ちょっとお休みしてみたら
300話!
区切りなのになんもしなくてすんません……
「兄上さま、『ダンジョンの様子がおかしい』といったコメントをよくみかけますけど、これはどういうことでしょうか?」
朝食を終え、シャルが唐突に尋ねてきた。
そもそも俺たちがダンジョンに入り始めたのはつい最近だ。これまでと様子がおかしいと言われてもピンとは来なかった。
が、配信コメントやSNSでこのところ話題に上がってきたので、シャルも気になったのだろう。
「あー、なんか魔物の行動パターンとかが変わったり? そんなもんらしいぞ?」
俺的にはまったく興味がなかったので大した話はできなかったのだが、ユリヤが横から解説する。と言ってもまあ、俺の認識にちょっと補足が入ったくらいだ。
「もしかして、何者かがダンジョンのシステムに干渉を試みているのでは……?」
シャルちゃんは真剣な面持ちでつぶやく。可愛いね。
「わたくしたちの進行を阻むべく、第三の勢力がついにその姿を――ああ、いえ、まだ現してはいませんね。でもきっと! これからその全貌を!」
「あら、それは楽しそうね♪ いつ現れてもいいように、別の必殺技を考えておく?」
なにやら興奮ぎみの我が天使と、茶化さず受け止めて話に乗ってくれるユリヤ。
このところは生配信やその準備でダンジョンに潜ってばかりだったな。
実はわりとお疲れなのでは?
そうでなくても健康なお子さまならお外で遊ぶのがいい、と常々思っていたので。
「今日は配信を休んで外に遊びに行くか」
そう言ってみた。
シャルが目を輝かせる。
「はい! 行きたいです!」
「わたしも行っていいの?」
来たいなら来ていいよ、と答える俺。
もともとダンジョン攻略は元の世界に帰るためにやってはいるが、せっかく現代日本(みたいなところ)に来てるんだから、この世界を楽しむのもアリだよな。
というわけで――。
どこに行きたいかと問えば、ユリヤとの協議の末。
「お、大きいです。それでいてもふもふです。さ、触りたいです……」
感動で打ち震えている我が妹シャルロッテちゃん。
視線の先はぶ厚いガラスの向こう側、白黒の大きな毛玉もとい生物、パンダである。つぶらな瞳はどこを見ているのか、ぼけーっとしていた。
でも、そうか。触りたいのか。もふもふだもんな。よおし、お兄ちゃんに任せろ!
「やめておきなさい。わたしも欲望には忠実な方だけれど、無茶をしてシャルがどう感じるか、でしょ?」
ユリヤに小声で注意された。
冷静になって自制する俺。けして注意されたからではない。
「ユリヤ、次はどこに行きましょうか!」
「そうね、あっちにゾウやキリンというのがいるわ」
行きましょう! と元気よく駆け出すシャルちゃんかわいいね。
さて、俺たちはいわゆる動物園に来たわけだが、ここは日本ではない。
俺はせっかくなのでと、世界各地にどこまでもドアを設置していた。なにせ日本じゃほら、気軽に外を歩けないからさ、有名人だし。俺は違うけど。
というわけで周りはすべて外国人なわけだが、
『なあ、あの子たちってダンジョンの配信やってる子たちじゃないか?』
『魔法少女だわ』
『日本にいるんじゃないのか?』
シャルちゃんとってもグローバル! ちなみに翻訳機能付きの結界で話し声はわかるのだ。
日本にいるのとあんま変わんなかったかも?
とはいえド派手に騒がれているわけでもなし、無視して楽しもうじゃないか。
で――。
「お鼻が長いです! あっ、器用にお鼻でリンゴをつかみましたよ!」とか。
「首が長いです! ほぉ~、ああして高いところの葉っぱを食べるのですね」とか。
シャルちゃんはめちゃくちゃ楽しそうだ。
ただちょっと意外だったのが、
「お前もわりと楽しそうだよな」
ユリヤはとてもにこにこしている。いつも笑っていると言われればそうだが、今は作ったような笑みとは違うような気がするのだ。
「楽しいわよ? 意外なの?」
「ぶっちゃけ珍しさで言えばダンジョンの魔物のほうが上な気がするからな」
「あれは生物ではないでしょう? ま、元の世界の魔物たちもこちらと比べればユニークではあるわね」
「それなのに楽しいのか?」
「あなたと一緒よ」
言ってる意味がわからなかった。
「この場を全力で楽しんでいる子を見ているのが楽しいの」
言ってる意味を完全に理解した。
「しかし前から不思議だったんだが、なんでシャルにそこまでご執心なんだ?」
「あなたに言われるのは心外ね。でもまあ、そうね。わたし自身、実は不思議だったの。面白い子だなあ、というのは初対面からあったのだけど……うーん」
ユリヤは上目に俺をじっと見る。
「あなたの影響が大きい……のでしょうね。以前も今も、とんでもなく高度な魔法具を惜しげもなく与えているでしょう? 誰にも再現できない魔法具を作れる誰かさんが、それほどまでに寵愛を注ぐ彼女は何者なんだろう? ま、後付けに感じてしまうけれどね」
つまり、どういうことだ?
