67話 オーク集落訪問
二度目のオークの集落へ向かう日になった。
朝から空は高く晴れ、雲ひとつない。風も穏やかで、南へ向かうにはこれ以上ないくらいの移動日和だった。
今回の同行者はバルガスだ。
数日前からケンは、例の跳躍靴をバルガスに貸し、使い方を練習してもらっていた。最初こそ着地のたびに文句を言っていたバルガスだが、そこは元A級冒険者である。二、三日もすれば高さにも速度にも慣れ、今ではかなり自然に使いこなせるようになっていた。
なお、ダンジョン攻略の件はブイヨン子爵のところで止められている。
もし正式に全部報告すれば、ケンはまず間違いなくS級昇格候補になる。そうなれば公都へ呼ばれ、身元調査やら、他のS級冒険者との手合わせやら、面倒事が一気に増える。三好家にとっては、どれも避けたいことばかりだった。
結果として「子爵預かり」と「厳重注意」という形で今は収まっている。
「じゃあ行って来るね、バルガスさん行きましょう」
「ああ」
「ケン、気を付けてね」
「パパ、いってらっしゃーい!」
村の守衛さんに挨拶をして南に下っていくと程なくして南の森に着く。
更に500メートりほど鬱蒼と茂む森の中に進むとケンがバルガスに話しかけた。
「ここから飛びましょうか?」
「わかった、本当にいくんだな」
「今更怖気づかないで下さいよ。その為に練習期間を設けたんでしょ」
「いや、跳ぶのが怖くは無いんだぞ、練習もしてるから高さにも慣れた。
ただなんだ、オークの森を跳ぶってのがなぁ」
「ちゃんと探索魔法も掛けるし、俺が倒すから心配無用ですよ」
「お前の心配無用ほど心配なんだよ」
「とにかく行きますよ。目印に木の先端部分を切ってあるので目印にしてくださいね」
「よ、よし行こう」
跳び始めると初めは「おっと」「ちょっと待て」と言っていたバルガスも30分もすれば慣れていき順調なペースで進んでいく。
「多分後一時間位で着きますよ」
先頭を行くケンにバルガスが声をかける。
「しかし、この魔道具は凄いな。お前たちが前にいた世界はこんなに便利なものが溢れてるのか?」
「前に商業ギルドでも話しましたけど前の世界には魔力がなかったので、代わりに発達したのが科学ですね」
「科学?何だそれは」
「説明するのは難しいですけど、例えばですがチーズってどうやって作るか知ってますか?」
「チーズってミルクにカビを混ぜて作るんだろ?」
「カビが生き物って事は知ってます?」
「は?カビは汚れだろ」
「いや、それだとミルクに汚れを混ぜて固まるのはおかしくないですか?」
「まあな、説明しろって言われても入れたら固まるとしか言えないな」
「カビは菌って言う目に見えないくらい小さな生き物でミルクを餌にして、その餌の代わりにミルクを固める成分を出してるんですよ」
「じゃあ何だ、俺達はそのカビのう〇こをたべてるのか?」
「ちょっと違いますけど、簡単に言えばそうですよ」
「俺今までう〇こ食べてたんだ.......」
「俺も全部知ってるわけじゃないですけど、チーズの事とかお湯を沸かしてその蒸気を使って馬車を動かしたりとか、「なぜそうなるのか?」を根拠に基づいて明らかにし、誰もが再現できる法則を見つけるのが科学ですね」
「そんなの公都の研究者に言えば喜んで弟子にしてくれって頼まれそうだな」
「勘弁してくださいよ。そもそも俺は専門家じゃないですよ。そんな俺でも40年も生きてればこれくらいは知ってるのが当たり前の世界でしたよ」
「本当に異世界から来たんだな」
「そう言えばチーズで思い出したけど、チーズの事を発酵食品って言いますけどこっちの世界でも言いますか?」
「発酵食品?なんだそりゃ」
「言わないんですね。こっちの世界である物だと、チーズ、ヨーグルト、ワイン、エールとかは全部生きてる菌を使って作ってますよ」
「ちょっと待て、それじゃあワインとエールはその菌って言う生き物のション〇ンって事か?」
「ええまあ一応」
「何かこれから酒が不味くなりそうだ」
「あははは、....ん?探索魔法に引っ掛かりました。これは....鳥ですね」
ケンが反応のあった方角にライフルを構えてスコープで覗く。
「大きい鷹ですね」
「大きい鷹ならロック鳥か?」
「そのロック鳥って食べれますか?」
「ロック鳥は固くて臭い、食えたもんじゃないぞ」
「じゃあ無視しましょうか」
「ちょっと待て、ロック鳥のはく製は貴族の間で高値で取引されるぞギルドに卸せば金貨200枚は出すぞ」
「それって倒せって事ですよね」
「師匠が欲しがってたんだよ。客間に飾りたいって」
「子爵様ですか。幸いこっちに襲ってきそうですから倒しますね。次は跳ばずに降りてくださいね。回収します」
ロック鳥はケン達の更に上空から急降下して来る。
ケンは冷静にロック鳥と重なる前にライフルのストーンバレットで胴体を穿った。
「はく製にするなら胴体でいいですよね」
「本当はそんなに簡単じゃないんだがな.......全く」
バルガスは仕留めた獲物を淡々とマジックバックに回収するケンを見て肩を落とし呟く。
「え?何か言いました?」
「なんでもない」
「え~っと、こっちですね。行きましょう」
二人は再び少し開けた場所に出て跳び立ち、話を続ける。
「さっき言ってた続きですけど発酵食品で醤油と味噌って聞いたことないですか?」
「醤油と味噌?聞いたことないな」
「そうですよね、やっぱり作るしかないか。」
「何だ作れるのか?だったら作ればいいじゃないか」
「作れるか分からないんですよ。前の世界の菌がこっちにいるかもわかりませんし、時間もかかるし」
「食べれるまでに一か月くらいかかるのか?」
「俺が知ってるのは確か1年位掛かると思いますよ。だからどこかにないかと思って」
「作れるかどうかも分からないのに一年か、そりゃあ探したくもなるな」
「ですよね、じゃあミズホの村にも行かないとな」
「なんで国の僻地に行かないといけないんだ?」
「味噌と醤油つくるのに米の殻、籾殻がいるんですよ」
「何だ米の殻なんて食うのか?」
「そうじゃなくて、その米の殻に菌がいるらしいんですよ。それを育ててからじゃないと味噌も醤油も作れないんですよ」
「つまりどうやっても時間は掛かるって訳だな」
「ええ」
そこでバルガスが提案した。
「ギルドに依頼を出してみるか? 味噌と醤油って名前の調味料を探してるって。銀貨五枚も出せば、知ってる奴がいれば報告するだろ」
「……なるほど。他にも異世界から来た人がいてもおかしくないですもんね」
「そういうことだ」
「じゃあ帰ったら依頼書作ります」
「ああ」
そんな話をしているうちに、目的地が見えてきた。
「お、ちょうど見えてきましたね。次で降りましょう」
もう一度跳び、二人はオークの集落の手前へゆっくりと降り立つ。
気楽な顔のケンと、緊張した顔のバルガス。
人族とオーク――おそらくこの世界で初めてになる本格的な交渉が、今まさに始まろうとしていた。




