28.鉄線 3
黒い塊は、人の形を成そうとしその寸前で見知らぬ男に一刀両断される。
私は急いで暁の側に行き、背中をさすった。
「暁、大丈夫!?」
「あ、ああ……なんかわからんものが飛び出てきて……」
「これはね、この資料庫に誰かはいってきたのを知らせるための人形だよ」
「人形……?」
見知らぬ男は、そういって塊を切った刀を懐に戻した。あんなに見事に切れたのだから、太刀か打刀かと思ったら短刀だったとは……
「あの、よくわからないけど……助かりました」
「ちょっとある筋から頼まれてね。たぶん、この場所には何かあると思ったらしくて……実際そうなんだけどね」
「ある筋……?」
よくわからなくて首をかしげると、まだ調子の悪そうな暁がその人をジッと見る。
「アンタ……北雲の人間だろ?」
「そうだよ。東郷の子」
「北雲の……?」
「僕は北雲紫紺。僕の母は、主上の従姉妹にあたる人だね」
「帝様の……じゃあ、ある筋って」
「そういうこと。普段あんまり身内を頼ってこないんだけど、こればかりはね。専門の者じゃないとわからないから」
黒い塊のことをいっているのだろう。確かにこの人のおかげで助かったのは事実。
だけど……資料庫に誰かはいってきたことを知らせるための人形なら、切ってしまうのは大丈夫なのだろうか?
そも、入ってきたのはすでに人形を仕掛けた者に伝わっているのでは??
「君が思っていることはもっともだ。早めにここを退散することをおすすめするね」
「それは、でも……」
「俺は大丈夫だ。急いだ方がいいなら、早く行こう」
「う、うん……」
それなら部屋の窓を閉めなければ、と立ち上がる。すると北雲紫紺がスッと指を動かした。
パタン、パタン、パタン
音を立てて窓が閉まっていく。驚いて彼の顔を見れば、悪戯っぽく笑った。
なんだかその顔は少し帝様に似ている。
「ほら、行くと良い」
「あ、ありがとうございます」
暁に肩を貸し、そのまま資料庫を出る。
外は少し暗くなっていて、これなら顔を見られることなく八葉宮まで戻れるかもしれない。
外に誰もいないことを確認する。
まだ本調子ではない暁と一緒に、私は水晶府をあとにした。
***
八葉宮に戻ると、揚羽と三葉が出迎えてくれる。
そして私から暁を受け取ると、奥に引っ込んでしまった。普段なら文句の一つもいいそうだけど、さすがに今回ばかりは気力もないようだ。
私はそのまま叶月の君の元に向かう。
「失礼いたします。紫です」
「……どうぞお入りください」
「失礼いたします」
スッと頭を下げ、御簾をあげて中に入る。
叶月の君は読んでいた本から顔を上げ、私に視線を向ける。
「お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
「どうでしたか?」
「その、斎宮の仕事場は……龍の絵と祭壇があるだけでした。他には何もなく……」
「そうでしたか……資料庫の方は?」
「資料庫では母の本が見つかりました。今、暁が持っています」
「ああ、持ってきてしまったのですね」
「……やはり不味かったでしょうか?」
「いえ。どうせなくなっても気がつかないでしょう」
「かもしれません。中は凄い埃と、蜘蛛の巣があったので……ただ……」
「ただ?」
私は何かの術が資料庫にかけられていたことを話した。
その術のせいで暁がおかしくなったことも。
「術、ですか……?」
「北雲家の方が助けてくれたのですが、その方が言うには「資料庫に誰かはいってきたのを知らせる人形」だと」
「そんなものが……きっとそれを掛けたのは、陰陽寮の者たちでしょうね」
「陰陽寮の……? ですが何のために??」
「知られては困るものがある、そう判断したのでしょう」
「ですが、それなら自分たちで回収してしまえば良いのでは?」
「回収できないものか、もしくはどれが該当するのかわからないのかもしれないですね」
叶月の君の言葉に、私は少し考え込む。
母が斎宮を追われたあと、何人もの斎宮がいた。その斎宮が祭りを執り行った本は何冊もあったけど、どれも薄い。
だが母や、母より前に斎宮を務めていた方々の本はそれなりに厚みがあった。
あの中から何かを探す……それがそんなに難しいことだろうか?
