招かれたカモ
「は、はは、ハルトさん!」
今日は配信がお休みだ。
リビングのソファーで明日以降の準備をしていたら柊さんが慌てた様子でやってきた。
やたら豪奢な封筒を掲げている。
「なななんとっ! 『ワンダー・クラウン・パーク』のナイトセレブリティパスをいただいちゃいました!」
「それってなあに?」
なぜか俺の横に座っていたユリヤが興味津々で尋ねる。
「通常はその名の通り、限られたセレブリティな方々しか手にできない超貴重なチケットなんです。それがなんと来場者を対象とした抽選で我々のような一般人にも――」
延々と語る内容を要約すれば。
先日、お姉さん組で遊びに行ったテーマパークから、そこの夜間貸切イベントに参加できることになった、ということらしい。
特定の期間に事前申し込みした日にちで、最短は今夜だそうな。
「で、郵送とかメールとかじゃなく柊さんのお宅に直接担当者がやってきてそれを手渡した、と」
「滅多にないことですよね」
「イベント内容は『魔法少女たちとの素敵なひと時をあなたに』っすか」
「きっとシャルロッテさんやユリヤさんが喜びますよ」
にっこにこで興奮ぎみな柊さん。
「見事に釣れたなあ」
「はい?」
いや、こっちの話です。
「まあ、滅多に体験できないんなら行って損はないでしょうね」
「損どころかメリットしかありませんよ。あ、ノエルちゃんも誘っていいですか? この間一緒に行ったのがきっかけですし、もしかしたらあの子のツキがここに来てようやく高まったとかそんな気がしてるんですよね絶対そうですよ!」
鼻息荒い柊さんをあしらいつつ、俺はみんなに今日の夜は楽しいイベントに参加するぞ、と伝えて準備を急ぐのだった――「本当に楽しい夜になりそうね」
いきなり後ろから話しかけてこないで。
しかしほんとこいつ、この手の嗅覚が鋭いよなあ。
で、夜になって動きやすい服装になり、一人を除いて都内の中心部にあるテーマパークにやってきたわけだが。
「本日はようこそお越しくださいました♪ 『ワンダー・クラウン・パーク』、ナイトセレブリティパーティーへようこそ!」
誰もいない入り口を前にして、スタッフの女性がいつもより高級感のある服装で出迎えた。
ちなみに、
「仕事帰りっすか?」
俺の横には、お隣の長耳さん(俺にしか認識できてない)がいた。
「ええ、場所と時間だけ伝えられて何事かと思いましたけど、こういうことだったんですね」
「ごめんね、ノエルちゃん。さ、サプライズ、みたいな? ぇ、へへへ……」
「なら成功ですね。とてもびっくりしました」
なんとなく皮肉に聞こえなくもないが、柔らかな笑みからは本心だと感じられる。
この人って柊さんにめちゃくちゃ甘いよな。俺が同じことやられたらふつうにキレるぞ。いや、無視して絶対に来ないか、うん。
などとやっているうちに、真っ暗な入り口を通り、そのままずんずんと園の奥へと案内される。
どうやらストーリー仕立ての参加型イベントのようで、女性スタッフは先頭を行くシャルとユリヤ、さらにその後ろをついてくるみんなに声高らかに語っている。
「あれれ〜? おかしいですねー。今夜はたくさんの人を招いて華々しく賑やかにお楽しみいただくはずなのに、あちらも! そしてこちらも! まったくライトアップされていません」
事実、アトラクションにはいっさいの光がない。
やや大袈裟な演技だけど、シャルやユリヤは目を輝かせているし、フレイは「むむぅ、何かがおかしい……のか?」などと完全に入りこんでいた。
「もっと奥に進んでみましょう。でも気をつけてください。今夜はなにかが起こる、そんな気がしてなりません」
女性スタッフは緊張感をかもしながらずんずん進む。
俺たちもそのあとをついていく。と、常に俺の真横に並んでいる天由良さんがボソリと言った。
「あの、まさか本気でこの場を楽しみに来たわけでは、ありませんよね……?」
おかしなことを訊くもんだ。
「もちろん、楽しみに来てますよ?」
俺の言葉に、ノエルさんは「は?」と目を見開いて、
「なにを考えてるんですか!? こんなのあからさまに罠じゃ――」
パパパパパッ!
強烈な光が俺たちを照らす。
いくつものスポットライトがこちらへ向けられていた。
ぞろぞろと重装備の連中が姿を現す。見るからに特殊部隊な武装集団だ。
けど手にしているのは警棒とか、一見すると銃に見えるがどうやら電気銃っぽいな。
「ようこそ、改めて歓迎しますよ。ヒイラギ探究者事務所の皆さん」
武装集団の後ろから、緩やかな足取りでやってきたのは顎髭をたくわえた精悍な中年男性だ。ぴしっとスーツを着こなす彼は、いや誰?
