37.金盞花 2
私は治部卿に挨拶をすると、次は刑部省に向かう。
向かうとはいっても直ぐお隣なので、喧々囂々の言い合いを余所に刑部省で一番偉い人。刑部卿はこちらものんびりとお茶を飲んでいる。
「こんにちは。書類をお届けに参りました」
「はい。ご苦労さま。騒がしくてごめんねぇ」
「いえ。その……大変だな、とは思いますが……」
「そうだね。本来なら勝手に消しちゃ不味いものを消しちゃったからねぇ。こちらでも色々調べているんだけど、南雲燕を知っている者が南雲家にいなくて困っちゃうよ」
「そういうのも、お調べになるんですか?」
「私がそうです。って名乗りでてくる人がいると困るからね。というか、実際にいるんだよ。自分がそうだって名乗りでてきたの」
「え!? そうなんですか??」
刑部卿は肩を竦めた。そして一人二人じゃないんだよ~と笑いながら話す。
下級貴族が、年の頃が似た娘を平民を唆して連れてきたそうだ。
全く知らなかった。そんなことする人いるんだ……
中には「事情を知って我が家で匿っていたのです」なんて言いだす人もいたらしい。その人たちは全員、旭によって偽物判定がなされ罰を受けているという。
「東宮様が……なぜ?」
「幼い頃の南雲燕に会ったことがある、と仰ってね。あの様子だと、もしかしたら居場所を知っているのかもしれないなぁ」
その言葉に心臓が跳ねる。
実際、知っているのだけど。だけどさすがに旭もおいそれと私の居場所を話したりはしないだろう。
それに……小さい頃と違って、私が旭に感じる感情は苛立ちの方が強い。
何も知らないままであれば、きっと旭を慕ったままだったろうけど。
私が見た先は、旭と私が結ばれることなく終わる世界。その世界での旭は、一体なにを思っていたのだろう? 私が帝様に嫁いだことを。
あの世界では旭が帝様のところへ乗り込んでくることはなかった。それなのに今回は乗り込んできている。何が違うのか?
私が旭を慕うのをやめたから? それとも南雲燕と名乗らなくなったから?
そういえば、もう一人……違う人がいるな。あの方は、どうして現れたのだろうか??
「紫?」
「あ、いえ。なんだか大事だなあと」
「そうだね。他にも仕事はいっぱいあるから、早く片付けたいところだけど」
治部省と刑部省の喧々囂々なやりとりの一端をになっていると思えば、思うことはただ一つ。
「……はやく、騒動が収まるといいですね」
「そうだね。それに、いまさら探されたところで南雲燕も困るだろうしねぇ」
「どうしてですか?」
「だって理由があって家を出されたんでしょ? 今なんとか暮らしているのなら、呼び戻されることに何か理由があるってわかるはずだ。それが自分のためにならないことだって察しのいい子ならわかるだろうね」
「それは……そうです、ね?」
「そもそも名前を消すなんて、よっぽどのことだよ? まあ消した相手が誰かは想像つくけどね。馬鹿なことをしたものだよ」
おかげで余計な腹を探られるんだからね。と、のんびりとした口調で話す。
「余計な腹、ですか……」
「そうだよ。うちとかにね、探られたくないだろうなぁ」
「……悪いことをしていなければ、問題ないでしょう?」
「それはね。でも実際しているでしょう? 自分の娘の名前を消したんだから」
「当主が指示をしたと?」
「当主か、それに付随する人物しか特定の人間を動かすなんてできないよ。なんだかんだいって、建国からある古い家だからね。南雲は」
「証拠がないのであれば、動けないのでは?」
「そうだねぇ……でも、名前を消すなんて治部省だって勝手にはできない。向こうでも言っていたでしょう?」
「はい。正規の手順であれば、消された名前が残ると」
「それすら残らないってことは、南雲家に監査に入るのに十分な理由なんだよ」
ニヤリと笑いながら刑部卿は手元の書類をより分けていく。
そしていくつかの書類を私の前に差しだした。
「これ、お願いして良いかな?」
「はい。お預かりいたします」
「あ、あとこれね」
「えっと……?」
「干菓子。ほらさー紫は働き者だから、蔵人所が無理だったらうちにおいでね」
うちも人手不足なんだよー! よろしくね!! という刑部卿の言葉を背に、私は折敷に書類を乗せ、賄賂とおぼしき干菓子を懐にいれると刑部省をあとにした。
それにしても―――― 他家のみならず、南雲家も私を探しているとは思わなかった。
それらしい娘を私に仕立ててしまえばいいのに。
千夏が広めた噂は異様な広がりをしている。
私に対して悪意あるものと、南雲家に対して悪意あるもの。前者は千夏だろうから別に構わない。
千夏にとってみれば私が目障りなのはわかりきったことだし。向こうに接触しなければ、被害はないのだから。
まさか同じ場所にいるとは思ってもいないだろうけどね。
***
折敷を抱えて走る。ひとまず届ける物は届け終わった。
あとは蔵人所に届ける書類のみ。これで西郷新月のもとへ行ける。
葛城様が側で見守っているだろうけど、それでも早く行くに超したことはない。
パタパタと走っていると、脇道からスッと誰かが飛び出してくる。
「うわっ!?」
「あっ……」
折敷! 折敷に乗ってる書類を守らなきゃ!!
ぐらりと傾ぎかけた体を、思いっきり足を踏ん張ってなんとか耐える。相手も相手で、私の持っている書類が落ちないように両手を伸ばしてくれていた。
「……し、心臓に悪い」
「あーなんか、ごめんね?」
「いえ。その、こちらこそ走っていたものですから」
申し訳ありません。と、頭を下げて相手の顔を見る。するとこの間の水晶宮で助けてくれた人だった。
確か、名は――――
「北雲、紫紺様……でしたよね?」
「うん。そうだよ」
「先日はありがとうございました」
そういうと北雲様は私の顔をジッと見て、それからぐるりと私の周りを一周する。
何がしたいのだろうか? 首をかしげれば、袍の襟元に指を入れられた。
「なるほどこれか」
「は?」
「ほらこれ」
ほらこれ、と目の前に人形の紙が差しだされる。
そんなものを襟元に入れた記憶はない。もしかして誰かが飛ばした式神、というものだろうか? なにせその人形の紙はビチビチと動いているのだ。
「し、式神とかいうものですか!?」
「そうだね。でもこれはうちのじゃない」
「うちの……儀来府、ということですか?」
「うん。もしかしたらうちから飛ばしてるのが付いてる可能性を考えて様子を見に来たんだけど……違ったね」
「儀来府が……私に?」
「水晶府に入ったからね」
「許可をもらって入ったんですけどね……」
「まあほら、痛い腹があるんじゃない?」
何でもないことのようにいっているが、この方も儀来府の術者なんだよなぁ。
ただ帝様や蘇芳様の依頼で動いてくださってるから、味方と思って大丈夫……だよね?
「とりあえず……その式神? は何なんでしょう?」
「君に付いてたわけだけど、これは守りの式神だから問題はないよ」
「守り……?」
「でも新しいから、ここに来るまでに誰かに会わなかった?」
「えっと……西郷の姫君にお会いしました。あ、そうだ急がなきゃ!」
姫君をお待たせしてるんです! そういうと、私はまた走りだす。
北雲様はなぜかそのまま付いてきた。
そして典薬寮の近く、大きな木の下にたどりつく。
「あら、遅かったわね」
艶やかに笑いながら、葛城様を従えた西郷新月が私に向かって手を振った。
先ほどよりもゲッソリした表情の葛城様に、二人に近づくのを躊躇ったのは仕方ないと思う。




