エバント王国 宗都リヨン
エバント王国。ここは最短時間で通過するだけだ。「やっぱり、CIAの言う通り人的情報は大事だな。教会に、寄付した甲斐があったよ」
「カトー何の事だ?」
「アァ、何でもない。こちら教会の朗読奉仕者、ビニシオさん。エバント王国について教えてもらおうと思って」
セシリオ殿下の情報と合わせて、エバント王国のさわりだけでもと、下調べをしておく。聖秘跡教会の朗読奉仕者、ビニシオ・ロレンソ・イ・アビレスは僕の為の案内兼説明役である。彼はエバント王国にある宗都リヨンに巡礼した事もある敬虔な信者で、エバント王国の実情を知る一人である。タウンハウスに急いで来てもらい、彼からは色んな話が聞けた。
「王都ロンダから、エバント王国国境まで510キロ。ですから歩きますと20日はかかります。巡礼団だと一カ月と言う処ですね」
「フーン、そうなんだ。ビニシオさんも」
「私は巡礼として1回、先達として1回ですが宗都リヨン行ってます」
「2回も」
「エェ。街道は国境からさらに 宗都リヨン、首都ベルクールへと続いています。聞いた話では街道は段々と通りにくくなりますね」
「ケドニアに行くには難所もあるとか」
「そうです。中々行きづらい道だと聞いています。エバント王国の首都はベルクールで、山の多い北部にあります。平地も少ないようで農業はあまり、その代わりと言っては何ですが金融関係が盛んだとか」
「スイスみたいだね」
「スイス? そのような場所は分かりませんが、オルランド・ランドルフォ・デルヴェッキオ国王による、統治が行われています。アァ、こういうのは御存じですよね」
「少しなら」
「ハッハッハ、確かに王国に居れば関係がありませんな」
「イリア王国の6割ほどの国土で、人口は200万人と王国の三分の一であると昔聞いた事が有ります。通貨は、帝国と一緒で1リーグになんです」
「帝国の1リーグはイリア王国の2エキュになると教えてもらいました」
「その通りです。ご存じの様に聖秘跡教会の本山は、南部にある宗都とも言われるリヨンです。慈悲深いバルトロ・フィロメーノ・バルディーニ教皇の下、宗教的中心地であり、この大陸で唯一無二の聖都です。おっと、これは常識でしたね」
「イエ、思いつくまま御話しいただけば良いですよ」
「ハイ。で、巡礼者にとって嬉しい事に聖秘跡教会と巡礼宿では王国のエキュが使えます。それに宿ではたいていの物が揃います」
「じゃ巡礼宿に泊まりながら行けば安全に聖地まで行けると」
「昔はそうだったんですが、ここで統治に付いてお話しておきます。リベラータ・コンチェッタ・デルヴェッキオ王妃がケドニア帝国・帝王の娘である事も一因だとも言われるんですが」
「何かあるんですね」
「エェ、ここだけの話、エバント王国が帝国の意のままに動くようになってからは、教会との二重支配下にあるといわれているんです」
「ホー、なるほどねー」
科学技術はイリア王国より50年以上、帝国経由の技術では100年も進んでいると言われる。象徴たる、鉄道馬車(簡易軌道鉄道)はまだない。宗教文化と関連した、隕石テロ前の古代アレキ文明を維持していたが、魔法使いの能力等は帝国並みで人数も少ない。
産業面では、南部の織布関連が発達している。布で安価な物は、品質を問わないイリア王国を主な市場としている。自国では、中・高級品が主であるが広い販路をもち帝国にも輸出されている。布は基幹産業であり、国際的に取引されている。中央大陸の東国のフルや、インルにまで隊商によって運ばれる織物は、今まではエバント王国の富の源泉であった。
「今までと言ったのには理由が有るですよ」
「どんな?」
「少し前からなんですがケドニア神聖帝国で、自動織機なる物が開発されたんです」
「自動で動くのですか?」
「私も良くは知らないんですが、カラクリ細工で人手が少なくて済むそうなんです」
「それでは、安価に布が生産され始めたんじゃないですか?」
「そうそう、よくご存じですね」
「高価な細工物や染色には及びませんが、日常使用できる布が10年ほど前から大量に出回り始めたんです」
「なるほどね」
「まだまだ、エバントの織物には及ばないものの、安くて大量にあるそうでイリアでも人気ですよ」
「人気なんですか」
「エェ、帝国産の布を仕入れて、それを王国に出しているエバントの商人も増えているそうです」
水力紡績機は、大型化し性能を格段に上げつつあり、生産力の差が生まれている。毛織物は依然として、エバントの物が選ばれているが、帝国南部の綿栽培が拡大されるにつれ、綿製品は帝国が有利となっている。農業改革と共に行われた肥料の生産量の増大と、紡績の産業化政策が背景にあると言われる。
