第7話 水無月探索事務所
「なぁ。美鈴」
「なんですか? 七瀬さん」
「ここが水無月探索事務所であってるんだよな」
「あってますよ?」
「なんで一階が回転寿司になってるんだ?」
「お金をいっぱい稼げるからです!」
「十四歳にしては生々しくて笑えないんだけど」
大通りからは外れた場所だ。
七瀬と美鈴は、『水無月探索事務所』のプレートがあるビルの前にやってきたわけだが、明らかに、一階が回転寿司なのだ。
ちょっと覗いてみると、レーンの上に皿があって、寿司が回っている。
「美味しそうでしょう!」
「なんかすごい寿司が見えた気もするが」
「え、どんな奴ですか?」
「皿の色が紫色だった」
「ああ、それ期間限定メニューの『五段シャリサーモンまみれ』と言うやつですね」
「人間が考えたとは思えないな」
「私が考えました」
「美鈴って人間なのか?」
「失礼です!」
昨日、美鈴を助けた時が初対面のはずなのだが、あまりにも遠慮がない様子の七瀬である。
「とにかく! このビルの二階が探索事務所なんですよ! 早くいきますよ! お父さんが待ってます!」
「えーと、美鈴の父親が、所長と店長を同時にやってるんだったな?」
「そういうことです!」
というわけで……何が『というわけ』なのか自分でもよくわからないが、遺伝子に刻まれて孫まで疲れそうな勢いでため息をつきたいのをこらえつつ、七瀬と美鈴は階段を上がった。
扉には、『水無月探索事務所』と書かれており、間違いなく、回転寿司の上が探索事務所なのだ。
「ただいまです!」
美鈴がドアを開けると……。
「勝手にプリン食べてすんませんでしたああああああああああっ!」
大柄でスーツをきっちり来た男性が、顔は笑っているのに目が笑っていない美人秘書(多分)の前で土下座していた。
「……お父さん。何をしてるんですか?」
「おおっ! 美鈴! 帰ってきたのか。助けてくれ! 千鳥さんが買ってきたプリンがとても美味しくてな。全部食べてしまったんだが、千鳥さんが全部自分用に買ってきてたみたいで、とてもおいしかったんだよ!」
「日本語大丈夫か?」
着地点があまりにも絶望的すぎて思わず暴言が口から洩れた七瀬。
「えーと……君は……」
「あー、虹川七瀬といいます」
「おおっ! あの欠陥設計の試作品を使いこなしていたという……」
「自分たちの事務所で作っていたものに対してあまりにも辛辣すぎませんか?」
「それくらい辛辣な表現ができるくらい、試作品を多く作るのが開発部というものだ。あれにたどり着くのに予算が三千万円くらい吹き飛んだけどな!」
「他のことに使えばよかったのに」
「それはとにかく、この水無月探索事務所に所属してくれるということで良いのかな? 先に電話で、美鈴から所属してくれるという言質を取ったといわれたが」
「うーん。まぁ、十割くらい本気で後悔してますけど、口約束も約束ですからね。これからお世話になりますよ」
「よっしゃ! というわけで千鳥さん。これから私は彼のためにいろいろ動く必要があるんだ。怒っているのはわかっているし説教は後で聞くから許してほしい」
「説教時間、十日経ったら1.5倍。さらに十日経ったら2.25倍になりますからね」
「十日一割で複利!?」
とんでもない計算方法にビビる七瀬。
……とりあえず。
この事務所で、誰を敵に回してはいけないのか、初手で分かったのは、僥倖と言える。
★
「……気を取り直したい」
「……取り直してください」
ソファでスーツを着た大柄な男性と向き合って座る七瀬。
「まず、自己紹介からだな。私は水無月英典。この水無月探索事務所の所長で、一階の『回転寿司みなづき』の店長もやっている」
「……虹川七瀬と言います」
「ああ。よく知っているよ。もう三年も前かな。『レッドウィード』の採取だね。アレが高品質で納品されたから、進んだ研究がいくつもあるんだ」
「そうですか」
当然のこととして。
事務所に所属する人間のことを調べないわけがないのだから、魔力欠乏として、ネットで酷評されていることなど重々承知だろう。
だが、そんな話など、この場ではどうでもいいのだ。
「さて、事務所に所属するにあたって、契約書は必要だ。最初から最後まで読んで、チェックリストに印をつけて、最後にサインを入れてくれ」
「はい」
「千鳥さん。契約書は……」
「こちらになります」
出された契約書は、A4一枚。
「この手の契約書、確かアルデバだと、書類が束になってると聞いたことがありますが」
「多すぎてもめんどくさいからな。困ったらストロングスタイルだ」
「……」
それでいいのか、と思わなくもない。というか百回くらい生まれ変わっても思うだろうが、目の前の男にそれを指摘してもどうにもならないというのは、なんだかもう、受け入れるしかないようである。
「……記入しました」
「うむ、ようこそ、水無月探索事務所へ。歓迎するよ」
「……で、この契約書の書かれてる、『特別装備のテスター』って、なんですか?」
「サインを記入した後に聞くのかい?」
「野暮ですから」
「なら、いいだろう。ちょっと移動しようか。研究所があってね。そこに装備を用意している」
「研究所……ですか」
「ああ。さすがに、回転寿司を営業しているビルの上下で、武器のテストなんてやれないだろう?」
「それは……そうですね」
「というわけで、移動しようか。千鳥さん。車の用意を」
「はい」
美人秘書、千鳥は頷くと、軽く礼をして、そのまま歩いて行った。
「……千鳥さんって、Aランク探索者ですよね。確か『神成権化』の二つ名で通ってる雷属性の魔法使いのはず」
パンツスーツをきっちり着こなした銀髪美女。
それが、神成権化、日暮千鳥だ。
荷物持ちをやっていれば、強い人の情報は入ってくる。
しかも、ルックスが優れた人なら、写真も、雑誌の掲載も多くなる。
「ああ。もともと、回転寿司の常連さんだったんだが、どこかの企業との契約が切れたみたいでね、声を掛けたら契約してくれた」
「……そんな人がいても、見つからない何かがあると」
「そうだ……ただ、開発に関わる人間として言わせてもらうなら、君が付けてる指輪は、非常に気になるがね。それは、研究所の方で見せてもらうとしよう」
「わかりました」
どんな装備なのか。
いずれにせよ、アクアマグナムが装備開発の中で生まれた試作品だというのなら、それ以上の何かがあるはずだ。
一体どんなものが待っているのか。
七瀬としては、非常に、楽しみではある。




