力こそパワー、あとテクニック**
時間軸:第三部 湖城編中
エウラリカ/カナン/ウォルテール/ユイン
この閉鎖された湖城で、ウォルテールが汗ばんで談話室に入ってきたものだから、カナンは眉をひそめた。
疑いの目を向けられて、ウォルテールがあたふたと片手を上げる。
「いやその、橋があの様子では外にも出られませんし、体
が鈍ってしまうと思って、自室で少々⋯⋯」
丁寧な仕草で額の汗を拭いながら、ウォルテールが答える。鍛錬を終え、水を取りに来たついでに顔を出したらしい。ユインがしみじみと呟く。
「その鍛え上げられた肉体、一朝一夕で作れるものではないということですね」
一体お前は何様だという寸評だが、ウォルテールは頭を掻いて素直に恐縮している様子である。
「僕も多少は鍛えた方が良いんでしょうか」と自身の腕を見下ろしたユインが言う。
「でも、ウォルテール将軍には敵わなくても姉上くらいになら勝てると思うんですよね。どうですか姉上、一戦ほど」
挑発的な口調で、ユインは片腕を前に出して机に肘をついた。お互いに手を握って、どちらが相手の腕を押し伏せることができるか競おうというらしい。
それまで我関せずといった態度を貫いていたエウラリカが顔を上げる。ユインが言わんとしていることを察した瞬間に彼女は目を伏せた。
「興味無いわ」
素っ気ない態度だが、その指先が一瞬だけ震えたのをカナンは見て取った。
(…………。)
「代わりに俺が相手をしよう」と腰を浮かせて、強引にユインの向かいへ腰掛ける。「ええ!?」とユインが嫌な顔になり、「勝ち目が薄くなったな」と文句を言う。
「いや⋯⋯僕だって負けませんよ」
が、考え直したように頷いて、ユインは気合十分にカナンの手を取った。合図に合わせて腕に力を込めると、少し時間をかければ押し切れそうな手応えである。
「――ああっ! 姉上、危ない!」
息を詰めて更に力を加えようとしたその瞬間、ユインが顔を上げて迫真の表情で叫んだ。反射的に立ち上がって振り返る。
直後、手の甲が机に触れた。あまりのことに絶句する。
「やったー! 勝ちましたよ」
ユインは得意満面で、手を叩いて大喜びである。見れば、いきなり水を向けられたエウラリカは先程と変わらない姿勢のまま目をぱちくりさせていた。
⋯⋯してやられた。完全にユインの思うつぼに嵌ったのだと悟って耳が熱くなる。エウラリカはしばらく口元に手を当てて怪訝そうな顔をしていたが、ようやく事態を理解したと見えて「あら」と呟いた。
「お前、まだまだね」
くすりとエウラリカがからかうように目を細める。それがどうにも不本意だったので、そのあとの再戦ではウォルテールを審判につけ、正々堂々きっちりと完封させて頂いた。
(初出:2022/2/2)