第三十七章 新都へ
豊雲家や冬院家との話し合いから数日、帝都の復興や民たちへの支援などは隼人たちが中心に行い、織瀬は皇族の葬儀の準備に注力していた。
本来ならば皇帝の葬儀においては年単位の儀式が行われるのだが、この荒廃した帝都においてそれは不可能である。そこで織瀬は龍守とともに、過去に薄葬を望んだ皇帝たちの先例を検討し、それに倣った儀式を執り行うこととなった。
「──巫女でもある織瀬姫様と、華彰殿がこちらに居てくださったのは幸いでしたね」
祭壇と二つの棺の前で祈りを捧げる織瀬を見つめながら、倶知比古が囁く。
「我らは皇家の儀式に関しては疎いですし、それに今の気候を考えると……」
「……だな。あの華彰って医者が処置してなければ、死体なんてすぐに腐って見れたもんじゃねぇ──」
「隼人殿、葬礼の最中ですぞ」
鷹比古にぎろりと睨まれた隼人は、即座に口を閉ざす。
やがて儀式を終えた織瀬が壇上から下りると、龍守が典雅な拝礼とともにそれを迎えた。
「織瀬姫、大変ご立派なお姿でございました。──皇帝陛下と皇太后陛下の玉体に関しましては、この後仮埋葬の手配をさせていただきます」
「ありがとうございます。龍守殿」
儚げに微笑む織瀬の後ろでは、那岐山家の兵たちが既に棺の搬出の準備を進めている。ゆっくりと故人を偲ぶ暇さえ与えられぬのは心苦しかったが、これが現状龍守にできる精一杯だった。
運び出されて行く棺を眼で追いながら、織瀬が口を開く。
「……龍守殿は、この後すぐに桜華へ向かうのですか」
「ええ。帝都の復興に関しては、青弦殿と冬院家が引き受けてくれるとのことなので」
その提案を両家から聞かされた時、龍守は即座に感謝の意を示したが、その隣で鷹比古は一瞬渋い顔をした。おそらく鷹比古は兵力の減少は勿論のこと、龍守が帝都を離れることによって、民心が豊雲家や冬院家に寄ることを危惧したのだろう。
しかし人の良い青弦やその家臣である兄弟たちが、民たちに配給を行うたびに、
『これは那岐山侯爵が手配してくれたのですよ』
『せっかく龍守がくれたんだから、味わって食えよな!』
『感謝ならば我らではなく、那岐山侯爵に』
などと一言加えるものだから、どうやら鷹比古の懸念は杞憂となりそうだった。
さらに献身的に民たちの治療に当たった織瀬とその侍女たちが龍守の庇護下にあることも次第に知れ渡り、図らずも龍守は帝都の民たちの心を掴むことに成功していた。
そして今、簡易的なものとはいえ皇族の葬儀もつつがなく終わったことで、龍守が帝都に留まり続ける必要はなくなった。──唯一気がかりがあるとすれば、眼の前に立つ皇女のことだ。
「つきましては、織瀬姫に関してなのですが──」
「龍守殿、私も桜華へ参ります」
龍守は探るように言葉を紡ぎかけたが、織瀬はきっぱりとそう言った。
一切の迷いがない翡翠色の眼差しを受けた龍守は、ほんの僅か躊躇うように眉根を寄せる。
「……桜華では、確実に葛城乙彦と戦火を交えることとなるでしょう。それでも桜華へ行かれますか」
「龍守殿が許可してくださるのであれば。名目上とはいえ、この連合軍の盟主である私が本隊と離れるのは軍の士気にも関わりますし、それに紅蘭のことも……」
「紅蘭皇女のこと、やはり気になりますか」
「はい。由比殿たちのお話を聞く限りでは……いえ、大したことではないのですが」
織瀬は何かを誤魔化すような、ぎこちない笑みを龍守に向ける。
「──桜華には、幼い頃幾度か足を運んだことがあります。宮城の構造なども把握しておりますので、お役に立てる点もあるかと。それに、私が行ってどうなるものでもありませんが、珀亜の──南陽皇子のことも気がかりなのです。あの子は賢い子ですが、幼いゆえか直情的なところもあるので……」
気遣わしげに視線を落とす織瀬に、龍守はそっと微笑みかける。
「織瀬姫さえよろしければ、ともに参りましょう」
「……よろしいのですか?」
織瀬は軽く眼を見張った後、その花びらのような唇をほころばせた。
「ありがとうございます、龍守殿。……ここに残れと、そう言われたらどうしようかと思っておりました」
「初めはそのつもりでした。ですがこの遷都についてはどうも不可解な点がある。……正直、貴女を俺の目が届かぬところに残して行くのが不安なのです。戦になることが分かっている桜華よりも、こちらのほうが幾分か安全なのは承知しているのですがね」
「龍守殿が居てくださるなら、そこが私にとって一番安全な場所です」
織瀬はふわりと柔らかく微笑んだ。
「……織瀬姫」
朝日を浴びて花開く睡蓮のような笑顔は、龍守に続く言葉を失わせる。
「それに、菊理や明瑠もおりますし……。足手纏いにならぬようにいたしますので、どうかよろしくお願いいたします」
織瀬は龍守の心の揺らぎには、全く気づいていないのだろう。深い意味などないであろう言葉に動揺する自身に苦笑しつつも、龍守は織瀬に向かって恭しくこうべを垂れた。
「織瀬姫の望みは、この那岐山龍守が必ず叶えて差し上げます。ともに桜華へ参りましょう」




