決意も新たに
二色の疑問符があちこちで生まれる。
ひとつはイリスたちの、銃を知らないがゆえの『今なにが起きたの?』だ。
もうひとつは銃を撃った側の連中が『今なにが起きた?』と、何も起こらなかったことに息を呑んでいる。
俺の脚へ向け放たれた銃弾は、俺に届く前に消え去った。例のごとく謎時空へと。
跳ね返す方がカッコいい気がするのだが、ほら、跳弾っていうの? 他の誰かに当たるといけないじゃん?
にしても、初手で俺を狙ってくれたのはよかった。
シャルは論外として、他の誰かに向けられててもけっこうイラっとしたと思うので。
実物の銃って魔法と比べてどんだけヤバいんかなあ? とひやひやしていたが、速度も威力も大差ないな。なんなら魔法のがバリエーションがあるし道具もいらんし便利だ。
安全確認が終わったところで、俺はこほんと咳をひとつ。
「シャル、やつらも本気のようだ。こうなったら話し合いは無理だろう。今こそ魔法少女の力をもって、このテーマパークを解放するんだ!」
目をぱちくりさせていたシャルちゃん(可愛い)は、ぱあっと喜色を咲かせるや、
「わかりました! 正義の魔法少女イモータル☆シャルちゃん、突貫します!」
ステッキを手に大きく上昇する。
「あ、わたしもやるわ。独り占めはしないでね?」
ユリヤも続いた。
「はっはっはっ! つまり燃やせばいいんだな!」
まったくわかってないフレイはもう止められんか。
「撃て、撃て撃て撃て!」
「し、しかし……」
「殺しても構わん。一人でも残っていればそれで――げぶぅっ!?」
いけね。ムカついたから結界の塊をぶつけてしまった。ひげの男は目を回して倒れ、武装した誰かに担がれていった。
指揮官を失いながらも、武装集団は引かない。
どうやら腹を括ったらしく、連携して命令を忠実に遂行しようとする。
しかし、である。
乱舞する光に翻弄され、トンファーで殴り飛ばされる武装集団のみなさん。
火の玉の乱射は俺がなんとか抑え、もはや傍観者となったイリスと、マリアンヌお姉ちゃんは倒れた人を治療しつつ武装を解除させる。
「え、えっと、これ、今夜のイベント、なんですか……?」
呆然と立ち尽くす柊さんにはあとで説明するとして、
「……」
ノエルさんは別の意味で呆けている。目を見開き、信じられないものを再確認させられた、そんな顔だ。
すでに武装集団の半数が倒れている。
残りも戦意は失われ、大勢は決したらしい。
にしても、マジで銃が出てくるとは思ってなかったな。
だって『使うつもりは毛頭ない』とか言ってなかった?
と、俺の耳の奥で声がした。
『そちらは終わったようだな。こちらも対象を確保した』
別でお仕事を頼んでいたウラニスだ。さすがに仕事が早い。
表向きは外国資本の日本法人開発部長、その正体は外国政府が派遣したダンジョン攻略部隊の責任者、なのだそうだ。
『死んでも口を割らないとの覚悟だったが、そちらの映像を見せていたら態度が一変した。「もう手を引く。上は自分が説得する」とな』
信用できるのかなあ、それ。
でもまあ、ついでに俺が記録した『上の人たちとのやり取り』を日本政府に告げ口しちゃえば、こいつらはもう日本国内では活動できないんじゃないかな?
「でも徹底するなら『モニター画面の向こうの人』もやっちゃうのがいいか?」
なんとはなしにつぶやいたのだが、数秒の沈黙のあとにウラニスから反応が返る。
『……さて、そこまですれば外交問題になりかねない気がするがな。ま、判断はハルトがすることだ』
「今の間ってなに?」
『簡単に言ってくれる、と呆れたのち、やはりお前にとっては簡単なのだろうな、と納得するまでの間だ』
よくわからんけど、褒められたってことにしておこう。
『ひとまずメリディアン社が持つ情報は洗いざらい漁っていく。それで問題ないか?』
やだホントこの子ってばシゴデキ。
「しかしあれだな、例のクズ配信者からこんなとこまで辿れるとはなあ」
ぶっちゃけ外国勢力の暗躍とか話が大きくなってびっくりはしているのだ。
銃火器を持った連中を完膚なきまで叩きのめすのは、これ以降、他の外国勢力とか日本政府とかが俺らにちょっかいをかけてこないようにする保険的なもの。
そのうちこの世界とはおさらばするわけだし、なんでもできるよね、というだけの話だ。
ともあれ。
これで心置きなくダンジョン攻略に集中できるってもんよ。
まだ俺たちを邪魔するダンジョンマスターの問題は残るものの、実のところ俺はもう四十一層まで辿り着いているし、終わりが五十層なのも確認済みだ。
あとはシャルたちを大いに楽しませながらラスボスを倒してお終い。
元の世界へみんなで帰るぞ!
