番外編 『俺は主人公になりたいんだ』
俺。主人公。この物語。主人公ぅ。
……いやいやいやいや!
「ま、待てよ彰。俺が主人公って言うのは、さすがに買いかぶりだよな……?」
平静を保っているふりをしながら、俺は彰に問いかける。
俺がこの物語の主人公だなんて、いくらなんでもおかしい。そりゃ主人公なら嬉しいけど……あれ、待てよ、言うほどこの日常で主人公になって嬉しいか?
ちゃんと考えよう。主人公になるというのは……
・彰に振り回され続ける運命。
・美崎から意味もない誹謗中傷を受ける。
・彰に恋焦がれる七瀬を見続ける。
「嫌だあぁぁぁぁ――ッ! 今まさにこの状況なのが一番嫌だぁぁ!」
「ライタ先輩!? 急に叫ばないでください!」
そんなの無理に決まってる! 絶対に主人公なんてならないからな!
「まぁ落ち着けよライタ。よーく考えてみろ。オマエは主人公に一番相応しい人物なんだよ」
主人公に対する嫌悪感で埋め尽くされた俺の耳に、彰がそんな言葉をかけてくる。
「相応しい? 俺が? そんなわけ……」
「あるんだよ。これが。なんたってライタは……ツッコミが出来る」
「そんな理由で主人公になれると思ってんなら勘違いも甚だしいよ!」
「ツッコミしてるぞ」
「ちくしょうおおおぉぉぉ――ッ!!」
彰に指摘される通り、俺はツッコミ体質なのだ。でも、だからって……!
と、頭を抱える俺に、新たな考えが浮かび上がる。
「おい彰。それなら七瀬はどうなんだよ。七瀬はさっきツッコミを入れてただろ。七瀬だってツッコミ体質のはずだ!」
「七瀬はボケ体質だよな。もしそうならオレの好感度がちょっと上がる」
「私はボケてます!」
「買収された……ッ!」
力いっぱい拳を握りしめる七瀬。その動きで大きな胸がたゆんと揺れた。
まぁ、確かに七瀬はその体含めボケ体質というか……特に彰に関しては。
「あきちゃん、どれくらい好感度上がった? もう私とキス出来る?」
「オレの好感度システムどうなってんだ!? するわけねぇだろ!」
こういう所とかも。あと、七瀬に関しては彰がツッコミに回る事もあるな。
まぁ、そう考えると俺が主人公のような気もするけど……
「それで、仮にだぞ、仮に俺が主人公だとして、それがなんだっていうんだよ」
「お、おお。その話な」
七瀬に迫られて顔を青くする彰が、俺の言葉を助け船とばかりに掴んできた。
「つまりだ……オレはどうやってもツッコミ系主人公になれないから、ボケ系主人公に回ろうと思うんだよ」
「うん。言ってる意味がさっぱり分かんないけどまぁいいや。でも……主人公になったとして、それがなんなんだよ」
「主人公補正がかかって、オレがおっぱいを揉めるようになる!」
こいつ、頭がおかしいんじゃないだろうか。
訳の分からない事を言い続ける彰に、俺は息をついて、少しばかり諦観に似た感情を持ち始めていた。
なんというか……疲れた。こいつの話をまともに聞くべきじゃないんだろう。放っておけばいいか。
「主人公補正がかかれば――ライタの胸がある日突然膨らんで、オレに揉ませてくれるかもしれないだろ!」
「んなわけあるかァァァァ!!!」
放っておけなかった。
************************
「――フッ。フフフフフ……」
マジ切れした俺が彰にボディブローを食らわせたりしてると、唐突に美崎が笑い始めた。
今度はなんだよ。とそちらを見ると、美崎は垂れた髪を豪快にかきあげながら、
「甘いわね前田彰! 私が主人公になれば、物語そのものを変えるわ!」
などと言ってきた。
「……一応聞くけど、その物語って……」
「私が世界の指導者となって、誰もが貧乳を敬愛するようになるWORLDを作り上げるわ!」
「主人公補正かかりすぎだろ! お前マジでアホだろ! ていうかその場合、巨乳の奴はどうなるんだよ、処刑するのか?」
などと、普段は指をさすなと彰に怒っている俺が七瀬に指を向けながら、抗議するように言う。
すると美崎は、七瀬の事を見ながら――笑った。
「ひうっ!?」と七瀬が怯えたような顔をする。美崎、お前は豹か。
「決まってるじゃない――しょ……胸を切り取って息の根を止めるのよ!」
「言い直した意味がねえ!」
だ、ダメだ……今日のこいつらはおかしい。付き合ってられない……!
