41.躑躅 1
季節が巡るのは早い。
私が八葉宮で暮らすようになって五カ月が経過していた。とはいえ、状況はあまり芳しくない。斎宮の側仕えになる試験まで、あと一カ月。
斎宮の側仕えの試験は、無事に合格できそうではある。側仕えの試験に関しては問題ないだろう。ただ、斎宮になる試験に関しては難しい、と言うしかない。
なにせほぼほぼ西郷新月が斎宮に決定しているというのだ。
それって贔屓では? と正直思わなくもない。
だけど血筋と、能力から他の斎宮候補よりも一歩先を行く存在なのだ。本人の性格は別として。そこは加味されないらしい。
まあ性格の問題があったとしても、西郷新月は斎宮になるに相応しい能力を保持しているというのは私でもわかる。力を効率よく使い、繊細な術の数々を披露して見せてくれるのだ。
とはいえ、やはり性格には難がある。
お願いだから、八葉宮の庭に落とし穴を掘らないでほしい……
「いやあね。雛菊。そんなこと誰も気にしないわよ」
「気にしない、ですか?」
「気にするわけないじゃない。斎宮の性格がものすごーく悪かろうと、結界が張れればそれで良いのだから。むしろ今は結界すら張れなくてもなれるのよ?」
「それは……本来の斎宮とは言えません」
「そうね。だけど私たちに求められているのはそこではなくてよ」
「そうなるように儀来府が変えてしまったのですね」
「そうとも言えるし、象徴のようなものだからじゃなくて?」
落とし穴に落ちた状態でこんな会話を繰り広げる意味はあるのだろうか? そう思わざる得ないが、彼女はそこも気にしない。楽しければ良いのだ。
ご丁寧に術を施して、普通の地面とわからないようにしているのだからタチが悪い。いや、逆に考えれば私がこの術を見破れるようになれば……?
上からこちらを見下ろすように覗き込んでいる。痛くはないけど、それでも落ちた衝撃はあった。私はもぞもぞと動き、穴の上にいる西郷新月を見る。
どう考えても手は届かない。そして穴の上に居る彼女は、私を引っ張って持ち上げるだけの腕力はないだろう。当然ながら。
「……新月姫。どなたか呼んできていただけますか?」
「あら、そういえばそうね。私じゃ引っ張るのは不可能だもの」
「そう思うならこんな深い穴を掘らないでください。というか、誰に掘らせたんです?」
「それはね、葛城様よ」
にんまりと笑いながら、西郷新月はことの経緯を話して聞かせてきた。私が蔵人所で働いている間は暇だから、ふらふらと八葉宮の外を出歩いていたらしい。そこでうっかり葛城様は見つかってしまったのだろう。いや、もしかしたら彼女はわかっていて出たのかもしれない。それぐらいやりそうだ。
「それにしても……雛菊、貴女本当に探索が苦手ねぇ」
「うっ……そもそも、庭に穴があいてるだなんて思って歩きませんよ……」
「術の気配なんて常日頃、探るように癖をつけておかないと妖の気配も気がつかなくてよ?」
「それは……そうですけど……」
「そりゃあ、その姿で毎日蔵人所で働いているのは大変だと思うけど……理由があってその姿で働いているのでしょう? 探索もできないで役に立てるの?」
もっともな意見に口ごもってしまう。たしかに私は何かあったときのために、蔵人所で働いている。しかし、私の場合は先がちょっと見えるぐらいの能力だ。もちろん叶月の君のおかげで、大雑把に使っていた術に関してもだいぶマシになったけれど。
斎宮の一番の候補、そう言われるだけはあるのだ。彼女は私の一歩所か十歩も二十歩も先を行っている。
***
「あのね、雛菊。君はちゃんと怒って良いからね? 新月がやってることは、危険なことなんだから」
「それはそうかもしれませんが、探索できない私にも問題はあるんです」
項垂れながらそういうと、蘇芳様はそこは要鍛錬だね。と言われた。しかしあと一カ月で探索が上手くできるようになるとは思えない。しかも斎宮の側仕えの試験を受けた半年後に斎宮の試験がある。側仕えの仕事をしながら、斎宮の試験勉強をしなければいけない。
そこでふとあることに気がついた。