「わたしにもよくわからないってこと。いいじゃない。一緒にいて楽しいって、それだけで十分な理由だわ」
それはまあ、そうだな。
「ユリヤ、あっちに大きな動物がいますよ。行ってみましょう!」
「ええ、にしてもシャル、あなたって大きな動物が好きよね?」
「え? そうでしょうか。自覚はなかったですけど」
小さいころから大型犬ならぬ大型狼と遊んでたからかな? あいつ、たまに元の姿に戻ってシャルを背に乗せ山を越えて母さんに怒られてたな、そういえば。
なんてことを考えていたら、あっという間に動物園を全制覇してしまった。
「まだ時間あるな。どっか行きたいとこあるか?」
ユリヤもシャル任せにしちゃっているから、シャルは腕を組んで考える。待つこと五分。
「本屋さんに行きたいです!」
このチョイスが、まさかあんな事態を招くなんて! というほどでもないのだが。
本屋なら世界中どこにでもある。
が、シャルが望むものはやはり、日本でしか満喫できないだろう。
というわけで、都内の大型書店に赴いた。
サブカルチャーの本を多く扱うところだ。ぶっちゃけ危険地帯もあるのだが、俺はそこを巧みに避けて見事、目的地まで到達したのだ。
「マンガコーナー」
不思議アイテムを出すみたいな感じで言ってみた。
「ふおぉぉぉ……、す、すごいです、これがぜんぶマンガ本なのですね」
大型動物を見たときみたいにシャルちゃんは感動で打ち震えている。ホント可愛い。
「シャルの好きそうなジャンルはそっちかな」
いわゆる少年マンガというやつで、厨二心をくすぐるものがたくさんある。
「で、あっちは少女マンガだから、シャルの好みとはすこし外れ――」
俺は指差した方向を見て、言葉に詰まった。
指先が向かった先では、ちょうど本棚の前でしゃがみこみ、両手に単行本をそれぞれ持って真剣な眼差しで交互に見比べている人がいた。その脇には、大量に単行本や雑誌が投入された買い物かごがある。
ふと、自分へ向けられる視線に気づいたのか、その人物がこちらを見た。一瞬だけ呆け、長い耳を真っ赤にするや、はわわわっと狼狽する様に変わる。
まだ、見なかったことにはできそうだった。
でも、次の瞬間には叶わないと知る。
「ノエルさん、奇遇ですね。どんなマンガを――」「ちがうの!」
何も違わないと思うが、俺は傍観に徹する。
「た、たまたま! 本当に偶然本が読みたくなっていろいろ物色していたらここへ迷いこんでせっかくだから面白そうなのはないかなって見ていただけなの!」
丁寧な口調が変わるほど動揺している。
「ずいぶんたくさん買われるのですね」
「これもちがうの!」
べつに隠すようなことかな? まあ大人になるといろいろあるのかもしれない。見た目は俺らとさほど変わらんけど社会人だしな。
隠すと言えば、この人の耳の件を保留にしたまんまだったな。
いや、隠しているのかは知らんが、もしそうなら訊きにくいし、ここは俺が転生前にいた世界とはちょっと違うから、もしかしたらエルフを迫害する風潮があったりするのかもしれん。
うん、保留のままにしておくか。
けっきょく。
なんだかんだでマンガの話で意気投合し、シャルはおすすめの少女マンガを読ませてもらう約束もしてご満悦。
いい休日になってめでたしめでたし――。
「ねえ、あの子たちって」
「ダンジョン配信の?」
「魔法少女!?」
身バレしかけて退散しました。




