姉妹とタルトタタン02
私はまず、家にある材料を確認する。りんごがいくつかあったのを見て、作るスイーツは決まったわ。
「じゃあ、今日はタルトタタンを作りましょうか」
「いいわね!秋が始まる感じがするわ」
タルトタタンは、しゃきしゃきのりんごを甘く煮詰めてタルトにしたスイーツよ。
「おねえちゃん、りんごを8等分くらいにして皮をむいておいてくれる?」
「まかせて!」
りんごの準備と並行して、まずは生地作りから。
バターと小麦粉、水、卵黄を入れて混ぜ合わせる。
混ざったら薄く伸ばして、型をのせて丸く形を抜く。
別に丸くなくてもいいんだけど、タルトタタンといえば大体丸いものなのよね。
生地にフォークで穴をあけて、かまどに入れて焼いていくわ。
「りんごの準備できたわよ~」
「ありがとう、お姉ちゃん」
次にりんごを煮詰めるためのソース作り。
水と砂糖を混ぜたものを小鍋にいれて、火にかける。
薄い茶色に色づいたら、バターを入れて溶かして、さらに切ったりんごを入れていく。
「いい香り。この香りが楽しめるのがお菓子作りのいいところね」
「私はつまみ食いを我慢するのが大変よ?お姉ちゃんはお上品ねえ」
水っぽさがなくなるまで火を通したら、さっきのタルト生地と同じサイズの型に甘くしたりんごをすべて入れて、こちらもかまどにいれる。りんごが柔らかくなるまで、じっくり火を通すの。
「なつかしいわあ。昔に戻ったみたいね」
お姉ちゃんがにこにこと嬉しそうに笑っている。
ふんわりとゆるやかなウェーブを描く髪に、ふっくらとした体型。いかにも優しそうな外見に違わず、お姉ちゃんは女神のように穏やか。
「本当ね」
私も懐かしい思い出がよみがえる。
セヴァンスお兄ちゃんを好きになったのは、きっと私のほうが先だったと思う。
お姉ちゃんは恋愛ごとに疎くて、それまでは浮いた話を聞いたことがなかった。
セヴァンスは町にいる子供たちのなかでは一番落ち着いていて、とても大人びて見えたの。
少しお姉ちゃんと似た印象だったと思う。穏やかで優しくて、いつもにこにこしている。私はすぐにセヴァンスお兄ちゃんに懐いたわ。
『ねえ、今日はセヴァンスお兄ちゃんは来ないの?』
『今日お母さんがクッキーをやいてくれるの!お兄ちゃんもいっしょに食べようよ』
『帰りたくない!お兄ちゃんとはなれたくない!!』
私はいつもセヴァンスお兄ちゃんにべったりで、時にはわがままを言って泣いたこともあった。
それが恋なのだと知ったのは、ずいぶん後になってからだけど。その時にはもう、お兄ちゃんが私ではなく、お姉ちゃんのことばかり見つめていることに気がついていた。
「ロロが遠くで仕事をしているなんて、変な感じ。ずっとこの町で過ごしていくんだと思っていたわ」
「私もよ!人生って何があるかわからないわね」
「急に大人になってしまったようで寂しいわ……」
「もう、お姉ちゃんたら……。私ももう若くないわよ?」
似た性格の二人が仲良くなるのは自然なことだったのかもしれない。
けれど二人の距離が縮まっていくのをすぐそばで見ているのは、本当に辛かったのを覚えている。
ザルバートくんも含めてずっと四人で過ごしてきたのに、セヴァンスお兄ちゃんはお姉ちゃんと二人きりになろうと機会を伺うようになった。
お姉ちゃんだけを誘って出かけるようになったことも、こそこそと身支度をするお姉ちゃんの照れたような顔も、いまだにはっきりと思い出せる。
二人が交際を始めたのは、私が15歳の時だった。報告を聞いた時、私はすべてを諦めたの。お姉ちゃんが相手では、勝てるわけがないもの。
だけど失恋をしてからもう十年も経っている。さすがにもうふさがった傷だわ。
「そうよね、あまり子ども扱いするのも良くないわよね。でもどうしても子供の頃のかわいい思い出のままなのよねえ」
「そんなに頼りないかしら?」
「むしろ私よりしっかりしているわ。だけどねえ……」
「そろそろ焼けたかしら?」
私はかまどからりんごを取り出す。これ以上入れていたら焦げてしまいそう。
しばらく冷まして、りんごを丸形に固める。
固まったら型から外し、作った生地を『上から』かぶせる。
『タタン』というのはある姉妹の名前。宿屋を営んでいたタタン姉妹が、りんごを炒めすぎて焦がしてしまったの。それを隠すために、上から生地をかぶせたことからできたケーキらしいわ。
りんごを隠すように生地をかぶせて、その後にひっくり返す。
そうすると、砂糖でぴかぴかにつやの出たりんごが顔を出す。
「おいしそう~」
「うまくできたわね」
「セヴァンス、早く来ないかしら!」
「紅茶でも淹れて待ちましょう?」
お姉ちゃんはそうね、と言って、茶葉を探してキッチンの引き出しをパタパタ開け閉めしている。
優しくて素敵なお姉ちゃん。子供の頃からモテていて、町の悪ガキにふっくらした体型をからかわれることもあった。
そのからかいを聞いた時のセヴァンスの笑顔を私は忘れないと思う。
