悪だくみにはインガオホー
翌日の夕方。
ダンジョン管理局の総合受付に、彼らはまたもやってきた。
受付にいたノエルは呆れたように皮肉を投げる。
「いつもは事務所から事前に申請がありますけど、昨日も今日も急なお仕事で大変ですね、『蒼穹四騎士』のみなさんは」
リーダーの赤髪の青年が、にらみつけながら受付カウンターに身を乗り出す。
「連中は今日も入るんだろ? 何層を攻略しに行くのか教えてくれよ。あいつら、今日に限って配信告知で場所を書いてなかったんで、こっちは困ってるんだよ」
「昨日、貴方がたが生配信に突撃しようとしたのに気づいたんでしょうね。当然の対策です」
「御託はいい。早く教えろ」
「……他の探究者が提出した探索計画申請書の内容をお伝えすることはできません」
ノエルはきっぱりと突っぱねる。
ドンッ! と赤髪の青年はカウンターにこぶしを叩きつけた。
「俺らが誰だか知ってるよなあ? 蒼穹四騎士様だ。四の五の言ってねえでとっとと教えろや!」
ノエルは一瞬だけびくっとしたものの、毅然と青年を睨み返した。
「リーダー、ちょっと興奮しすぎだって」
「落ち着きたまえよ」
「らしくないな」
他のメンバー三人が諫めるも、赤髪の青年はノエルから視線を逸らさない。
と、ノエルの背後から細身の中年男性が慌てた様子で駆けよってきた。
「ちょ、ちょっと天由良君、ダメじゃないか、探究者たちにそんな態度を取っちゃぁ」
「しかし課長、規則では――」
「探索計画なんてそもそも形だけのものじゃないか。それにほら、彼らはその、大手だから、ね? さ、お話はこちらで伺います」
課長の男性は卑屈に青年たちを別の窓口に案内する。
赤髪の青年は勝ち誇ったようにノエルを一瞥すると、課長の促す方へ去っていった。
ノエルは膝の上で小さなこぶしを握り締め、かすかに震えるのだった――。
十六層ともなればかなり広い。一層の十数倍の規模になる。
シャルロッテたちの探索計画申請書によれば、彼女たちは十六層のスタート地点からまっすぐ十七層への下り階段まで進むらしい。
生配信を始めて最初に魔物たちと遭遇するポイントを精査し、『蒼穹四騎士』の四人と撮影スタッフ数名は待ち伏せすることにした。
大樹が生い茂る鬱蒼とした樹海。
よくわからない何かの鳴き声が響き渡っている。
「この辺りってヴァイン・エイプが出るんだっけ?」
「すばしっこい上に木々が邪魔するから、エレガントに戦えないんだよね」
昨日はついてこなかったメンバーの二人。
明るい金髪で少年のように幼い顔立ちの青年。ヘッドホンを首に置き、弓をいじっている。
プラチナブロンドで青い瞳のハーフ。騎士然とした出で立ちで大きな槍をうっとり眺める。
「予定通りなら配信が始まって十分経つ。そろそろ来るぞ」
赤髪のリーダーは双剣を手にしていびつに嗤う。
「やっぱ今日のリーダーって変だよね?」
「何かあったのだろうけど、言ってくれないからね」
「……」
小声で肩を竦める二人を、和装の剣士、黒髪の青年は黙して見やる――そのときだ。
「気をつけろ、魔物の方が先に来たようだ」
薄暗い樹木の陰に、妖しく光る黄色い眼が二つ。さらに四つ、六つと増えていく。
ゆるりと姿を現したのは、長い手を持つ猿型の魔物だった。体高は子どもほどだが、両手を広げればその倍以上になる。チンパンジーのような見た目ながら、鋭い牙を持っていた。
この辺りで出現する魔物としては一般的だ。
「ちっ、数が多いな」
見たところ十体は超えている。
「面倒だけど、どうせ一度に襲ってくるのはせいぜい五匹だし、さくっとやっちゃおうよ」
弓使いの青年は笑みを絶やさない。
