39.金盞花 4
仕事が終わり、いつものように八葉宮に向かう。
叶月の君に迎えられ、私は殿上童の姿から一応姫に見える姿に戻った。
なんだか気疲れのする一日だったな。
「お疲れですわね」
「えっと……ちょっと珍しい方が訪れまして……」
「珍しい方、ですか?」
「はい……」
そういえば蘇芳様と話そうと思っていたが、話せなかったな……ぼんやりと考えていると御簾の外から声がかかる。返事をすれば、御簾を少し持ち上げて帝様が顔をのぞかせた。
叶月の君のいう珍しい方、には該当しない。私が軽く首を傾げると、帝様の袖の脇から先ほど別れたばかりの西郷新月が顔を現した。
突然のことに、ヒュッと息をのむ。なぜここに!? しかも先ほどまで紫として会っていた相手。今の私を見れば、どう考えても雛菊と紫が結びつくだろう。兄妹の設定にしていても、顔が似過ぎている。
西郷新月は私の側まで寄ってくると、私の手をギュッと握った。
「うふふふふ。そんなに驚かなくてもよくてよ?」
「え、あの……ど、どうして……」
「そりゃあ、あの蘇芳お兄様の結婚する相手……ともなれば気になるでしょう? しかも私と同じ斎宮を目指しているのだもの」
「じゃあ、あそこで待っていたのは……」
「もちろんわざとよ。お兄様に会うという目的もあったけれど、あなたがどの程度の人間か見る目的もあったの」
でもまさかねぇ、と西郷新月は私に意味ありげな視線を寄越す。私が南雲燕であることがバレてしまったのだろうか? バレるとそれはそれで困る。旭が私を探していることは、西郷家含む四家にとっては周知の事実。自らの娘を花姫にしたい、そう願っているのであれば私という存在は邪魔でしかないからだ。
しかし私は旭の花姫になることを望んではいない。逆に考えれば、西郷の家を見方につけられるのではなかろうか? そんな考えが思い浮かぶ。
「そ、その……」
「それで! お兄様とはどこまでいったの!? 姫の成りをしているけれど、男の子で良いのでしょう??」
「えっ……?」
「え?」
西郷新月の言葉に私はポカンとする。そんな私を見て、彼女もポカンとした表情を浮かべた。つまり、あれかな? 男の姿で妻にはなれないから、女の子の格好をして妻になろうとしていると思われている……??
チラリと帝様を見れば、帝様は目元を手で覆っていた。その仕草が、如実に語っている。
だいたい蘇芳様のせいだと。
蓋を開ければ、西郷新月は雛菊と紫が同一人物であり男の紫を妻に娶るのは難しい。しかし姫と偽って娶ることは可能なのでは? と企んだ蘇芳様とそれに帝様が協力したのでは? と踏んで、真相を確かめに尋ねてきたのだとか。
「……違いますね」
「あら、じゃあ本当に女の子なの?」
「そうですね……」
「あんなに殿上童姿が似合っているのに、女の子なの……そう。まあでも、女の子に殿上童させてるのだから、蘇芳兄様もそうとうね」
なにがそうとうなのだろう? と思わなくもないが、帝様も軽く頭を振って諦めよ、と項垂れている。どうやらちょっと変わった趣味趣向が好きらしい。
蘇芳様の縁者なのだなぁと思わなくもないが。
「色々と、その……事情がありまして」
「そう。つまり……貴女は南雲燕なのかしら?」
「え?」
「あら、違う?」
「そ、の……どうしてそう思うのです?」
「蘇芳兄様は意外とね、そういう勘が働く人なの。昔から。だから東宮様が探し出す前に、探し出していそうだなって思ったのよ。あら、でもそうなると蘇芳兄様の妻にはなれないわね?」
思ったことをそのまま口に出しているだけ、ともとれる。しかし彼女の斎宮としての才は、私よりも上だ。術者として、その能力を疑うところはない。
そんなことを考えていると、西郷新月はジッと私の目を見つめてきた。反らすことは許されない。そんな見かたに、ゾワリと背筋が粟立つ。
「ああ、貴女……縁があるのね。東宮様と縁がある。ずっと昔からの、縁。それが絡み合っているわ」
「縁……?」
「そう。縁よ。ずっと、ずっと昔からの、縁。とてつもなく歪な縁だわ。それに蘇芳兄様ともう一人、いるわね」