『フローリアが悲しむだろう。二度と話しかけないでくれないか』
にっこりと天使のような微笑みで告げられた吹雪の夜のような言葉に、少年は凍り付いた。お姉ちゃんがからかわれることは、その後二度となかった。
セヴァンスはそのころから私の憧れであり、お姉ちゃん専属の英雄なのだ。
すると、ドンドン、とドアをノックする音。少し遅れて、「入っていいかな?」という声がした。
「セヴァンスね!開けていいわよ!」
「お邪魔します。ロロメルテ、久しぶりだね」
入ってきたのは、やはりセヴァンスだった。
白銀の髪に細身の体躯。ぶどうの作業をした後なのでしょう、少し土に汚れた服を着ているわ。質素な身なりでありながら、整った顔立ちはより強調されるよう。いつも通りにこにこと満面の笑みをしているわ。
「久しぶり、お兄ちゃん!」
「もう、泥がついてるわ。着替えてから来たらいいのに」
「ごめんごめん。早くロロメルテに会いたくてね」
「あら、ザルバートは?一緒じゃなかったの?」
「ああ、花を買ってくるって言っていたよ」
「……花?」
「ところで、いい香りがするね。ご相伴にあずかってもいいかな?」
「さすが目ざといわね。ロロメルテの力作よ!私も早く食べたいわ」
お姉ちゃんはタルトの前で手をひらひらさせて、これこれ!と強調させた。
「ザルバートくんの分は残して、切り分けましょうか」
私はタルトタタンを四等分して、お皿に取り分ける。
「ほら、座って!」
お姉ちゃんがセヴァンスお兄ちゃんを座らせて、自分も向かいに座る。
私が席に着くのを確認すると、お姉ちゃんはタルトを見つめて目を輝かせた。
「いただきます」
「うーん!おいしい!りんごがしゃきしゃきで幸せ~」
「おいしい。さすがロロメルテだね」
うん、なかなか悪くない出来ね。
私もタルトを味わっていると、またバタンとドアが開いて、花束が入ってきた。
「ロロメルテ、おかえり……っ!」
「ザルバートくん!」
「これ、プレゼント。久しぶりだね……っ!」
彼は持っていた花束を手渡してくれる。
肩まである長い髪に、細身の長身。前髪は目が隠れるほどにある。とても軍に所属する人間には見えないけど、彼がもう一人の義理の兄、ザルバートくん。
「ありがとう、でもここまでしてくれなくても……」
花束なんて、手厚すぎる歓迎だわ。
「いやっ、その、久しぶりだから......!」
「ザルバートはロロメルテをすごく心配してたんだよ。仕事先の軍人さんは優秀で有名な方なんだって?」
「そうそう!もとはといえば、ザルバートくんのせいなのよ!」
「え……?」
「軍の中で、私の料理がおいしいってたくさん褒めたんだって?その評判のせいで、お呼びがかかったのよ!」
「ええっ……、ご、ごめん……!そんな、ぼくのせいで!!」
「まあ、自慢したくなるのもわかるわ。私だって今、このタルトのおいしさを町中に知らしめたいもの!!」
お姉ちゃんはタルトの乗ったお皿を前に、宝物を見せびらかすような動きをした。
「そう、だよね!?」
「ちょっと、それはさすがに身内贔屓が過ぎるわ。恥ずかしいからやめてね」
「まあまあ、ザルバートも座りなよ」
ザルバートくんが席につくと、小さなテーブルがぎゅうぎゅうになる。
「ディノアマト准将のこと、ぼくはよく知らないけど……大丈夫?怖くない?」
私はディノアマト様が甘い物を食べた時の反応を思い出して、少し笑ってしまう。
「最初は怖かったけど、慣れると面白い方よ。お優しいしね」
「そう?本当に……?」
ザルバートくんはこちらをじっと見つめてくる。
気の弱い性格のわりに、彼はしっかりと目を見て話す癖があるのよね。
「うん。今度ザルバートくんも話してみて!」
「……ディノアマト准将って、結婚してたっけ?」
「? 奥様を亡くされてるって聞いたわ」
どうして今結婚の話題を?
「……ふーん……」
「ねぇねぇ、栄養士ってどんな仕事をするの?」
「えっ!そうね、ディノアマト様が食べ過ぎないように食事の管理をしたり……」
やっぱり家族との時間は、何事にも代えがたい特別なものだわ。
ここでゆっくりと休んで、明日からはぶどう畑を手伝わなくちゃ。
私は欠けたカップを置く。ふうと息を吐き、楽しそうに笑っている家族達を見つめてみる。
私の近況報告が終わった後、お姉ちゃんは隣町の噂話を熱心に教えてくれている。ザルバートはそれをふむふむと興味深そうに聞いている。
この時間があるからこそ、お仕事をがんばれるのよね。
お姉ちゃんの話によると、隣町にとても美味しいケーキ屋さんができたのだとか。
以前なら、そんなに遠くまで行って買わなくても、と思っていたかもね。
今は『美味しかったら新しいレシピの参考になるかも』なんて考えている。お仕事のことが頭をよぎっても、そんなに嫌じゃない。
暇な日があったら、お姉ちゃんと行ってみようかしら。楽しそうに話す姉の姿を眺めながら、私は微笑んだ。