もう逃げよう。三十六計逃げるに如かず……!
と、俺は殆ど無いため動作から、爆発するように駆け出した。玄関と窓は塞がれたが……トイレ方面は美崎も彰もノーマークだ! トイレに立てこもれば奴らも手出しは出来ないはず!
勝った! 敗北に勝った!
そう思った瞬間――
「ぐえぇ!?」
俺の服の襟が掴まれて、俺は声にならない声を上げる。い、息が……!
「ダメですよぉ? ライタ先輩?」
こ、この声は……七瀬!
確かに七瀬の事を留意していなかった。クソ、ノーマークなのは俺の方だった……!
「私が主人公になったら、ライタ先輩と私とあきちゃんで、三角関係のラブロマンスを始めるんですからぁ」
「はうめないっ! はずえないあらあはひて!」
『始めない! 始めないから離して!』と言おうとしたが、トイレに向かった際の自らの力で首が絞められているせいでそれが言えない。息が出来ない……ッ!
俺はなんとか身をよじり、息がかろうじて出来るスポットを掘り当てて、その姿勢で静止した。し、死ぬかと思った……!
右腕を左前方向に向けた左腕の下に潜り込ませながら、顔は上を向いているという謎の姿勢になってしまったが、まぁ仕方ない。
「やるわけないだろそんなのっ! 七瀬を愛したりしないから! 七瀬は彰だけのものだから!」
「違いますっ! ライタ先輩があきちゃんを好きになるんです!」
「なるわけねぇだろおおおぉぉぉ!!」
何!? どいつもこいつも今日は何かキメてるの!? 言動がおかしい奴しかいないんだけど!
「おいライタ! 早く主人公譲れよ! オマエの胸が膨らまないだろ!」
「膨らまない! 膨らまないから! 主人公になってもそれは間違いないから!」
「このゲボ! 早く主人公を渡しなさい! でないとあなたが巨乳になるわよ!」
「意味が分かんねぇよ! お前らどいつもこいつも俺の胸をなんだと思ってやがる!」
「あきちゃん×胸が大きくなったライタ先輩!」
「お前は人語を介すようになってから話を始めろ!」
ああ、もう……
もう――――もう、
「やめてくれえぇぇぇぇぇ――ッッ!!」
最後に、胸に僅かな違和感を感じながら――俺の意識は、意識、は……
……
…………
………………
……………………
「はっ。夢か」
俺はガバッと起き上がり、その事実を口にした。
よ、良かった……! そうだよな。あんなたちの悪い現実、あるわけないもんな……!
(そうだよ。あいつらだってあんなにおかしい奴らばかりじゃない。ましてや、俺の胸が膨らむなんて――)
そう思って立ち上がろうとした時、肩に謎の重さを感じた。肩こりかな?
などと思っていると、彰がキッチンから出てきた。
「よっ。ライタ」
「あ、ああ……あれ」
その彰を見ている内、なんだか、妙な違和感を俺は感じた。
なんだ……? どこか、違う?
「どうしたよライタ。じろじろ見て」
「いや……お前、そんな顔だったか? 変な話、ちょっとイケメンになったというか……」
「なんだそれ。当たり前だろ」
……は?
彰の言葉が信じられず、俺は眉を潜める。
そして、彰が続けて出した言葉は――
――まさしく悪夢、だった。
「オレ、主人公だからな」
たぷっ。と、俺の胸を彰が掴んだ。
……胸。胸。バスト。おっぱい。ある。
「……へっ?」
俺の口から、素っ頓狂な声が漏れだす。え、ええと……。
これは、まさか……!
恐る恐る、自らの服をまくると……
…………
「――アアアアアァァアアアアアァァアアアアアッッ!!!!!!」
――夢オチは、俺が一番嫌いなオチの一つである。