「……蘇芳様。今気がついたんですが、私が側仕えの試験に受かったら蔵人所はどうすれば?」
「蔵人所か……蔵人所ね……うん。平行してやることになるかな?」
「は?」
「いや、その……他に人居なくてね? それに、側仕えの仕事は週に一回だけ講習があるだけなんだよ」
「週に一回!? それだけなんですか??」
「叶月の君に聞いてなかった?」
「その話は、聞いていないですね……」
私がそう言うと、蘇芳様は斎宮の側仕えに受かった後の話を教えてくれる。たぶん叶月の君も受かってもいないのに話すのは、と遠慮したのだろうとも。
斎宮の側仕え―――― その仕事は斎宮を支える仕事だ。
斎宮が結界を張るとき補助的な立場として、新たな結界を張る場に立ちあう。帝と斎宮の張る結界はどちらかに偏りがあってはいけない。均等になるように斎宮の補助をすることになる。なぜなら、帝には龍の血が流れているから。
「帝の力が強くなることはあっても、弱くなることはないらしい。そもそも帝になるには条件があるからね。僕は実際に結界を張る立場ではないから、その辺はそこまで詳しくないのだけど……」
「逆を言えば、側仕えがいないと斎宮は結界を張ることができないということですか?」
「そうなるね。青羽の君より前は一人でやっていたけれど、今は水晶府ではなくて儀来府が儀式を仕切っているからね」
「もしかして……儀来府は力の弱い斎宮を採用しているのでしょうか?」
「どうかな……単純に結界を上手く張れていない、という可能性もあるよ。青羽の君まで受け継がれていた手順は、今の子たちは知らないだろうし」
「そうですね。叶月の君も、帝様に呼ばれるまで他の方に聞かれたことはないそうです」
基本的には前任の斎宮が、次代の斎宮に引き継ぐものだ。母は引き継ぐこともできず、斎宮を追放された。そのあとの斎宮たちは、母の張った結界に手を加えることで何かあったら……と、形式的に儀式をしていたに過ぎない。
そうなると最近の斎宮たちは本来の儀式を知らないことになる。だからこそ側仕え、という役職ができたのだろう。斎宮という形骸化した、名誉職に憧れる姫はそこそこいるらしい。斎宮になれたら数年、婚期が遅れる。だけど斎宮であった、ということで家格の高い家に嫁ぐことができるそうだ。
「姫君の箔付けのための職業、って変なことしちゃったよねぇ。儀来府は」
「それでも新月姫の力は本物です。彼女が一番の候補になったのも頷けます」
「ああ、違うよ。あの子が一番の候補になったのは、花姫の姉妹だから」
「どういう意味です?」
「双子の片割れが方や花姫、方や嫁ぎ先が決まらない。じゃ格好付かないでしょう?」
「西郷宗家の姫君ですよね??」
「そうだよ。でもちょうど良い相手が居ないんだ。本人もあの性格だしね。まあ性格がアレでも選ばれたのは、能力的な問題じゃないよ。家柄だね」
蘇芳様はため息を吐きながら、西郷新月をアレと称した。彼女が八葉宮に住むようになってから、一番被害を被っているのは蘇芳様かもしれないからまあ少しは苦労もわかる。私との仲がどうなのかと、根掘り葉掘り聞かれるし。
ついでに葛城様とも噂になったことがあるせいか、葛城様も彼女にまとわりつかれている。噂が好きなのか、それともそういう話が好きなのか……どのみち変わっていることはたしかだ。一般的なお姫様とはだいぶ違う。人のことは言えないけど。
「家柄で選ばれるなら……もしや、私は南雲の名前を使ったら斎宮になれた……?」
「いや、君の場合は難しいかもね」
「どうしてですか?」
「君が青羽の君の娘だから。儀来府が何を隠しているかわからないけど、桃花鳥殿の尼寺に盗人が入ったのと関係がないとは思えない」
「それは……」
また母なのか。母は一体なにに気がついたのだろう? 五ヶ月前、揚羽が戻ってこなくて心配していたのだけど……あのときは、尼寺に盗人が入ったせいで戻りが遅くなっていた。
たまたま桃花鳥叔母様が出かけていたからよかったけど。揚羽が戻ったときは、尼寺の中が荒らしでもあったかのように荷物がひっくり返されたあとだったと聞いている。
盗人は、今も捕まっていない。




