恩賞と飛行ルート
イリア王国歴181年3の月十七17日
本日は、王宮に呼び出されて第一王子のセシリオ殿下から、エミリーと一緒に話を聞いている。まず、先日の王妃様が考えてくれた、いわゆる大人の解決が正式に決定されたそうだ。エミリーの為に、タラゴナで起きた犯罪の立証と、処罰を保障する事が出来る様に計らうそうだ。言われた事がどういう意味なのか、何と無く分かる気がする。
次は、輸送任務の確認と、受けた場合のご褒美に関してらしい。
「さて、カトー準男爵、今日から君は男爵になってもらう。公使が、準男爵では見くびられるからな。エミリー副長、君は中尉のままだが、守備隊から近衛に移動で近衛騎士位に昇進だ。カトー殿の、副官として同行せよ。二人とも明日、発てると報告を受けた。時間がないだろうから、書類はこっちでやっておく」
(この間、近衛の特務中佐になったばかりだ。今度は男爵とは、身分の引き上げて箔付か? エミリーも、近衛騎士位の中尉になるってか。箔がつくのは良いが、責任も増す。もっとも、それが狙いだろうが大盤振る舞いだな)
会議室に移動後、昨日見た大地図の前で移動距離とコースを考える。
「セシリオ殿下、飛行ルートの設定をしたいので、地図を書き写してもいいですか?」
「もちろん構わない。要塞まで、どのくらいかかりそうだね?」
「直線距離で、王都ロンダからケドニア神聖帝国要塞まで約2200百キロでしたか?」
「アァ、そのぐらいはあるな」
「陸路で行くとなると、2500キロを超える事になる」
「確かに、宗都リヨンから首都ベルクールを抜けて、帝国国境辺りまで山がちの地形が続いている」
「その通りだ」
「ここは陸路が険しく難所も多いので、時間が掛かる場所なんですね?」
「ではちょっと無理して、直線コースを採れば300キロは短縮が可能になりますね」
「森林地帯の上空を行くという事だな」
「ハイ、方角を間違えないようにすれば」
「やはり、山岳路を通らず直線コースで行けば時間の節約になるのは間違いありません。短縮出来るという事です」
「エミリー中尉のいうとおりだ。確かに、それならば」
「ですが、山岳地帯での野営になるのは覚悟して行かないと」
「まず、人がいない所だからな」
王都から国境へ、エバント国内をリヨン近くまで街道沿いに進んでから、一気にケドニア要塞か。多少ずれても、エルベ川に出られれば何とかなる。空飛ぶ絨毯で、1日300キロは行きたい。しかし、初めて飛ぶコースだ。冬は日が短いし、飛行時間が十時間以上となると難しいかもしれない。雨が降れば、半分も進めないだろう。冬の時期は雨の日は少ないはずだが、天候の事も考えると10日間で出来るか分からない。強行軍に、なるかも知れない。因みに、エネルギー源の魔石・小の事は秘密。
日本での、雨のキャンプはそれなりに楽しかった。木の葉の間を通り抜けて、雨が降って来る。タープに落ちる、雨音をぼんやり聞いて過ごしていると、森特有の香りともいう匂いが地面から立ち上ってくる。森の中を散歩すれば、雨粒が蜘蛛の糸に捕らえられて光っている。
雨の日の釣りは、釣果が良いらしい。釣り好きの人から聞いた話しでは水が濁ったり、気圧が下がさがったりして小魚が動くので、つられて大きなのも動くと聞いた。さすがに土砂降りの雨は危なくてダメだが、小雨の時には試してみる価値は有りそうだ。
