みたいにね。そしてまた安い値段で売られていく。」


(正論だ・・・)

日菜乃にも杏樹の言うことは理解できた。


ネットで多くの動画を見たが、結局は2~3年もすれば乗り換えれてしまうのだ。

最初にどんなに「このバイク最高」とか言っていたとしても。


「あのバイクはここから送り出された瞬間から、叶恋のバイクでは無くなります。彼女がどれだけあのバイクを大切にしていたか。どれだけ愛していたか。誰も知らないただの何処にでもあるバイクに成り下がるのです。」

杏樹は更に一歩近づいた。


「貴方は本当にそれで良いんですか。あの子があのバイクをどれだけ大切にしていたか。同じような愛情を持ってあのバイクに乗れるのは、それを一番近くで見ていた貴方しか居ないんです。あなたの手元に有り続けるしか、あのバイクが叶恋のバイクで有り続ける方法はないんです。」


(叶恋のバイクで有り続ける・・・・・)

日菜乃はその言葉に心がドキッとした。


「免許がない?取ればいいでしょう。運転が下手?壊すなら貴方の手で壊しなさい。その方が叶恋も本望でしょう。埃を被るかもしれない?バイクは月に一度でも愛してくれる人間が乗ってくれたほうが嬉しいと思います。親が反対する?あのバイクは叶恋そのものなんですよ。貴方は叶恋の為に親とも戦え無いのですか?」





「貴方が乗らないのなら、私が乗りますわ。ただ、悔しいけど貴方が一番、叶恋がやっていたようにあのバイクを大切にできるのです。そうでなければ、貴方にこんな話などしていませんわ。」









(ああ・・・この子もバイク馬鹿なんだ。)







日菜乃は理解した。

タイプも雰囲気もまるで叶恋とはまるで違うけれど、この真剣さは同じだった。


すこし懐かしい感じがする。




「私にこれだけ話させたのですから、考え直してみてください。もし、免許を取る気になったら、私に連絡しなさい。私の家が経営する教習所に入れてあげるわ。費用がないなら利子なしの千年ローンでもいいわ。」


そこまで言い切ると、杏樹はすこし落ち着いたようだ。



「あの子の納骨の日に、きついこと言って悪かったわ。戻りましょう。」


長い髪をなびかせて、杏樹は叶恋の家の方に歩き始めた。





一体、この子と叶恋はどういう知り合いなんだろう。



私の知らない叶恋と、私の知らない叶恋の知り合いがいた事。





そのことに日菜乃は少し戸惑ったが、今はちゃんと叶恋を送り出さねば。と、歩き始めた。




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