「蘇芳様も……?」
「ええ。貴女は選ぶ。因縁を断ち切るのか、それともまた繰り返すのか……」
西郷新月の目は、ここではないどこかを見ている。
私の中の、縁を紐解くように。
「――――気をつけなさい」
それだけいうと、西郷新月の体がふらりと傾いだ。慌てて抱きとめる。彼女の顔をのぞき込めば、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
私は帝様に視線を向ける。
「……西郷の家には、時折、託宣を告げる者が現れる」
「託宣?」
「神の声を届ける者、とでも言えばいいかな。新月はその才がある」
「だから斎宮の候補なんですね」
「ああ。今代の斎宮の中で一番の候補だ。双子の片割れが花姫になったのもあるが、何事もなければ斎宮として新月が立つだろう」
「……つまり私は、新月様に勝たねばならないのですね」
「こういうのは勝ち負けではないさ。どちらがなっても、正直なところ僕はお前さんがなっても新月がなってもどちらでも構わない。この国を護るための結界だ。それを上手く張れるなら、どちらでもいい」
帝様の言葉に、ショックを受けている自分がいた。為政者としての帝様の発言は正しい。母の勤めていた斎宮になりたい、というのは私の希望だ。
しかし現実問題として、湟国の結界が弱まっている。この結界の張り直しは急務。ならばきちんと結界を張れる者が斎宮になるべきである。それは私である必要は、ない。
「もちろんお前さんのことを蔑ろにしているわけではない。斎宮を目指して、日々学んでいる姿も見ている。しかし……お前さんには、斎宮以前に解かなければならない謎がある」
「謎、ですか……? それは斎宮が蔑ろにされた理由という意味でしょうか?」
「いや。それは儀来府と水晶府の対立が産んだ、愚かな出来事である……と僕は思っている。そうではなく、龍と花姫の謎だ」
「夢の、あの内容のことですか……?」
「そうだ。何の関係もなしにあの夢を見たわけではない。新月が言うように、関わりがあるからこそお前さんと旭の縁が繋がったのではないか? そう思えて仕方ないんだ」
湟国の結界、その始まりとされる龍と花姫の物語。
斎宮の死に深く悲しんだ龍を支えた、帝の娘である花姫。
だが夢の中で見た内容は、違う。
斎宮は龍の愛を受け入れるのを躊躇していた。斎宮が死に、花姫の証を飲み込んだ帝の娘。
龍は愛したはずの斎宮の遺体を燃やしてしまった。花姫に言われるままに。
矛盾のある、逸話。
「もしかして……私と旭は始まりの斎宮と龍、ということですか? でも蘇芳様は? あの夢の中には出てきていません」
「可能性の話だ……だが新月の託宣を考えると、蘇芳は別にしても身近にあと一人いるはずだ」
「ですが夢で見たのは三人だけですよ?」
「そうだな。だが蘇芳が姫のわけがない。蘇芳には蘇芳の役割があり、それとは別に身近にもう一人……順当に考えるなら、龍が娶った花姫」
「私の、身近に……花姫が?」
考えるも、私の身近にいる人たちは限られている。斎宮と龍、そして花姫。花姫だけを考えるのであれば、旭の側にいる花姫たち。彼女たちの中にいるとも考えられるし、帝様の娘の中にいる可能性も捨てきれない。
「始まりの斎宮と龍を調べる必要があるだろうな。しかし、逸話というのは真実を都合よく書き換えることが往々にしてある」
「そうですね。母が、何を知ったのかも……気になります」
託宣が、もう少し詳しく教えてくれればよかったのだけど……眠っている西郷新月を見るも、彼女が起きる気配はない。
「いっそのこと、新月もここに暫く留めるか……」
「え?」
「新月の託宣は、側にいなければ聞けないからな」
「しかし、そう都合よくいくでしょうか?」
「新月の興味の的はお前さんだからな」
「私、ですか?」
「ついでに見方につければ良い」
ニヤリと笑う帝様に、私は内心でため息を吐いた。
現在モブ姉王女*龍花*聖なる乙女一行は交互更新中です。
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