この世界の雨は怖い。冬の雨は冷たくて、濡れれば急速に体温を奪われる。ヒールの魔法は、肺炎にも効くようだが体調を崩して旅をするのは避けたい。傘は有るが、森の中ならずとも両手が使いたい。高機能な、レインウェアも無い。当然、防水透湿性なんてなんなの? である。水を弾けば良いんじゃない。という事で、雨具が有るだけましである。庶民は雨に降られたら、そのまま濡れる者も多い世界である。
日本では、雨の予報が有れば出かけるのを中止して延期できたが、予報なんてのは無く、観望天気であえてお茶を濁す。河川敷で、寝るなんて無茶をするなら、上流の山で雨が降ったのかどうか、2~3日前から雨量を気にしてなければならない。出来れば台風の時と同じ、川の傍に近づくな! である。
防水が出来て、日本なら10円もしない何でも入れられる、ビニール袋もここには無い。今なら高額の毛皮だろうと、熨斗を付けて交換しても否はない。濡れた野営の道具で、湿った薪で火を起こすには魔法でも難義する。発火は魔法でも、燃焼継続は酸素を使う物理の世界だ。魔力が尽きても火が付かない処か、気分が悪くなって倒れそうな人も出るそうだ。
水魔法で、雨を降らすなんてなのは小説でもなければ出来ない。気象を変えるような事が出来たら、それはもう天変地異を起こす極大魔法以上である。まぁ、話しが飛んでしまったが、雨が降るのを考えるだけでしんどいという事だ。
「歩きなら、要塞まで90日近くかかるからな。馬では、半分の40日で着けるかどうかだな。だが、エバントの山道と魔石の安全な輸送を思うとこれは無理だ。かといって、馬車で護衛を付ければ六十日以上は掛かる」
「天気次第ですが、最短で10日、おそらく12~13日ほどかと」
「分かった。急がせるが、確実な所で頼む」
殿下は、地図を見ながら少し考えていた様だ。
「私は、帝国の現状と魔獣対策が知りたい。ぜひとも、欲しい情報だ。だが、偵察は命じたがくれぐれにも慎重にな」
王子の後ろに控えていた、背の高い瘦せた男性が近づいて来て礼をした。
「こちらは、私の副官のシーロ・モンポウ・クエジャル君だ。必要な物や、困った事が有れば彼に言えばいい。何とかしてくれる。帰りに、彼から魔石に書簡と公使の証明書、それに紹介状を忘れずに受け取っていてくれ。あぁ、もちろん経費もな」
会議室から、殿下達が出って行った後、大地図を写しながらコースを紙に書き込んでいく。心配なので、忘れないように持って来たスマホで巨大地図を写す。スマホは、もちろん秘密。後でセバスチャンに頼んで、コピーとちゃんとした紙の地図も起こしてもらおう。方位磁石と地図魔法だけでは、分からないところもあるしね。通過地点に町があれば、位置確認に降りる事も考えないとね。
地図を写し、検討し終わった時に、副官のシーロが袋を持って入って来た。
「もう地図は宜しいですか? では、こちらをお渡しします。王国の外交官証明書と、簡単な外交官心得の冊子です。読んでおいてください。エバント王国、ケドニア神聖帝国、共に男爵として儀礼と待遇が受けられます。公使ですから当然、外交官特権があります」
巻物と冊子を渡されたが、これは外交官パスポートみたいなものだな。
「特使なら本来、馬車を仕立てて最低でも8人で移動です。護衛を入れると、20人にはなりますからね」
続いて革袋を出して、中を検める様に言われ、金額の確認後に書類を出された。後で、検査院に提出しないといけないそうだ。束ねてある書類仕事は、エミリーに任せよう。守備隊の副長だったので、当然、記入の仕方や書式を知っていると思うが?
