03
「ねぇねぇロロメルテ、見ていてもいい?私の仕事はもう終わりなの」
リリーが近くに寄ってくる。
「ええ、もちろん!」
「ねぇディノアマト様の再婚の話、誰かから新しい相手を紹介されたりしてるのかなぁ?」
「可能性はあるでしょうね。上官とかから紹介されたら断れないかも」
私はさくらんぼと砂糖を鍋に入れて、煮詰め始めるわ。さくらんぼの味もみておく。すっぱい!砂糖は多めに必要そうね。
「ああ~嫌だ!考えたくない!そうなったらこの仕事もやめたいし、何もかも失っちゃう」
まあそうよね。失恋した後もずっとそばにいるのはつらいでしょう。
私も初恋の相手は姉と結婚したから、よくわかるわ。
「嫌ならアプローチするしかないわね。だけど、どうしてそんなにディノアマト様のことが好きなの?」
「だってかっこいいし、それに私の顔に傷がついたとき、責任をとって拾ってくれたのよ?こんなの好きになるしかないわ」
リリーはとんとん、と右目の眼帯をつつく。
「何?屋敷に来る前から知り合いだったの?」
私はさくらんぼの種を鍋に入れながら聞いた。種を入れることで、ジャムにとろみがでるのよ。これは後から取り除くわ。
「うん、言ってなかった?私、元は軍人だったの。ディノアマト様と部隊は違ったけど」
「初耳よ!」
驚きの情報だわ!知らなかった~。でも、どおりで姿勢や動きがぴしっ!としている訳ね。納得したわ。女性で軍人というのはあまり聞かないけど、かなり体力がないとできないのじゃないかしら。リリーったらやっぱりただ者じゃなかったのね。
「そうだった?目を怪我して退役するとき、話を聞いたディノアマト様が雇ってくれることになったの。もしよければ、って。元からかっこよくて噂されてた人だったから、声をかけられたときは夢かと思った!
屋敷の中は平和だし、片眼が見えなくてもできる仕事を与えてくれるから、本当に感謝しているの」
「ははあ、なるほどね。男気ある対応をされて、さらに惚れてしまったのね」
「あんな人他にいないわ!お側にいれるだけでも奇跡だけど、やっぱり本命の奥さまができたら、見てるのはつらいだろうな」
はあ、とリリーはため息をつく。
美人で元軍人で、人がうらやむものをたくさん持っているようなリリーだけど。何もかもうまくいくわけではないのね。
まあ、この悩みはすぐには解決できないものね。『もし本当に失恋しても、悲しみは時間が解決するわ』なんて、知ったようなアドバイスをするのも無粋でしょう。
ジャムが煮詰まってきた。
余計なことを言うより、どうせなら手伝ってもらっちゃおう。
「リリー、このジャムが焦げないように、混ぜながら様子を見ていてくれる?」
「わかった。こうね?」
リリーは私と交代してジャムを火にかけてくれている。
この間にタルト生地の準備をしましょう。
食糧庫から小麦粉や卵をもってきて、すべてを混ぜていく。これがタルト生地になるの。
できた生地を型に合わせて切り取り、うすく伸ばす。
アーモンドプードルとバター、卵を混ぜてクリームを作り、型に入れたタルト生地の上にのせていく。
そのまま焼いたらあとは待つだけ。
ここで私はふと気がつく。
「しまった。そのままのさくらんぼだとすっぱいかも」
「なーに?」
「あのね、普通は種を取ったさくらんぼをそのままタルトに乗せるの。でも今回もらったさくらんぼはすっぱいでしょう?そのままタルトに使うと、下の生地の甘さと合わないかもしれないわ」
「そう?細かいこと気にするのねえ」
「大事なのよ。コンポートにしようかな。ジャムと一緒に作っておけばよかった」
私はまた新しいさくらんぼを別の鍋に入れて、砂糖を入れて煮詰める。
コンポートというのもジャムみたいなもので、果物と砂糖を煮詰めたもの。ジャムほどくたくたにしなくていいけど、砂糖で甘さがでるくらいを目指す。
ジャムと同じ味にならないように、お酒も少し入れてみる。
タルト生地がそろそろね。私はかまどの様子をみて、焼け具合をチェックする。
うん。よさそう。
生地を取り出して冷ます。温度が下がったら、砂糖を絡めたさくらんぼを乗せていく。