リヨンがある場所は、古代においては遠浅の海岸であったため、人は住んでいなかったようだ。そこに、土魔法による干拓が1500から1000年前に行われ、徐々に陸地となって行く。783年前に、法王となったコッポリーノ1世が、聖職者の墓が建てた。嘗ては海に浮かぶ島だった丘に、ガスパレ聖堂を建てたのが宗都リヨン始まりだ。
その後、近隣の小都市群が法王に穀倉地を寄進し、そこに法王領が拡がるようになった。各地から巡礼が集まり繁栄したが、600年前の隕石テロで宗都も多大な被害を受ける。
混迷の時が過ぎやがてエバント王国が建国される。首都が北のベルクールおかれた為、聖秘跡教会本山の移転が取り沙汰された事もある。聖堂の移転に反対する教皇は、教会令を出して拒否した為に、首都移転紛争が起こった。
しかし紛争中に、疫病であるペストが首都ベルクールで流行してしまい、移転は有耶無耶に成って現在に至る。(市民の人口はなんと11万人から6万人以下に減ったと言われる。)
リヨンについては、隕石テロ後の混乱があり、その後の荒れようは予想以上だった。治安は乱れに乱れて犯罪が日常化され、教会は馬小屋にされたり、盗賊団の寝床にされたりするというありさまだった。
エバント王国が建国した事で、治安は回復しリヨンは安定し、織布関連で富を得た。当時の教皇ニコラウス5世は、丘の聖堂の改築を命令し、教会の強化へ向けて熱心に活動して、リヨンを確固たる宗都へと導いた。彼は、リヨン図書館を充実させリザンドロ礼拝堂も建立した。後の教皇達にも、教会強化政治が引き継がれ、絶対君主に近い教皇の立場を強固にする事になった。
芸術を好む教皇達は各地から芸術家を招聘し、礼拝堂には天井画や彫刻が置かれた。教皇の名と共に、芸術史に残る作品の数々が製作された。華麗な絵画は、今も人々を魅了している。聖堂などの改築には建築資材を得るために、古代アレキ時代以前の遺跡を壊したが、遺跡の保存を訴えた者はいなかったと言われる。
しかし安穏な時ばかりでは無く、120年ほど前には改革派のケドニア神聖帝国のリトリコ五世の略奪にあう。リヨンは一時、壊滅状態になり、教皇はイリア王国へと難を逃れた。この時、リヨンの人口は9万人から6万人へ激減した。
5年後、法王に皇就任したベザンツォーニ三世によって権勢を回復した。ベザンツォーニ三世は、建築面でも保護を与え礼拝堂の「テロの審判」の作成をテチアーニに依頼した事で良く知られている。
100年以上、教皇領は平安に時を刻んだが、ケドニア神聖帝国の拡張政策に伴い、エバント王国は属国化された。属国後は荘園の領有権を巡り争いが起こり、教皇庁と王国政府による二重統治状態の原因になっている。今は前回の紛争時、教皇領の守備を担った傭兵軍が撤退してしまい、教皇領は政治的に不利になっているようだ。
「イヤー本当、ビニシオさんにお話しいただいて実に良かった」
「そうですか、あまり役に立つお話は出来なかったと思いますが」
「イエイエ、実に詳しいお話です」
「そう言われると私も嬉しいですね。なに、巡礼宿では色々な人と会いますし、夜は長いので自然と話に花が咲くのですよ」
以上が教会の朗読奉仕者、ビニシオと突き合わせた情報である。彼から聞いた事が、一番参考になった。細かい数字や正確な人名はともかく、空気を感じるには現地を知る者が必要だ。やっぱ、情報は人である。
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ケドニア神聖帝国に、魔石を届けに向かう事になっている。途中、エバント王国の宗都リヨンに寄りたいが、今回は急ぎなので行きには無理だ。また今度と言う事になる。しかし、帰り道なら2~3日の遅れは良いかもしれない。届けた後には観光しに是非寄ってみたいものだ。ビニシオさんに聞いたら、商業ギルドルにそれらしいのがあるらしい。ギルドのルフィナさんに聞いてみようと出かけてみた。この世界にも観光ガイドブックがあると良いんだが。
「こちらは、商業ギルドの上級会員向けの(宗都リヨンを歩きたい)、という冊子でございます」
「あるんですねー」
エバント王国宗都リヨンは、聖秘跡教会の本山が有る。毎年冬に出る、聖地巡礼団が目指す目的地である。歴史的観光スポットも沢山ある。商業ギルドのルフィナさんも、よくお客さんに聞かれるそうだ。農民が、大手を振って旅行が出来る数少ない機会だ。お金も時間もかかるので、人生に一度は訪れたいと言われる所だそうだ。江戸時代の、お伊勢参りに近い感覚かもしれないな?
