第9話 あいつは宿にいて俺は説明して
俺たちが部屋に戻ると、シャルが目に涙を浮かべ、エルザに抱き着く。
「エルザ、心配したんだよ」
「心配かけてごめんね、シャル」
「それにしても、シャルは来なかったんだな」
俺がそういうと、シャルはムッとした顔をする。
「来るなって言ったのはカインじゃない!」
「いやあ、エルザが来たから、来るかと思てったんだがな」
「だって、エルザにも来るなって言われたんだもん」
確かに、シャルは危ないから来ないほうがいいな。
そんなことを思っていると、エルザがこちらを向いて口を開く。
「それで、カイン説明してくれる?」
やっぱりそう来るか。
シャルは事態がわかっていないようで、戸惑いの表情を浮かべ俺とエルザを交互に見ている。
「え、何、なにかあったの?」
「カインはあの魔人のことを知ってるみたいだからね、そうなんでしょ?」
もう隠すのも無理そうだな。
「ああ、知っている」
「それなら、教えて。あの魔人が誰で、なんでカインが知ってるのかを」
おそらくはエルザはもう、俺たちの正体に気付いている。それでもなお、態度を変えずにいるのは、確信を得てから始末するためなのか、それとも俺たちのことを信頼してなのかはわからないが、俺は信頼してみようと思う。
俺は、フードに手をかける。もしも、エルザが俺たちのことを、敵とみなしたらと思うと手が震えるが、俺はその恐怖を押し殺し、フードを脱いだ。
俺の顔を見ても、エルザは別段驚いた様子がないが、代わりにシャルがうろたえている。
「やっぱり、魔人だったんだ」
「黙ってて悪かった」
「ううん、気にしないで。もし、初めて会った時に聞いてたら殺してたかもしれないし」
さらっと、怖いこと言うなこのチビッ子は。
「今は殺さないのか?」
「うん、シャルだけじゃなくて私の命の恩人でもあるもの。恩をあだで返すようなことはしないよ」
ひとまずは安心だな、さてじゃあ続けるか。
「あの方が誰かってことだったな?」
「うん、あんなに強力な魔法を易々とつかうなんて、いったい何者なの?」
確かにあの方は、普通なら使えただけで、周りから尊敬と畏怖の念を集めるような魔法を簡単に使っていたが、あの方なら納得だ、だってあの方は……
「魔王だ」
その言葉を聞いて、エルザの表情が疑問の色に染まる。
「魔王だったら、今までだって私たち勇者は倒してきたけど、あんなに強いなんて聞いたこともないよ?」
「今までお前たちが倒してきた魔王は、正確には魔王じゃない」
シャルもエルザも、余計に訳が分からないといった感じの顔をする。
「今まで魔王を名乗ってた奴は、あの方を除いては全員『魔王候補』であって正確には魔王ではない」
魔人たちの各町や村での通貨を統一したのも、法律を作ったのもあの方だ。もっとも活躍したのは俺の生まれる前の話らしくて、最近は全然ちまたに顔を出さないから、ほとんどは各村や町の長たちの会議で決まってるけど。
「そんなの知らないわよ!?」
今度はシャルが口を挟んでくる。
「まあ、少し落ち着いて聞いてくれ。今まで倒してきた存在は魔王候補、俺たち魔人の間じゃ通称『偽王』、それでさっきこの街にいたのが通称『真王』。まず、俺たちが王であると認めているのは、真王様だけだ。真王様は昔、自分の王位を継ぐにふさわしい人材を探すために、あるお触れを出した」
正直な話、魔人たちの中の機密事項をここまでばらしていいものなのだろうか? まあ、いいや。
「人間を滅ぼすか、人間との共存関係を作り出したものに、自分の王位と王の力を与えるってな。魔王になれば不老不死なうえに、強力な魔法を自由に扱う力とドラゴン100匹ですら倒す軍隊が手に入る、当然、強欲な奴は王位を狙うわけだ。でもな、魔王の座を狙ってるやつらは必ず魔王を名乗ることが、条件の一つだったんだよ」
そこでエルザが手を挙げ、俺の言葉をさえぎる。
「不老不死なら魔王の座を受け渡す必要なんて無いんじゃないの?」
「そんなことは知らん、真王様に聞いてくれ」
エルザの言うことはもっともだが、だれも理由など知らないのだろうから答えられやしない。
「とりあえず、続けるぞ。魔王になりたいなんていう野心の塊みたいな奴らが、人間との共存なんて面倒くさい方法をとる訳もなく、ほとんどの偽王は人間を滅ぼそうしたらしい、そのおかげで魔王を名乗れば人間は敵とみなして襲ってくるから、余計に共存なんてできなくなっちまう。ついでに、本物の王でもないやつにつき従うやつもいないから、数が足りなくて人間には勝てない。それの繰り返しが今まで続いて来たんだよ」
最近じゃ、殺されるのが目に見えてるから魔王候補もほとんど出てこなくなったがな。
「でも、それだと魔王を名乗る人間がたくさん出てこない?」
とエルザが疑問を口にする。
「紛らわしいからって殺しあって、一人に絞ってたらしいぞ」
「そうなんだ」
エルザの顔が引きつってるが、まあ、たしかに殺し合いなんて聞いていい気分はしないよな。
「とりあえず、真王様のことについては、あらかた説明し終わったが、何かまだ聞きたいことはあるか?」
一瞬、エルザが考え、何かを思いついたような顔をする。
「真王の城ってどこにあるの?」
なるほど、人間が生き残るためには知っておかないといけない情報だな。
俺は地図を取りだし、広げて見せる。
「ここだな、まあ基本は誰も近づかない、というか近づけない」
「どういうこと?」
「この城の周りにはドラゴンの住む山脈、危険な魔物だらけの樹海や砂漠そのほかにも行くまでに危険なところを通らないといけないから、望んで近づこうとするやつなんていやしない」
シャルが地図を見ていて、何かに気付いたようだ。
「この城って、海側から行けば何も問題ないじゃない」
「ああ、説明し忘れてた、海から行くと船ごと魔物に食われるぞ」
「船ごとって、じゃあ無理じゃない、ていうか、なんでそんな城の話してるのよ!?」
ああ、そうかこいつは知らないのか。
俺は、城で見聞きしたことを、シャルへと伝えると次第にシャルの顔色が悪くなっていく。
「――ということだ」
「何よ、それ!? 城にも行けないのにその上、共存できることを示せですって? そんなの、無理だから死んでくださいって言ってるようなもんじゃない!」
「まあ、確かに無理難題だが、そうしないと本当に滅ぼされるぞ?」
真王様なら、いつでも人間のこと滅ぼせたんだろうな、きっと……
「とりあえず、俺たちは外の様子が落ち着いたら帰るから、頑張れよ」
そう言って俺はベッドに転がると、シャルとエルザが部屋を出ていく。
「カイン、お前どうするんだ?」
「どうするって。帰ってのんびり暮らすよ」
「嘘つくなよ、お前はあいつらのこと見捨てられるような奴じゃないだろ?」
確かに、俺はあいつらのことを見捨てられるような精神をしていない、お人好しといえばそれまでだが悪人よりはよほどましである。
「でも、今回はどうしようもないだろ?」
「さあな、やってみないと何もわかんねぇだろ?」
俺は、そのあと何も言えなかった。
あいつらのことを、このまま見捨てられない気持ちを持っていることは確かだ。
さて、どうしたものか……