「騙すような真似をして申し訳ございません。またこのような無粋なお招きとなったことは、私自身も心痛めておりますが、どうかご容赦願いたい」
慇懃な話ぶりで大仰に頭を垂れる男の前に、イリスとマリアンヌお姉ちゃんがずいっと進み出た。
「前置きはいらない。ボクたちになにかしら要求があるのだろう?」
「こんな回りくどいことをして、何が目的なのですか?」
男は体を折り曲げた状態からゆるりと上体を持ち上げた。歪な笑みになり変わる。
「簡単なことですよ。貴方がたが持つすべてを! ええ、貴方がた自身をも含めて、我らにお渡し願いたいのです。もちろん! 待遇に関してご心配には及びません。贅の限りを尽くせるほどの報酬も、ご用意させていただきます」
その言葉に嘘はないだろう。
億どころかその十倍、あるいは百倍の額を提供することも連中には可能かもしれない。
が、『嘘がない』のは前半部分も含む、というのが大問題だ。
「断れば?」
イリスが無感情に問う。
「許すとでも?」
あちらも無感情な笑みで返す。
イリス、マリアンヌお姉ちゃん、さらにはリザが一触即発の緊張感を高める中で。
「兄上さま、これは、その、どのように解釈するのがよいのでしょうか……?」
シャルがとてとて寄ってきて、俺の袖をぎゅっとつかんだ。
ぽん、と。
シャルの頭に手を乗せる。
「ネタバレになっちゃうから黙ってようと思ったんだけど、実はさ――」
いたずらっぽい笑みを作りながら、シャルの耳元に告げる。
「このイベント、俺も一枚噛んでるんだよね。だから、な?」
続きを語る必要はない。
シャルも当然、わかっている。
けれど俺はあえて言った。
「このテーマパークは悪の組織に乗っ取られたらしい。でもって偶然この場に居合わせた魔法少女がいたら、どうする?」
きょとんとしていたシャルの顔が、ぱあっと喜色に染まる。
「なるほど! このイベントはそういう趣旨なのですね。まさかイリスさんやマリアンヌさままでひと役買っていたとは」
シャルはうんうんとうなずいて、期待に満ちた瞳で見上げてきた。
「であれば、よいのですか? 今、ここでやっても!」
「ああ、存分にやるといい」
俺たちの会話を聞いていたのか、ユリヤも魔力を高めたのを感じた。
二人、視線を交わす。
うなずくや、それぞれ小さな魔法のステッキを取り出した。
ピンクと金の光があふれる。
配信ではおなじみの変身シーンが、月の灯かりをかき消すほどまばゆく行われた。
「バ、カな……。なぜ……? ここは、ダンジョンでは……」
驚き慄くひげの男はしかし、すぐさま号令を下す。
「確保しろ!」
何人かが電気銃を構えるや、瞬きの間もなく引き金を引いた。
ビュオ――ンッ!
冷気をまとった突風が起こる。
電気銃から飛び出した針は、それがつながるワイヤーともども旋風に捲き上げられた。
発射と同時に警棒を持って飛び出していた者たちの足が止まる。
さすがはリザ。シャルへの悪意には対応が速いな。
「あら、動いてなくていいの? 楽な的になってしまうわ」
ユリヤは両手に握ったトンファーをくるくる回し、左右の腕を振るって風の刃を打ち放った。
いくつもの風刃は狙い違わず警棒を弾き飛ばしていく。
「む? つまりはどういうことだ? なんだか知らんが、ヤればいいんだな!」
フレイが両手に炎を生む。うん、こいつはちょっと抑えたほうがいいか?
「ま、さか……。まさか! ダンジョンでなくても『魔法』が使えるのか!?」
ひげの男は鬼の形相で叫ぶ。
リサーチ不足だぞ。俺らわりと頻繁にダンジョンの外でも魔法使ってるんだけどな。
ん? 男の口元に、うっすら笑みが見て取れた。
「ならばこちらも本気を出さねばなるまい。プランCに移行する!」
掛け声に呼応して、アトラクションの影からわらわらと、今までの倍の数が現れた。
その手に握られているのは、
「こ、ここは日本国内ですよ? なのに、アレは……」
ノエルさんが絶句する。
この人ってファンタジーな見た目(なのは俺にしか認識できていないが)なクセにわりと現代文明に詳しいよな。
まあ日本に住んでるなら当たり前か。けどなんかギャップで脳がバグる。
さておき。
連中が手にしてこちらへ向けているのは、おもちゃじゃなければ小銃とかそんな感じの殺傷能力のある銃火器――その銃口だ。
銃とかよくわってないはずのイリスやマリアンヌお姉ちゃん、フレイやリザも緊張感が数段上がった。
魔法とは違うけど、アレが危険なものであり、躊躇なく自分たちへ使われることを察知したのだろう。
「兄上さま!」
シャルの声が届くと同時。
パシュンッ!
どうやら俺の脚を目がけ、一発の弾丸が放たれた――。




