第13話 代表という名の刃
夜明け前の空は、まだ灰色だった。
ホテルの窓際で、俺はネクタイを締めていた。
鏡に映る自分の顔は、少しだけやつれている。
目の奥に、鈍い痛みが残ったままだ。
——それでも、行かなきゃならない。
「……本当に行くんだね」
背後から、リナの声がした。
振り返ると、彼女はベッドの端に腰掛けている。
眠っていない目だった。
「ああ」
短く答える。
世界は、静かに騒いでいた。
国連本部に届いた一通の声明。
送り主は──ゼロ。
内容は、たった一行だった。
新じゃんけん法の改正を賭け、
国連代表と勝負を行う。
それだけで、十分だった。
各国の代表が顔を見合わせ、
軍事顧問が沈黙し、
法務官たちが、同時に同じ結論へ辿り着く。
——応じるしかない。
拒否すれば、世界はゼロに従ったと見なされる。
応じれば、少なくとも「話し合い」の形は保てる。
平和の名を借りた、脅迫だった。
そのニュースを見たとき、
俺は、静かに拳を握っていた。
止められるのは、俺しかいない。
「……私も行く」
その言葉は、静かだった。
でも、覚悟があった。
俺は、一瞬だけ言葉を失った。
でも……
「……だめだ」
自分でも驚くほど、即答だった。
「これは……俺の問題だ」
「世界と、俺の兄の話だ」
リナは立ち上がらない。
ただ、じっと俺を見た。
「それでも」
一歩、近づいてくる。
「一人で壊れていくのを見るのは、もう嫌」
胸が、軋んだ。
俺は視線を逸らす。
「……今回は、前に立つのが俺じゃないと意味がない」
「代表になる。ゼロを……レオンを俺が止める……」
沈黙。
しばらくして、リナは小さく息を吐いた。
「……分かった」
その声に、責める色はなかった。
「でも」
彼女は、俺の袖を軽く掴む。
「終わったら、必ず帰ってきて」
約束は、しなかった。
ただ、頷いた。
それで十分だと、互いに分かっていた。
国連本部は、要塞みたいだった。
何重ものゲート。
武装した警備。
世界中の代表たちの視線。
俺が足を踏み入れた瞬間、
空気が一段、張りつめるのが分かった。
「止まれ!」
警備兵が前に出る。
「ここは許可なき者の立ち入りは禁止だ!」
俺は歩みを止めなかった。
「不知火ピースだ」
「ゼロとの勝負に、代表として出る」
ざわめき。
即座に、数人のガードマンが取り囲む。
「拘束しろ!」
——来る。
「不知火流……斬瞳」
世界が、遅れる。
視線が交錯した一瞬、
全員の判断が、同時に止まった。
次の瞬間、
警備兵たちは床に転がっていた。
静寂。
俺は、そのまま歩き続ける。
会議場は、円形だった。
各国の代表が、段差状に並んでいる。
中央に立つ俺は、まるで裁かれる側みたいだった。
「きみが、ピースか……」
「……ゼロと関係のある男を、代表にしろと?」
誰かが言う。
「信用できない!」
「危険だ!」
当然だ。
俺自身、それは分かっている。
だが——
「しかし……」
別の声が続いた。
「ゼロと同じ斬瞳を使う男だ。
前哨戦としては、相応しい」
「彼に勝てる者なら……
ゼロにも、勝てる可能性がある」
その瞬間、理解した。
——望まれていない。
彼らは、俺の勝利を望んでいない。
俺を踏み台にするつもりだ。
「……いいだろう」
議長が、ゆっくりと頷く。
「代表決定戦を行う」
「お前の相手は——」
名が告げられる。
レオンが消えたあと、
ランキングの頂点に立った男。
——世界最強。
「勝てば、お前が代表だ」
「負ければ……ここで終わりだ」
俺は、頷いた。
それでいい。
俺は、代表になりたいわけじゃない。
世界を救いたいわけでもない。
ただ——
兄を止める。
それだけだ。
会議場を出ると、
空はすっかり明るくなっていた。
同じ空の下で、
兄は、世界と戦おうとしている。
遠くに、街が見える。
争いも、引き分けも、
全部抱えたまま、生きている世界。
——兄貴。
あんたは、
全部引き受けると言った。
でも、もう一人じゃない。
俺は、代表になる。
そして、止める。
勝つためじゃない。
奪うためでもない。
同じ場所に立つために。
ピース失明まで:斬瞳、残り67回。
——戻らない視界が、静かに削れていく。
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次回:第14話 最強の壁
望まれぬ代表、それでも挑む──相手は世界最強。