母が斎宮を追われたあとから、水晶府はその機能の大半を儀来府に持っていかれている。
あんな術を仕掛けるよりも、総出で探した方が早くないか??
そうなると回収できないもの。その可能性が高い。
水晶府で回収できないものは、あそこにある過去の斎宮たちの本? それともあの絵、だろうか??
「……叶月の君、あの龍の絵はいつからあそこに?」
「あの絵は、私が斎宮を拝命していたときにはありましたから……百年以上は経っている可能性がありますね」
「百年……! そんなに古いんですか? 最近描かれたように綺麗でした」
「そうね。私もあの絵を見てそう思ったものよ。とても威厳のあるお姿なのよね」
「はい。なにか、懐かしい感じもあるのですけど……とても美しくて」
私はあの龍の絵を見たときの、なんともいえない感覚を思いだす。
あれは何だったのだろうか?
「お話中、失礼いたします」
「どうぞお入りなさい」
外から声がかかり、揚羽が中に入ってくる。
その手には母の本があった。
「暁は大丈夫そう?」
「暁様は葛城様にお願いして、引き取って頂きました」
「葛城様に?」
「どうやら何方かから伝言を受けたようで、先ほど八葉宮にいらっしゃったのです」
「そっか。あ、じゃあある筋って……帝様から直接じゃなくて、蘇芳様から話しがいったのかな……」
「そうかもしれませんね」
つまり、帝様から蘇芳様へ、蘇芳様から北雲紫紺様へ話しが行き、また北雲紫紺様から葛城様に話しがいったということか。
なかなか壮大な計画になっていた。帝様の許可があるのに、そこまで気を遣う必要があるとは……儀来府、ひいては陰陽寮の術者たちは何を考えているのだろう?
「それで青羽の君の本は……?」
「こちらです。青羽の君の手蹟で間違いありません」
「そう。それはよかった」
そういって叶月の君はその本を揚羽から受け取る。
そして中身を確認していくうちに、最後の方の頁で手が止まった。
「叶月の君、龍の怒りとは何でしょう?」
「龍の、怒り……」
「母は何かを調べていたということですよね? そしてそのせいで儀来府から横やりが入ったように見えます」
「そうね。中身を見るに……何かあったのは確かですね」
「でも何があったのかまでは……」
「それなんですが、途中の頁が綺麗に切り取られているのです」
「え?」
揚羽の指摘に私は叶月の君の手にある本を見る。
叶月の君は本を一度閉じ、閉じてある場所を探るように見た。そして、ある場所を開く。
「ここ、ここね」
「えっ、えっ??」
「ほらここ」
頁を広げ、その奥に薄く紙が残っていることを教えてくれた。私は叶月の君の側ににじり寄り、その頁をジッと見つめる。
確かに、二~三枚ほど切り取られたあとが……
「これは、何か見られては不味いものが?」
「可能性はありますね」
「ですが、それなら母の本をそのまま廃棄してしまえば良かったのではないでしょうか?」
「それもそうですね。追放したのですし、斎宮を追われた者の本を残しておく必要もない。それでも資料庫に本を残しておいたなんて……」
「釣りをしていた、ということはありませんか?」
「釣り?」
揚羽の言葉にハッとする。もしや、誰かが何かを探しに来ると見越して?
いやでも、誰も来なかったらどうするのだろう??
「確かにあの資料庫には術が掛けられていたけど、でもそれならこの本自体に術を掛ければいいじゃない。資料庫に侵入した相手じゃなくて」
「確かにそうなりますねぇ」
「それにこの本だって残しておく必要もないし……」
「術を掛けた者と、この本の頁を持っていった者が同じとは限らないでしょう?」
「つまり、あの資料庫にはいくつかの思惑があると?」
「暫く都を離れていたのでわかりませんが、何かしらの理由はあるのでしょうね」
しかし一体誰が? 謎が増えてしまった。
だけど一点喜ぶべきことがある。結界の張り方が書いてない。そう思っていたけれど、本の表紙の裏側に結界の張り方が書いてあるそうだ。
これで結界の張り方を勉強することができる。




