精いっぱい楽しもう
久しぶりの休日の朝。
天由良ノエルは困惑していた。
恩人が訪ねてきたと思えば玄関先で土下座していたからだ。
「あ、あの、牡丹さん? これはいったい……」
「お願い、ノエルちゃん。これから付き合ってほしいの」
ノエルは首をひねる。
「べつにそこまでしなくても、いっしょに出かけるなんて珍しくないですよね? 何か特別な理由があるんですか?」
牡丹はがばっと顔を上げる。長身なので思いのほか顔が近い。
「そう、あるの。海よりも深い、切実な理由が!」
鬼気迫る牡丹の圧力に、ノエルは――。
都内の中心部。
電車を降りての道すがら。
「こうして出かけるのはこちらへ来た日以来でしょうか。相変わらず王都とは何もかもが違いすぎて圧倒されますね」
「ああ、ボクもそうだ。魔法とは違う技術で発展したとのことだけど、これほどの繁栄を誇っているのは驚きとともに羨ましくも思う」
背後からそんな会話が聞こえてくる。うち一人が声をかけてきた。
「今日はありがとう、牡丹、ノエル。不慣れなボクたちの案内をしてくれて」
「いえ、とくにやることもなかったので」
案内役をお願いされたのは牡丹だけだったが、「か、仮にも王族の方を案内するのに私一人では不安で不安で……」とよくわからないことを述べ、助けを求められた以上は断れず、今に至る。
(王族……どこかのお姫様がお忍びで? いえ、考えるだけ不毛ね)
ノエルは先頭を歩く二人組を見る。
赤い髪の長身の女性。もう一人は青い髪の小さな女の子。後者は見た目に反し年齢が高いらしく、牡丹は「ちゃんと成人の年齢らしいよ。うん、成人……」と遠い目をしていた。
ノエル的には赤髪の女性の方が気になっている。
(あの耳と尻尾は、なに? 初めて見たときはなかったはずだけど……)
コスプレ趣味なのだろうか? 日本国内ならすこしばかり奇異の目で見られる程度だろうが、自信に満ちた態度はすこし羨ましい。
と、視線を感じて目を向ければ。
じーーーーっ、と。
青髪の少女が顔だけ後ろに向けていた。
「な、なんですか?」
「……本が好きと、聞いた」
「へ? ぇ、ええ、まあ、そうですね……」
「帰ったら、おすすめの本を教えて」
頭の中に浮かんでは消える大量の表紙はすべて少女コミックス。
いいのだろうか? すでにシャルロッテたちから自分の趣味は伝わっている様子だ。そのうえで「おすすめを教えて」と依頼されたのなら、つまりはそういうことでは?
同志獲得のチャンスではあるが、この手の話は引かれたら終わり。慎重に見定めなければ!
などとぐるぐる考えていたら、目的の場所に到着した。
『ワンダー・クラウン・パーク』
都内でも屈指の、都市型テーマパークである――。
謎の魔法使い四人+ノエルを前に、牡丹が悲愴感を漂わせて懇願する。
「い、いいですか、みなさん。魔法は、ぜぜぜ絶対に、禁止です。騒ぎになれば、すぐにここを出て行かなければなりません。それだけはどうかっ!」
マリアンヌやイリスフィリアは落ち着き払って同意している。一方でフレイとリザは『そうね、守るよ? でも場合によっては臨機応変にねー』とでも言わんばかりにあらぬ方向を眺めていた。
(魔法……か。やっぱりこの人たちも使えるんだ)
巷どころか世界を騒がすダンジョン探索系魔法少女の二人組。
その仲間である彼女らが、魔法を使えても不思議ではない。実際、この場にいる四人は二十層をもすでにクリアしているのだ。通常の攻略速度からすれば信じられないスピードだった。
ちょこちょこと牡丹が寄ってくる。
「ノエルちゃん、今日はありがとうね。急に無理なお願いしちゃったのに」
「いえ、むしろ嬉しかったです。こういうところには来たことがありませんでしたから」
「そうだったんだ。でもよかったあ。アレを伝え忘れてたのに来てくれたから」
アレ? と首をかしげたノエルに、牡丹はにこにこ顔でスマホの画面を見せてきた。
「ほら、これ。ノエルちゃんが好きなマンガのコラボをやってるみたいなの――ってぇ!?」
ノエルは思わず牡丹の手首をつかんだ。食い入るように画面を見る。
たしかに自分が推しているマンガの、しかも〝推し〟がメインのコラボだ。
辺りを見回す。
平日というのもあって、家族連れではなくカップルや大学生くらいの若者が多い。その中で、バッグに〝推し〟のぬいや缶バッジがちらほらと。
(ぜんぜん、知らなかった……)
言い訳をするならば、リアルイベント系の情報はあえて遮断していた。時間的にも金銭的にも、追えば何かを犠牲にしなければならなくなるからだ。
「牡丹さん、ありがとう」
「ぇ、泣くほど? と、とにかく、いっぱい楽しもうね」
引きつったような笑みに、こちらの頬も綻んだ――。
イリスフィリアたちは絶叫系には慣れっこなのか、一度乗ればもう満足、という感じだった。
代わりに室内型のアトラクションには興味津々で、お化け屋敷では驚かせにきたお化け役を本気で迎撃しようとして全力で止められていた。誰とは言わないが。
お昼をすぎるまで遊び倒した。
カフェエリアではコラボメニューがあり、ノエルはそちらを堪能する。
あまり多くは語らず、ただそれとなくみんな違うメニューになるよう誘導しておまけのコラボグッズを人数分の種類、集めるのに成功していた。
デザートに頼んだほろ苦いガトーショコラを口に運ぶ。
「けっこう美味しいね」
横からの声に目を向ければ、牡丹がぎこちない笑みを寄越していた。
ふいに、三年前を思い出す。
あの日、どうあっても助からないと死を覚悟していながら、無様にも地べたを這っていたとき。
救われた。
この人の父親に。
名をもらい、仕事と住処も与えられ、でも何も返せないうちに恩人は亡くなった。
牡丹を代わりだとは思っていない。
彼女にも――あの不器用な笑みにも、自分は救われたのだ。
絶望の中で生きる勇気と、明日への希望をくれた。
だからいつか、この恩に報いたい。
(でも、いつになるんだろう。今のままじゃ、私は――)
うつむいていたところ、ぐいっと顎を持ち上げられた。
「なにを辛気臭い顔をしている。ここは楽しむところらしい。貴様、楽しくなかったのか?」
フレイはテーブルを乗り越えんばかりに腕を伸ばしていた。
楽しいか?
その質問に困惑しながら横を向けば、牡丹がやはりぎこちない笑みを送ってきた。
思えば忙しい毎日だった。
必死で生きてきて、楽しみと言えば少女マンガを読み耽ることくらい。
牡丹と出かけるときは『誘われてついていく』ばかりで、自分から誘ったことなど一度もなかった。
(ああ、そうだ。今までそんなこと、考える余裕もなかったから)
今だって誘われて来たのであって、自分の意思というものが欠落している。それでも――。
「こんなに楽しかったのは、生まれて初めてかもしれません」
心の底から、そう思う。
「そうか、ならばよし。さあ、腹を満たしたならより楽しまねばな!」
フレイが快活に笑う。
急に恥ずかしくなって顔を背けると、そこにはイリスフィリアやマリアンヌの笑みや、ふだんは無表情のリザまでも口元を緩ませていた――。




