9 疑似おっぱいではおっぱいの感触を味わえないらしい
「お姉さん! 見る所貧乳に悩んでいるようですね! なんならオレが揉んで大きくしてあげますよ!」
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「そこな人、もしかしておっぱいを誰に触らせるか悩んでません!? そこはオレにお任せを! おっぱいが全部なくなるほどのくらいの激しさとおっぱいが何倍にも増えるほどの優しさを込めて揉んであげますよ!」
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「美しいレディ。おっぱいを揉ませてくれたら一万円上げます!」
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――彰が意気揚々と寮を出てから数十分。既に彰の顔は紅葉だらけになっていた。
「チクショウ……なんで上手く行かねえんだよ! 困ってんだろ!? おっぱいの事で皆悩んでるんだろ!? なんでそんな冷たい反応してくるんだよ! そう思うだろラオタ! そう思うだろライタ!」
「二回言わなくていいし一回言い間違えたよな!? ……はあ、お前には付き合いきれん。なんで困っている人を助けるって話が、おっぱいについて困っている人を助けるにすり替わってんだよ」
「馬鹿野郎! 世の女性がおっぱいについて悩んでねえわけがねえだろ! オレですら中学生の時は乳首が痛くなって困っていたんだぞ!」
「どうでもいい上に気持ち悪いカミングアウトしないでくれる!?」
頬を真っ赤にして項垂れる彰に、俺は溜息をつく。
――はっきり言って、コイツの言葉を信じた俺が馬鹿だった。
困っている人を助ける――それ自体は聞き心地のいい言葉だし、最後におっぱいを揉ませてもらうなどと頼んだとしても、人助けからの流れならまだいいと思った。例えそれで相手を不機嫌にしてしまおうと、一応形として人助けをした結果は残るからだ。
だが、今の彰を見るとどうだ。
普段おっぱいの事しか考えてないから、誰が何で困っているのか、それすらも分かっていない。それで人助けなんかが上手くいくわけもなく、ただいたずらに拒絶されて紅葉を増やしていくだけだ。
――いい加減、俺も付き合いきれない。
「……もう辞めろよ。さっきので分かっただろ。お前に人助けなんか出来ないんだよ。お前は、おっぱいを触りたいって願望が駄々洩れしているから、困っている人とか、なんで困っているんだとか……そういうのを全然分かってない。それで人助けもおっぱいもないだろ。だから諦めろ」
「諦めねえよ。諦めるわけがないだろ。乳抜けた事言ってんじゃねえよ」
「何言ってるか分かんねえよ。――無理だろ。今のお前には、おっぱいを揉む事なんて――」
「――仕方ねえだろ!」
突然、地面に向かって彰が吼えた。まるで、やり場のない思いを吐き出すかのように。
ゆっくりと、絞り出すように彰は続ける。
「オレはおっぱいが好きなんだよ……好きで好きで、それでも好きなんだよ! だから追うしかないんだよ! おっぱいが好きだから、オレは追い求めるんだよ!」
――意味が分からない。
おっぱいが好きなら勝手にすればいい。だが、それなら他の方法だってあるはずだ。あまつさえ、人の事を巻き込んだりする必要なんてないはずだ。
「なら彼女でも作ればいいじゃねえかよ! お前は顔も良いんだし、態度さえまともにしてればすぐ出来んだろ! 揉みたきゃそうすればいいじゃねえか!」
「ふざけんな! オレはおっぱいが揉みたいだけなんだよ! そんな事の為に彼女なんて、相手に申し訳ねえだろ!」
「今のお前の方が全女性に迷惑だよ! それなら金払ってそういう店でも行けよ!」
「それはなんか負けた気がするから嫌なんだよ!」
「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!」
分かっては、いた。彰がズレていると。常識も何もない、おっぱいしかない奴だと。
だが、それでも俺は彰と付き合ってやっていた。あくまで俺と彰は友達だし、こんな事をする奴には、誰かが目付け役として付いていなければならない――と、そう思っていたからだ。
でも、それだって限度がある。今回はセクハラで訴えられる可能性すらあるのだ。
そんな奴に、いつまでも付き合っていられるわけがないのだ。
「いい加減にしろよ……! 何で、何でお前は、ここまでやるんだよ!」
「だからそれは、オレがおっぱいを好きだから……!」
「好きなら、勝手にやってろよ! 俺を、他の人を! 巻き込むんじゃねえよ! お前のせいで……どれだけの人間が困ってると思ってんだよ! ふざけんな、お前は、お前は――!」
或いはその先の言葉を、俺は言うべきではなかったのかもしれない。
ただ、止まらなかった。止まれなかった。俺の口から出る言葉は。
「――お前は俺たちとは違うんだよ!」
はぁ、はぁ、と、怒りのあまり怒鳴り過ぎて、息を切らしてしまう。
自分でも、何がなんだか分からなかった。ただ一つ言えるのは、普段から溜め込んでいた小さな小さな怒りが、今、全部解放されたのだ。
よく人は、「なんであそこまで怒るのか分からない」と言うが、あれは向こう側が普段から相手にストレスを与え続けていると、それを理解していないからだ。怒る方はジリジリと溜め込んでいることに、向こう側は気付けない。
だから彰も、そんな反応をするのかと思っていた。だが――
「……そっか。そうだよな」
――違ってることくらい分かってんだよ! と逆切れすると思っていた。
――それの何が悪い! と開き直ると思っていた。
――どういうことだ? と何も分からないと、思っていた。
そういう、反応をするのかと、選択肢を巡らせていたのに。
――彰の反応は、そのどれでもなかった。
「あ、あき……」
「わり。ちょっくら……頭冷やしてくるわ」
「あ――」
そのまま、彰は街中に消えて行って――
ぎゅっ。と、右手を握りしめる。そこには、今日数々の疑似おっぱいを揉んだ感触が、まだ残っていた。
まだ、残っていた。




