清隆の決意 お琴の思い
もやもやした気持ちを誰にもぶつけられないお琴は、気持ちを落ち着ける為に周りを見回した。
もやもやの元凶である清隆の方は一切振り向かずに。
「あ……」
お琴は思わず声を漏らした。
清隆がこっちを見た気配を感じたが、あえて無視をする。
松明の火を消さないように薪をくべている禰宜達の中に寿言を見つけた。
寿言が祭に参加している事が分かって、安堵のため息を無意識に出すお琴。
よく見ると、長助の指示を仰ぐ村人や禰宜達がいる。
祭の前までは長助1人で行っていた事が、今は灯籠揃を皆で行おうとしているのが分かる。
「本当に良かった……」
お琴は心の底からの思いを呟いた。
長助は一通り指示を出し終えたのか、村人や禰宜達と別れると、社の方へとやってきた。
「そろをろ村の者達が順に来ますので、もう少々お待ちください」
長助の気遣いが伝わる声に少し怒りが溶けていく。
長助はすぐに中門の方へ行ってしまった。
お琴は何気なく右忠の方を見ると、右忠とばっちり目が合った。
何か会話をした方が良いのかなと戸惑っていると、
「ぐぅぅぅ」
と口ではなく、お腹が大きくなってしまった。
お琴は慌ててお腹を両手で押さえる。
しかし、右忠がクスクス小さく笑っているので、観念して両手を下ろした。
「お腹空いたわね。私もよ。早くこの膳の料理を食べたいわ。でも一応私達は神の使いだから、あまり行儀の悪い事は……ね」
右忠が小声で言うと、いたずらっぽく笑った。
お琴は右忠の可愛らしい仕草に、また違った意味でほっとした。
「そうですね。時が来るまでの辛抱ですね……」
そう言って右忠との会話を終わらせると、今度は禰宜達の方に目を向けた。
寿言を含め、他の者達も頑張っている。
暗がりでも何度か寿言と目が合うが、すぐに反らされてしまう事に気が付いた。
忙しいからなのか、それともまだ許しを得られる立場でないという後ろめたさからなのかは分からないが。
他にも動いている人達はいるのに、つい寿言を目で追ってしまう。
意識を寿言に向けないように、わざと違う方向を見るお琴。
すると中門の下にいる長助に耳打ちする村人を見つけた。
どうしたのだろうと思っていると、長助が足早に社の方へと向かってきた。
自分の心の中を読んだのではないかと思って焦ってしまう。
「そろそろ藤野組の者達が来るそうです」
ただの伝達事項だった。
自分の心の中を読まれた訳ではなかったとお琴は安心した。
「うちの村は藤野組、布施組、平組、元組……と住んでいる場所をいくつかの組に分けています。組ごとに神社に村人達が灯籠を持って来ますので、全員揃ったら灯籠揃が始まります」
長助は早口気味に言うと、近くにいた禰宜達に何か指示を出して、また中門の方へ行ってしまった。
「では、もう少し待つのかな……」
清隆が独り言のように呟いたその時、
「藤野組ぃ!」
鳥居の方から大きな声が聞こえた。3人はすぐに鳥居の方を見る。
鳥居の下を2列に並んだ灯籠が、社に向かってゆっくり進んでいる。
参道の両脇の松明が藤野組と書かれた灯籠が横を通る度に1組ずつ消えていく。
参道が動く明かりの道になっていった。
社の前の松明の前で、藤野組は一旦止まると左に曲がった。
藤野組はそのまま端に行くと、今度は縦に2列に並んで静かに待つ。
「布施組ぃ!」
真っ暗になった参道が再び灯籠によって明かりの道になる。
光と闇で織り成す参道は何とも言えない美しさで、幻想的な光景にお琴は釘付けになった。
そんなお琴を清隆は微笑みながら見つめている。
お琴が無事で、一緒に灯籠揃を見る事が出来る幸せを噛み締めている。
清隆の視線に気付かぬ振りをしていたお琴だったが、どうしたのだろうと清隆の方を向いた。
清隆はお琴と目が合って一瞬焦ったが、反らすと怪しまれると思い、そのままお琴を見る。
「ど、どうしたのですか?何か……」
耐えきれずに思わず尋ねるお琴。
「あ、あの。先程から視線を感じましたので……。まだ何か言いたい事があるのでしたら、灯籠揃前に言って欲しいです」