「巡礼団の方にも、大変人気があります。今、刊行している(エバント王国を歩きたい)と、より特化した(宗都リヨンを歩きたい)の二種がございます」
観光ガイド本としての感じは(宗都リヨンを歩きたい)が良さそうだが、ついでと思って両方手に入れた。観光ポイントや、人気な食べ物に美味しいレストランなどの紹介は(イリア王宮のあるきかた)と同じだな。
ただ、この冊子には観光のイラスト地図とは言え、路地まで載せた詳しい地図がついている。確かに食事処や喫茶店、お土産店も分かりやすいんだが。地図は戦略上、秘密とされているのに良いのか? 商業ギルド?
(宗都リヨンを歩きたい)
挨拶文があって、何々、全部書くと拙いので以下は抜粋ね。
リヨンのおすすめ観光地
文化・芸術作品の街として名高いリヨン。大陸最大の織物産地であったリヨンは、昔から聖都として知られている。文化と芸術を持ったリヨンの市街は、北から流れる川沿いにある。リヨンの象徴、大教会の建つドナートの丘が美しい街だ。また、北東から流れ込む川の東側には多くの商会があり、丘からは統一感のある街並みと、聖なる都市らしい景色が望める。
1、ドナートの丘
リヨンの町で最初に造られ、元は海の中の島だった丘。丘までは、巡礼の道として有名な急な坂がある。丘にはリヨン市民と、聖秘跡教会の信者の浄財により建てられた教会がある。ここには、聖者たちの墓がある。整えられた街並みの間を流れる二つの川に挟まれ、夜に広がる闇の中で聖堂の明かりが印象的だ。
2、リヨンの旧市街
リヨンは、歴史的建造物が多く残る。旧市街のベラーノ通りには、おいしいリヨン料理やカフェ、雑貨屋や土産屋などの店が立ち並び、おいしい一品や思い出の品に出会える。石畳の道には、狭い抜け道も沢山あり、風情のある街並みだ。雰囲気のある宿屋も多いが、古い建築がほとんどなので、間取りは狭い事に注意しなければならない。
3、ドナート教会の聖堂
ドナートの丘に建つ「聖堂」。中には大理石・美しいモザイク画・ステンドグラス及び聖者の絵姿が描かれている。最上部には金色の神像が備えられ、台座には「勝利を神に」にと刻まれている。丘の為に堂内は二つに分かれており、上部の聖域には金やステンドグラスなどを使いきらびやかに、下部は控えめで落ち着きある造りになっている。
4、 アンティア大司教教会
ドナートの丘の麓に立つ「アンティア大司教大聖堂」は、200年もの時をかけて造られた見ごたえのある大聖堂だ。全ての窓に施された美しいステンドグラス、絵画、彫刻などがある。また、歴代教皇の墓があり、貴族が結婚式を挙げる場所としても有名だ。
5、リヨン美術館
中庭も美しいリヨン美術館。元は、王立大修道院だった建物を改装し美術館とした。噴水で有名な、イキー広場が前にある。古文明の遺跡から、現在の芸術まで大陸有数の作品を誇る。
他にも、リヨン音楽堂・リヨン劇場・宗教歴史博物館が有名である。
リヨンから少し南にある港のオスティア遺跡、過っては良港だったが干拓により埋め立てられてしまった。時々見つけられる隕石テロ以前の、陶器の食器や壺が出て来る。海岸線はリヨンから南に10キロも移動している。
一度と言わず、訪れて観光してみたい町だ。続けてケドニア神聖帝国と、帝都ヴィータについて聞いておくか。