というわけで、せっかくだからこの場も楽しませてもらおう。
さっきの現場責任者っぽいひげの人をつかまえてきて叩き起こし、ナイトセレブリティパーティーとやらをやり直してもらいましたとさ――。
◇
深夜。
天由良ノエルは自室へと戻ってきた。
夜のテーマパークで遊び回るというのは貴重で楽しい体験ながら、仕事終わりから続けてとなれば疲労は半端ない。
玄関をくぐり、鍵を閉めた。
ヒールを放るように脱ぎ、ダイニングを超えるまでに上着とスカートを放り投げる。
壁にはいくつものポスターが貼られ、机や棚の上にはフィギュアが並ぶ。複数の本棚にはぎっしりとコミックが敷き詰められていた。
それらを眺め、癒しを得る。
いつもならそのままベッドに倒れこみ、今日ほどの疲れなら朝まで目を閉じたままでいるのだが、ノエルはふらつきながらも押し入れの前に歩み寄った。
――ああ、頭が痛い。
これほど明確に痛みを自覚したのは、いつからだろうか。思い出せないけれど、頭痛がひどくなった時期ははっきりとわかる。
(あの人たちが、現れてからだ……)
おそらく〝別の世界〟よりやってきた、『魔法』を操る者たち。
ふすまに手をかける。
静かに、引き開けた。
なにもない、空っぽの空間。
荷物が置かれていない、のとは明確に違う。そこは深くて冥い淵であり、真なる〝異界〟へとつながる場所。
「――」
震える声で詠唱する。
この国の言葉でもなければ、この世界の言葉ですらない。
音もなく、ただ明滅する光とともに『深淵』から何かが飛び出してきた。
彼女の周りに、いくつもの半透明ウィンドウが浮遊する。
ぐるぐると回るそれらのひとつひとつを視界に捉えるたびに、現状を把握していった。
映っているのは文字の羅列。
様々なグラフに図形。
そして、ダンジョンのリアルタイム映像だ。
(やっぱり、もう四十層を越えられている……)
ずきりずきりと頭が痛む。
ダンジョンを単身で進み続ける謎の黒い人物。もっともその正体は明らかだ。
正規の手順を踏んではいない。だがそれは日本政府が決めたもので、ダンジョンのルールにはなんら抵触していなかった。
ただただ、迅い。
そして強すぎた。
ダンジョンのエリアボスには戦う資格を得るための条件がある。
それらのいっさいを無視し、凌駕し、次なるエリアへの扉を開いた。
もはや止める手立てがない。
いかなる妨害も、彼には通用しそうになかった。
それでも――。
「絶対に、攻略はさせない。何が何でも止める。ダンジョンマスターたる私が、必ず――ッ!」
ノエルは血を吐き出すように、決意をこめた――そのときだ。
「ぅ、ぐぅ……」
膝を折る。
割れるような激しい痛みに、意識が飛びかけた。
視界の端。
深淵が蠢く。
半透明ウィンドウの一部の映像に、異変が起こっていた。
(なに、これ……? 世界が、変わって――ッ!?)
意図しない動きだ。
慌てて止めようとしたものの、頭痛がひどくなるだけでまるで受けつけなかった。
いったいなぜ? との疑問が浮かんだ次の瞬間。
目の前が、暗転した。
思考が沈む。
必死になってほんのわずかを手繰り寄せ、理解する。
(すこし休め、ですって? たしかに、今まで寝たことなんてなかったけど……)
これはあまりにも強引ではなかろうか。
(待って。さすがに自我が芽生えたばかりのあなたに任せるわけには――っ!?)
ダメだ。
許可できない。
諭すように、叱るように、どうにか説得を試みるも。
なにひとつ、届かない。
無垢で無邪気で、無慈悲。
その奔流にノエルは呑まれ、
ぷつん。
強引に、今度こそ意識が刈り取られた。
ノエルが目を覚ましたのは、夜が明けてすぐだった。
けれどそのわずかな時間で、トウキョウ=ダンジョンは大きく変貌したのだった――。




