38.金盞花 3
「こんにちは、西郷の姫君」
「あら、貴方北雲の……珍しいわね?」
「少々、頼まれましたので」
「そう」
西郷新月はニィと笑うと、私に向き直る。チラリと葛城様を見ると、視線を反らされた。どうして!?
「それで? 仕事は終わったのかしら?」
「届け物は、一応……このあと蔵人所に戻ります」
「そう。では案内してちょうだい」
当然とばかりの言い方に、私は大人しく従う。なにせ蘇芳様のお身内。無碍にするわけにもいかない。北雲紫紺様はジッと西郷新月をみてから、私に向き直ると儀来府に戻るといわれた。
「あ、はい。ありがとうございました……?」
「うん、気をつけてね」
「はい」
気をつけてと言われても、式神のような高度な技は私ではまだ気がつくことができない。常に身の回りに結界を貼れば別だろうが。そんなことできるわけもなく……複雑な心持ちで北雲様の後ろ姿を見送った。
「さ、行くわよ」
「は、はい!」
「あー……俺も行く?」
「えっと……お願いしても?」
「そうだよね。うん……」
一人で納得して葛城様は頷くと、私たちを先に歩かせてご自分は後ろを歩きだす。ちなみに先頭は私だ。そして間に西郷新月。高貴な姫君に先頭を歩かせるわけにはいかない。
「ねぇ、蘇芳お兄様は普段どんなご様子なのかしら?」
「藤の宮様ですか? 帝様のお側で政務に携わっておりますよ」
「そういう話を聞きたいわけじゃないのよ。ほら、あるでしょう? 宮中での噂ごと」
「そういった話は私の口からは……」
「いいわよ別に。蘇芳お兄様が男色家だという話は聞いているもの」
「そういうことを姫君が口に出すものではないかと……」
西郷新月の言葉にヒヤヒヤする。きっと後ろを歩いている葛城様はもっと。なにせ葛城様は蘇芳様のお相手として名前があがっている一人なのだから。
しかし……蘇芳様がどなたかと良い仲である、という噂はきいても本人が肯定したことはない。肯定していないことは、噂に過ぎないのかな? という思いもある。
あんなにも良くしてくださっているのに、意外と私は蘇芳様のことを知らない。
私が桃花鳥伯母様の元で暮らしているときからの付き合いなのに。
「ね、どうなの? 貴方は蘇芳兄様のお手つきなの??」
「ち、違いますっ!」
「でもあの蘇芳兄様が縁者として側に置いているのよ? それなりに理由があるはずだわ」
「あの方は……とても親切な方なのですよ」
「親切、ねぇ……」
さすがに西郷新月が燕を知っているとは思えない。
だからこの問いかけは、紫に対しての問いかけのはず。私は平常心を装いながら、普段の蘇芳様の様子を話す。帝の側で政務に携わり、蔵人所でも頭弁様と一緒に仕事に励んでらっしゃる、と。
「意外と普通に仕事をなさっているのねぇ。もうちょっとアレやコレやな艶っぽいお話が聞けると思ったのに」
「うちの部署はひじょーに! 忙しいので……」
「まあそうなの?」
「徹夜をする官吏もいるほどです」
「ふうん……それは、大変ね」
なんとなく含みのある言い方だったが、私は気にしないことにした。それに蘇芳様の醜聞なんて、聞いた覚えもないしなぁ。女官のお姉様方がきゃあきゃあ言っているだけだ。それも葛城様に聞くと全否定されるし。
なんとか蔵人所にたどり着き、私は折敷を片手に持ち直すと御簾を上げる。
「戻りました……あの、こちらに藤の宮様は?」
「いるよ。どうしたの?」
いつものように朗らかな声で初馬様がこたえてくれた。私はホッとすると、御簾をもう少し開けて西郷新月をチラリとだけ見せる。
「その、西郷の姫君が藤の宮様にご挨拶に来ております」
「えっ!?」
驚きの声を上げたのは、部屋の奥にいた蘇芳様だ。衝立の奥からガタガタガタッ! と転がり出てくる。普段にない、珍しい姿だと言えるだろう。
「あら、蘇芳お兄様。そんなに慌ててどうなさったの?」
「新月……君は帝に挨拶をして帰ったんじゃなかったの!?」
「蘇芳お兄様のお顔も見てから帰ろうと思いまして。そしたらちょっと迷ってしまったの」
「迷った……?」
