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幸せを知らない令嬢は、やたらと甘い神様に溺愛される  作者: ちゃっぷ


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第38話

 結婚の挨拶回りを済ませて、屋敷へと戻ってきた。


「おかえりなさいませ。アルサ様、旦那様」


 いつも通り出迎えてくれるマラク。


 何度繰り返していても……マラクの顔を見ると、帰ってきたなぁという実感が湧いてきてほっとする。


「ただい……きゃっ!」


 気を抜いているところを、突然イラホン様に抱き上げられて思わず声が漏れる。


 ふわっと身体が軽くなってまるで浮かび上がったような感覚、地面がすごく遠く感じる。


 ちょっとの恐怖と恥ずかしさと……嬉しさ。


 慌てふためきながらも口元が少しにやけている気がする。


 それに顔が赤くなっているだろうというのも、もう分かる。


 そんな私を見て、イラホン様も頬は赤らめながら嬉しそうに微笑んでいる。


 抱き上げられることも、この感情も……イラホン様の熱っぽい視線も、何度経験しても慣れない。


「……見慣れた光景ですね」


 そんな私と違って、マラクはもうすっかり慣れきっている様子。


 またかと言わんばかりの虚無な視線でこちらを見ながら、口元には薄っすらと笑みを浮かべている。


「これからもっと見ることになるぞ。なんと言っても、アルサが正式に俺の奥さんになったからな」


 そんなマラクの様子を見ているのか、気にしていないのか……さらに嬉しそうに笑うイラホン様がそう仰った。


 喜んでいただけて私も嬉しい限りなのだけれど……くるくると回られて、少しだけ目が回ってしまった。


「旦那様。アルサ様がお困りなので、回るのはお控えください」


 くらくらしていると、マラクがすかさずイラホン様にお声を掛ける。


 そうするとイラホン様が、ハッとした様子で謝罪をされるので、私は大丈夫ですよと微笑む。


 ここも含めて、いつもの光景かもしれないなと思う。


「……マラク、いつもありがとう。これからもよろしくね」


 さすがに同じ屋敷で暮らしているマラクにはあの結婚式の後、屋敷に戻ってきてすぐに結婚の意思を固めた報告をしたのだけれど……改めて、感謝を伝えたくなった。


 マラクがいつも屋敷をキレイに保ってくれて、私のことを気遣ってくれるおかげで……私は屋敷で何不自由なく、暮らすことができている。


 そしてイラホン様とのやり取りで困ったことがあるときも、マラクはこうして私が言えないことを言ってくれる。


 何とも頼りがいのある女性だ。


 彼女のことも使用人というだけでなく、家族として仲良く大切にしていきたいと思っている。


 そんな想いを込めてのありがとうと、よろしくだった。


 私の突然の言葉に、マラクは驚いた表情をしていたけれど、すぐに嬉しそうに笑って答えてくれた。


「はい。末永くよろしくお願いいたします。アルサ様」


 イラホン様はそんな私たちのやり取りを見て、嬉しそうに笑っている。


 こうして見ると、二人の見た目はよく似ているけれど……表情や言動は全然違うなと、改めて感じる。


 そんな些細な違いに、今後も気づけていけたら良いなと……そう思う。


 そうこうしている内に、マラクは食事の用意をすると言って下がっていった。


 ……けれど、イラホン様が抱き上げた私を下ろしてくださる気配はない。


「あの……そろそろ下ろしてくださいませんか?」


「ん~……もうちょっと。もうちょっと幸せを満喫したい」


 おずおずと尋ねると、イラホン様は駄々っ子のようなセリフを甘い声で漏らす。


 ……この御方は、本当に甘すぎる!


 顔を真赤にしながら、困惑していると……私も実は少しだけ慣れてきていたのだろうか。


 心の中でちょっとしたいたずら心が湧き上がる。


 でも恥ずかしいなと躊躇しながらイラホン様の方をチラリと見てみると、頬を染めながら言葉の通りに幸せを満喫するがごとく、目を閉じて嬉しそうに微笑んでいるイラホン様。


 ドキッとしたけれど、思い切る勇気をもらえた気がした。


 ――私はイラホン様の頬に、唇を寄せる。


 顔を離すと、何が起きたのかまだ理解できていないらしく、ぽかん……としているイラホン様。


 けれど次の瞬間、爆発したように顔を一気に赤くしてえ? え? と困惑している様子が見られて、私は満足だった。


 いつもの仕返しだ。


「……これで、幸せを満喫できましたか?」


 私はいたずらっぽく、けれど穏やかに微笑む。


 イラホン様はまだ驚いているようだったけど、私の顔を見ると穏やかな笑みを返してくれた。


「……あぁ、幸せだ。アルサも幸せ?」


 そして質問も返された。


 それはキスをしたことに対してだろうか、それとも今の状況に対してだろうか……でも、どっちにしても答えは変わらない。


「……はい。幸せです」


 私たちは微笑みあって、また唇を寄せ合った。


 ――もう不幸だった男爵令嬢はいない。


 ここにいるのは神の妻になった幸せな元人間と、やたらと甘い神様だけだ。

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