「リリー、さくらんぼを乗せるのも手伝って。すきまがないように詰めて乗せるの」
「もうすぐ完成?ぴかぴかしてきれい!」
タルトの上に乗ったさくらんぼは、ツヤが出てきらきらしている。
「これもきれいだけど、どうせならもっと完璧にきれいなタルトを見てほしかったわ。本当ならさくらんぼがもっと真っ赤で、宝石みたいにきれいなのよ!」
私は真っ赤で丸いさくらんぼが、ホールタルトの上にぎっしりと並んだ様子を思い浮かべる。
つやつやのさくらんぼは、宝石と同じくらい美しくて心がおどる輝き。
今回のさくらんぼは未熟で色が白いから、完璧な美しい仕上がりとはいえないの。
「十分きれいよ。これをディノアマト様が食べると思うと、手が抜けないね」
リリーは丁寧にさくらんぼを乗せてくれている。
「よし、完成。おやつの時間になったらお渡ししましょう。それまで、ジャム作りと瓶詰めをひたすら繰り返すわよ!」
こうして私とリリーは、今日種を取った分のさくらんぼのジャム作りに励んだわ。
◇◇◇
「ディノアマト様、本日のデザートです。今日はチェリータルトにいたしました」
「うむ。ありがとう。……!これは見事な出来だ」
ディノアマト様はまるっとひとつのホールケーキを見て、感嘆の声をあげてくれているわ。
ピースごとに分けてお持ちするより、大きいホールで持って行った方が喜んでくれると思ったの。
色味が真っ赤じゃないのが不満だけど、大きなタルトの上に所せましと乗ったつやつやのさくらんぼは、やっぱりきれいね。
「切り分けましょうか、それともこのまま……」
「このままでいい。いただこう」
ディノアマト様は取り分けのために用意したお皿を放置して、ホールのケーキののったお皿をそのまま自分の前に引き寄せた。
「見よ、この整然とした並びを。出陣前に一糸乱れぬ隊列を組む鎧の兵士のようだ」
ディノアマト様の琥珀色の瞳に、つやっとしたさくらんぼの輝きがうつりこむ。
また、私にはピンとこない例えをしているわ。
丸いさくらんぼがひしめいている様子が、鎧の兵士?……頭の部分、ということかしら。
私は兵士がずらりと並んでいる様子を想像して身震いする。きっと戦の前線でしょう。『皇帝陛下のために!』と大きな掛け声をあげるところまで想像できてしまったわ。
私の想像をよそに、ディノアマト様は兵士に見立てたばかりのホールケーキに躊躇なくフォークを差し込む。むしゃむしゃと頬張っているけれど、今まさに兵士に例えたものを食べることに抵抗はないのですね?
「…………うまい。酸味のあるさくらんぼに、タルトの甘さが合う。良いバランスだ。熟していない果実を使いながら、よくやってくれた」
「お褒めにあずかり光栄です!」
よかった。今日もディノアマト様の『うまい』をいただけたわ。一安心。
そのままディノアマト様が食べ終わるのを待つと、私は作り終わったジャムについても報告する。
「ディノアマト様、届いたサクランボの三分の一ほどはジャムにし終わりました。教会に寄付をするのはいつごろになりますか?」
「ふむ。明日にでも届けさせよう。これからはジャムを使ったデザートが食べられるのだな。楽しみだ」
大きなホールケーキを食べ終わった後だというのに、ディノアマト様はすでに次のスイーツのことを考えている。本当に甘いものが好きなのね……。
そして後日、ジャムを届けた教会からお礼の手紙が届いたの。
教会の孤児たちや日曜の礼拝で分けてくれたみたい。
『パンにぬってたべました。おいしかったです。でもくちのまわりがべたべたです』
『うれしかった。もっとほしい』
『子供たちは皆大喜びでした。温かいご寄付に感謝いたします』
こんな手紙が届いたのを、ディノアマト様が見せてくれた。
屋敷の使用人たちはみんなメロメロよ。
「こんな手紙がもらえるなんて!いくらでもがんばれちゃう!」
「いやー礼儀正しい子供たちっすねー」
「うはは!『くちのまわりがべたべた』だってよ!ガキってのはおもしれーよなあ」
種取りは大変だったけど、たまにはこういう社会貢献も悪くないかもね。
だけど、この時の私は気がつかなかったの。このジャム作りによって、大きな問題がこれから起きることを。




