35 オレは…七瀬玲奈が好きなのだ
「あきちゃん言ってたよね!? ――『おっぱいの感触を知りたいんだ!』って!」
夜。誰もいない道路に、七瀬の声が響き渡る。
そんな中、俺は面倒くさそうな顔を、七瀬は縋るような表情を、彰がなんというかもう、形容しがたい尊顔で虚空を見つめていた。今日一番面白いぞ、今のお前。
「あ、いや、まぁ。それは言った事には言ったけどなぁ……」
しどろもどろ。と言った感じで七瀬に返す彰。
確かに、彰は言っていたな。おっぱいの感触を教えて欲しい。って。
でもそれ、確か……
「それはオレが揉むって事じゃなくて! 七瀬が、オレとライタにおっぱいの感触を教えてくれたらそれでいいんだよ!」
「いや、俺はいらないけどね!」
そう。彰は先日、『七瀬からおっぱいの感触を教えてもらう』というスタンスをとっていたはずだ。
その時は、おっぱいを揉むのと感触を教えてもらう事、一体何の違いがあるんだと思っていたが……なるほど、確かにこういう状況になったら違いが分かる。彰は七瀬に口頭で伝えてほしかったんだな。
と、頭の中で納得する俺だが、その裏で新たな疑問も生まれていた。決して無視できない、疑問が。
それは――
「だから、それなら教えてあげますからぁ! ほらあきちゃん! 揉んで! そして付き合って!」
「揉まないし付き合わねぇよ! おっぱいの感触を口で伝えてくれりゃそれでいいんだ!」
――彰は何故、七瀬のおっぱいを揉もうとしないのか。
彰は筋金入りのおっぱい好きだ。一か月前には、おっぱいを揉もうと奔走し、結果として俺と喧嘩する――なんてこともあった。
にも関わらず、彰は七瀬の胸を揉もうとしない。それは何故か。
考える俺を置いて、彰と七瀬は攻防戦を繰り広げる。
「揉! ん! で!」
「揉! む! か!」
もはや攻防戦とも言えなさそうなそれを、俺は他人事のように見つめる。いやまぁ他人事なんだけどね。
とはいえ、七瀬が急に脱ぎ出したりとかしたら色々と問題がある。ので、何かあれば彰側に付こうと思っているのだが。
「だってあきちゃん! 私の事好きじゃないんでしょ!? それなら、物のように揉んでくれたって!」
「ああそうだよ! オレはオマエなんか好きじゃ……」
「……彰?」
「――――」
彰が急に固まった。まるで石像みたいに。それでもって目だけは忙しなく辺りを彷徨っている。傍から見たらかなり面白い顔してるぞ、今のお前。
それはともかく、一体どうしたのだろう――そう思っていると、彰の口がゆっくり動いた。
「……好きじゃ、ねえ。けどよ! だからって、物みたいになんて絶対に言うんじゃねえ」
彰の声が、暗い夜道に響く。
その声に、俺も七瀬も一瞬、言葉が継げなくなった。
そんな俺達をしってか知らぬか、尚も彰は続けた。
「俺は好きじゃねえよ。だけど、自分をそんな風に扱うのはやめろ! 俺なんかの評価を気にするな……! 自分をもっと大事にしろ! 分かったな!」
「――う、うん」
そのあまりの剣幕に、七瀬がコクコクと頷く。
だが、驚いているのは俺もだ。彰がこんな態度を見せるなんて、中々ない。
何がどうして――そう思って、彰の顔を見ると……
「――――」
――ああ。
そういうこと、か。
それなら……分かったよ。ここは俺がなんとかする。
「七瀬。この件はまた今度にして、もう帰ろう。夜も遅いし、変な奴が出てきかねないぞ?」
「え、でも……」
「分かってる。この事は必ず機会を作るから、今日は帰ろう。ほら帰ろう。すぐ帰ろう」
「ふぇ、えええ?」
俺に肩を押されると、七瀬は困惑しながらも自室に向かってくれた。
そうして俺は、七瀬を部屋の前まで連れていき……
「じゃ、じゃああきちゃん。またねっ」
「……ああ」
「ライタ先輩も、今日はありがとうございました。さっきの件、お願いしますね」
「分かってる。何とかするよ」
「……では」
七瀬はそう言って、自室のドアを閉めた。
すぐに七瀬の部屋の明かりが灯る。
――さて、そろそろいいかな。
「ほら彰。帰るぞ」
「……なんだよライタ。さっきから変な顔しやがって」
「この顔は生まれつきだ。ていうか腹減った。はよ帰るぞ」
と、俺は半ば無理やり、自室へと戻っていった。
ドアを開け、靴を脱ぎ、明かりを点ける。本来ならこの後、ベッドにダイブでもしたいところなのだが……
俺はベッドとは逆方向にある、キッチンへと足を向けた。
「ライタ? どうかしたのか?」
頭にハテナマークを浮かべた彰に、俺は頭を掻きながら返した。
「いや……今日は、俺も手伝うよ。飯、作るの」
「は……!?」
待て、何故そこでめちゃくちゃ意外そうな顔をする。失礼なやつめ。それだとまるで俺が普段全然家事を手伝わないみたいじゃないか。
「なんだよ。文句あるなら、俺も手伝うのやめるぞ」
「い、いや……」
尚も困惑したような顔を見せる彰。そこは俺にとっては割と腹立たしい事なのだが……すぐに彰の顔は、穏やかなものとなっていって、
「じゃあ、頼む」
笑顔になった顔から歯を見せながら、そう言うのだった。
――
――――あの時、彰の顔はびっくりするほど……照れていたのだ。親しい仲じゃ無ければ気付けないような表情の変化だったけどな。
だから俺は、七瀬を帰すことに集中したのだ。あのまま彰の顔見てたら笑っちゃいそうだし。
彰が照れていた理由。その奥までは、分からない。だけど、分かった事もある。
――彰は、七瀬の事を大切に思っているのだ。
それが好きという感情に結び付くかどうか、そこまでは分からない。ただ彰にとって七瀬とは、妹のような、きっとそういう存在なんだろう。
それで、彰は柄でもないようなことまで言って、不器用だから照れてしまって。
彰はおっぱいが好きだ。大好きだ。頭の中の殆どはおっぱいで占められていると言っていい。
だが、そんな彰でも……おっぱいだけじゃないんだって、昔、そう言ってくれたから。
だから俺は、こいつと――
――
「よしライタ! 今日はおっぱい餅を作るぞ!」
「おう! って……食べ物で遊ぶんじゃねぇぇぇぇ――ッ!!」
これで第二章、本当の本当に完結です!
第三章はいつになるかは分かりませんが、まぁ多分すぐだと思います。
では、また三章で会いましょう