お琴は清隆によって生み出されたもやもやをぶつけるように言ってしまった。
おどおどしつつも妙に喧嘩腰な口調のお琴に、清隆は少し苛ついた。
しかし、灯籠揃の直前。互いに険悪な雰囲気を醸し出すのは良くない。
お琴の向こうにいる右忠が、2人の雰囲気を察して、笑顔でこっちを見ながら牽制している。
お琴の険悪な雰囲気を変えなければ。意識を別の方向に向けさせるべきだ。
「何か言いたい事があるのでしょう?」
少しつっけんどんな言い方をするお琴。
険悪な雰囲気を変えるには、お琴を褒めるしかない。
「……可憐な花は夜見ても可愛いらしいと見惚れていたのだ」
つい本音を言ってしまった。
「えっ、あ、えっ?」
お琴は驚き慌てふためく。険悪な雰囲気は一瞬で吹き飛んだ事に清隆は安堵する。
しかし、妙にお琴の顔が赤い気がする。
「あの……」
お琴が照れた様子で清隆に話し掛ける。
「どうした?」
「先程宿で仰っていた「大輪の花より……」の可憐な花と同じ花なのですか?」
照れながら言うお琴の言葉を聞いて、清隆は宿で呟いた言葉を思い出す。
あぁ……!と思った時には、全身の熱がみるみる内に上がってしまった。
「あの……」
「あ。そろそろ灯籠揃が始まるのではないか?」
お琴の言葉をわざと遮って、清隆は前を向く。
険悪な雰囲気よりも大分ましだが、どうしよう……と内心思う清隆。
任務完了の安堵と灯籠揃のおかげで気分が高揚している。
だから本心がつい出やすくなっているのは否めない。
本心からの言葉だから、否定したくない。
本心の言葉をなかった事にして良いのかと考え込む。
気が付くと、参道の明かりの道は消え、社の前は松明と灯籠で煌々としている。
全ての組が揃ったようだ。長助が社の階段の前に立つ。
急に清隆の心の中に、うやむやにしたくないという気持ちが芽生えた。
すると、伝えたい……。お琴に伝えなければ……!と強い思いが湧いてきた。
始まる前に……と、清隆は小声でお琴の名を呼ぶ。
それに気が付いたお琴は、小さく清隆の方を向く。
「先程言っていた可憐な花だが……」
お琴はぴくりと体を動かした。
「宿で言っていた花と同じ花と思って貰って構わない」
清隆はお琴にだけ聞こえる声で伝えた。
お琴は「えっ!?」と驚くが、清隆は耐えきれずに前を向いてしまった。
長助が何か言っているが、清隆の耳にはその言葉は全く届いていない。
お琴の反応が怖くて、それどころでなくなってしまった。
それで気になって、ちらりとお琴を見る。
当のお琴は顔を真っ赤にして、俯いていた。
嬉しいのか嫌悪なのか分からない。
灯籠揃が終わったら、もう1度きちんと改めて言おうと清隆は心に決めた。
一方のお琴は、清隆から言われた言葉が頭の中で何度も繰り返されていた。
落ち着こうにも落ち着けない。
「同じ花と取って貰っても構わない」という事は……。
お琴の中は混乱しつつも、1つの答えが出ている。
清隆をちらりと見ると、清隆は松明や灯籠に負けない位に真っ赤になっていた。
答えに確信を持っても良いのかな……。同じだったら良いなという思いが芽生える。
灯籠揃が終わったら、もう1度問うてみようとお琴は思い直し、しっかり前を向いた。
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございます。
ほぼ2年掛かってしまいましたが、読んで下さる皆様のおかげで、何とか一旦完結させる事ができました。
この物語は日本文化とファンタジーを融合させた物語を書きたいと思って、書き始めた物語です。
神様と呼ばれるものが、今よりももっと身近にいた時代。以前から興味のある分野だったので、楽しく書く事ができました。
また歴史もの×ファンタジーに挑戦したいと思います。
あまり活動報告等しなかった私の作品を見つけて読んで下さり、本当にありがとうございました。
また次回の作品でお会いできる事を祈りつつ。
宮羽洗磨