西郷新月の言葉に、蘇芳様は私に視線を寄越す。本当に? と視線が物語っているが、彼女の言葉が真実であるのか私にもわからない。なにせ典薬寮の前を通ったら、彼女に捕まっただけなので。
でも西郷新月は、私よりもずっと力のある術者である。理由もなしにあそこにいたとは思えない。
微妙な沈黙に、西郷新月はわざとらしく「疑うなんて酷いですわ」と蘇芳様に文句を言った。蘇芳様は吐息をつくと、入っておいでと蔵人所に招き入れる。
「すまないね、紫」
「いいえ、葛城様もいらしたので……」
「あれ、鶸君? いたの??」
「いたんだよ。さっきから……」
ちょっと疲れた風に葛城様が蘇芳様に文句をつけた。実際、私が戻ってくるまで何某か聞かれていたのだろうし、気疲れはしたと思う。
そんなことお構いなしに、西郷新月は蔵人所にはいると初馬様に案内されて衝立の影に入ってしまった。いくら成人前でも、家族以外の男性と対峙するならこれが普通なのだ。
そう。本来ならあんな場所にいるわけもない。それぐらい身分の高い姫君なのだ。
蘇芳様は葛城様といくつか話をすると、私の背を押して中に戻る。
「なんともなかった?」
「その、ちょっとお伝えしたいことが……あとでお話しします」
「うん。わかった」
そういうと蘇芳様は私の頭を撫で、衝立の奥に戻っていった。私はその後ろ姿を見送り、手に持っていた折敷を抱え直す。
「紫、お帰り」
「ただいま戻りました。頭弁様」
「いやあ……西郷の姫君が来るとはね」
「そうですね。私も驚きました」
「従妹とはいえ、姫君の片割れは花姫に選ばれているからねぇ。藤の宮様も無碍にはできないんだろう」
「そうなんですか?」
「たぶんね。普通は事前に知らせもなく会いに来ないから」
それはたしかに。私は小さく頷くと、預かってきた書類を頭弁様に手渡していく。
頭弁様はその中身を一つずつ精査し、可と不可に分けている。どちらかというと、不可の方が多い。その様子を眺めながら考える。
彼女が、西郷新月がここに来た理由はなんだろう?
「それにしても……西郷の姫君は、今度の斎宮の候補……だったかな?」
「そう、なんですね」
「たしかね。他にも候補はいるらしいけど、家柄から考えても一番の候補じゃないかな?」
「家柄が重視されるんですね?」
「昔は、違ったみたいだけど……ここ何代かはね。帝様が即位されて、少ししてからかな」
「どうしてそうなってしまったんでしょう?」
「追放された、斎宮がいたから……と聞いている。その追放も、仕組まれたものだったって当時は噂が回っていたなぁ」
頭弁様は昔を思いだすように、ポツポツと話してくれた。
そういえば帝様に話を聞くことはあったけど、他の人からの視点は初めてかも。私は頭弁様にもっと教えてほしいと懇願した。
「珍しいね。こんな話が気になるなんて。って……ああ、そうか。紫の妹も……斎宮の候補だったね」
「はい。妹が不安にならないように、情報を集めたいんです」
「そっか。そうだよね。斎宮が何をする仕事なのかもわからないもんなぁ」
「今は、水晶府は閉まってますよね」
「そうだね。斎宮がいない今、水晶府は閉じられている。本来なら必要な場所なんだけどね。神祇官たちが狭い場所に閉じ込められてるのはそのせいだよ」
「斎宮がいないから、ですか?」
「そう。儀来府は……この湟国を護っているのは自分たちだって自負がある。だから斎宮に対して良い印象をもっていない」
「そう、ですか……」
他の部署から見ても、水晶府と儀来府は対立しているように見えるのだな。
それでも斎宮になりたい姫はいる。そこが不思議だ。いや、私もその一人なのだけど。
それから頭弁様の話を聞きつつ、年かさの官吏の人たちにも話を聞いた。
概ね頭弁様と同じ意見の人が多い。しかし、斎宮がいない今―――― 自分たちを護ってくれるのが儀来府の術者であることも理解していた。
現在モブ姉王女*龍花*聖なる乙女一行は交互更新中です。
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