「それでは、経費と活動費をお渡しします。こちらの活動費は、外交機密費から出ますので何に使っても領収書は必要ありませんよ。でも、ここでの受け取りサインは要ります」
革袋に入った王国金貨を、丁度100枚(2250万エキュ、750万円)。帝国金貨は50枚(1125万リーグ、750万円)、二つの袋で渡された。エミリーと二人分、3カ月分で1500万円。多そうであり、少なそうでもある額だ。帝国貨幣の1リーグは、イリア王国の2エキュになると聞いた。
「経費項目と使途の詳細については、エミリーさんに聞いて書いて下さい」
両方とも、足らなくなったら自腹だそうだ。どんぶり勘定みたいだが、まぁ、当然歯止めはいるだろうしね。
イリア王国でも外交官の役割は、王や統治者の好意を得る事と、政治や軍事での情報を得る事である。趣味・嗜好はもちろん、傍にいる者の好意も得なければならない。王は言うに及ばず、要人には高価な文物を贈り、可能な限り接触し信頼を得て何時でも歓待できるようする。そのためには、従僕・メイド・馬車の馭者にも気前よく接しなければならない。
一例をあげれば、接待に使用する店は料理、接客、トイレなどが吟味され個室が用意されて中での秘密が守られなければ為らない。お金が、かかる訳だ。
だが、お金ばかりでは無く、時に外交は文化面で左右される事もある。本来、文化に優劣は無いはずだが、禁欲的な思想や教養を見せる事で、尊敬や威厳を感じさせるのも手段の一つではある。外交という物は、様々な価値観を持つ人が織りなす結果という事でもある。
「お二人だけの、移動となります。エミリーさんは槍が得意だそうですが、剣も扱えると思いますので護衛も兼ねてもらいます。それとカトー男爵には、帝国内に居る王国の外交官と影との連絡もお願いします。ハト便は、彼ら影しか扱えませんから」
「駐在して居る外交官はともかく、影さん達にはどうやって連絡するんですか?」
「ハハ、そうですね。でも、彼らから連絡してきますよ。マ、この腕輪をはめておいて下さい」
小箱に入れられた、シンプルな形の銀色の腕輪を渡された。
「先ほど、工房から仕上がってきました。裏に、お名前が刻んであります」
腕輪には、魔法がかかっていて身分証明や、トランシーバーの様な機能があるそうだ。ただ、使用可能時間は30分で、専門家による魔力の再充填が必要となる。通信距離も短く、100メートル以下だそうだ。しかし、複数の相手でも慣れれば混信せずに話せるなんて。こんな小さい腕輪なのに、魔法で携帯の電話会議機能も出来るんだ!
※ ※ ※ ※ ※
「飴と鞭と言う言葉は、この世界にもあるんだな」
「今回は、ご褒美の中身を、先に知らせて貰ったようなものだな」
「ウーン」
「カトー、思うに殿下は、そうとう人使いが上手いのだろうな」
「本当だね。エミリーの方は上手く話がつきそうだし、僕も帰ってくれば男爵として領地の買い増しする事になるといわれたよ」
「ホー、領地をか」
「そこで、恩賞として希望地を言ったら、お金は掛かるそうだが、すんなりと通ったんだ」
「まるで予期していたようにね。敵わないと思ったよ」
「それで別荘の東にあるタラゴナの町の境界から、シエテの町一帯の西側を貰い受ける事になった訳か。カトーも中々じゃないか」
「それなりに生きて来たからね」
「王家の狩猟場も、まるまる含まれているじゃないか」
「森番ぐらいしかいないし付近に人も少ないそうだ。王領とは言えあまり惜しくはないはずだ。とは言え殿下は気前は良いという事ではある」
「確か、カミロ子爵が左遷されたと聞いた」
「その通り、タラゴナの町は領主不在のままだが、領地取得にはセシリオ殿下に一筆用意してくれる」
「そうか」
「それを領主代理に命令書を渡せば良いそうだ」
「フーン」
「それで、領地寄りに有る、シエテの町が管理していた近郊の村や小さな町を引き継ぐことになる。今までは荒れ地に近い無人の領地だったが、村や町を治める事で領民と領地を持つ立派な貴族となる」
「だが、カトー。住民は移動して0人だがな」
「なんで? おかしくないか?」
「そう思うのも無理はない。村や小さな町もある。これで人さえいれば領主と言えるな。だが、依然話したように住民と言うのは貴重な税収の元だ」
「そうか、ここは王制だった。人は物と同じか。なら住民をくれる訳無いか。移住してもらう為には、一生懸命に領主として働かなきゃいけない未来が待っている訳かー」
※ ※ ※ ※ ※
ケドニア要塞に魔石を渡す事が出来れば、魔獣の侵攻に猶予が得られるはずだ。イリア王国の援軍が着くまで、何としても守り抜いてもらわないと。エルベ川を越えさす事だけは出来ない。森の中の静かなキャンプ地で、癒されたいだけなのにドンドン事が大きくなっていく。ハンモックで、ユラユラと昼寝できるのは何時になるだろう。