「あの可愛い子猫ちゃんたちに残しておくかい? それとも、押しつけてしまう? ああ、それがいい。そしてボクが颯爽と現れて助けるんだ。『ケガはないかい? 子猫ちゃんたち』ってね!」
巨槍使いの青年はうっとりと笑う。
「……? 待て、なにかおかしい――ッ!?」
腰の太刀に手をかけた青年が、驚きに目を見開いた。
猿型の魔物たちは十数匹が集まっている。そのすべてが、一斉に動き出したのだ。
この魔物は三から五体での連携を得意とする。数匹での攻撃が行われている際は、他のヴァイン・エイプは樹木の陰から覗き見ているだけで、襲撃したものたちがやられて初めて、残りからまた数匹が探究者たちに襲いかかる特性があった。
「慌てんな。いつもと違うっつってもそんな大した数じゃ――は?」
赤髪のリーダーは双剣を構えたまま、固まった。
「なんか、まだ増えてるん、だけど……?」
「多すぎ、ないかな……?」
弓使いと槍使いが、背中合わせに硬直する。
彼らの周囲をぐるりと、五十体にも上るヴァイン・エイプが取り囲んでいた。そのどれもが樹木の陰から姿を現し、牙を剥き、長い手に石や棍棒を握りしめ、今にも襲いかかってきそうだった。
実際、すべてが動いた。
五十体もの魔物が、探究者たちに襲いかかったのだ――。
ユリヤは遠く、叫び声を聞いた。
悲痛な声音は続いていて、助けを呼ぶものだとすぐにわかった。
進路上ではあるが、すこし角度を変えれば声が聞こえぬほどには離れる。
だから無視して通り過ぎても、誰からも非難されないだろう。ただ、のちに誰かの死亡報告がなされ、それがこの時間帯のこの辺りだというのが明らかになったら――。
(シャルがどう反応するかってことよね。きっとハルトはそれを考える)
他人がどうなろうと知ったことではないくせに、シャルに負の影響があるなら何を捨ててでもその可能性をつぶしていく。
だというのに――。
(ハルトは動かない、か。なるほどね)
ユリヤは空を翔る中、並走するドローンカメラに向かって言った。
「ねえ、今あっちから悲鳴が聞こえなかった?」
「ほえ? なにか、聞こえましたか?」
「誰かが助けを呼んでいるわ。シャル」
真摯な瞳を向けると、シャルロッテはハッとして表情を引き締めた。
「はい、すぐに助けに行きましょう!」
二人の魔法少女は速度を増す。
シャルはステッキを、ユリヤはトンファーを握りしめた。
(要するに、救助する場面を『取れ高』ってのにするつもりなのよね?)
探究者のピンチを救う正義の魔法少女たち。その絵が欲しいのだろう。
シャルロッテが悲鳴を捉えたのはすぐだ。
「あそこです!」
枝葉の隙間から、火花が散る様子が見えた。剣や槍を振り回す者たちと、石を投げたり棍棒を振るう猿型の魔物たちの姿も捉える。
(あら? あれって……)
十名近い人がいる。その中で主に戦っているのは四人だけだ。残りはひとつに固まって、うち一人のスキルか何かでドーム状の結界らしきものを張り、魔物の攻撃を防いでいる。
(昨日ハルトに追い返された連中よね?)
実際に見たわけではないが、近くで何かしていたみたいなので問い詰めたところ、生配信に突撃を企てた不届き者二人を追っ払った、と語っていた。その二人の特徴が合致する。
ならどうして? とユリヤは首をかしげる。
(シャルと他の誰かをコラボさせるのを頑なに拒んでいたわよね? 昨日の件もあるし、ここでわたしたちが介入したら、あいつらの思うつぼじゃないの)
との疑念を、自身の片割れと共有してみた。
『シャルロッテの自主性に任せるようだな。とくに指示はないが、ある程度のサポートは奴がするつもりらしい。シャルロッテには気づかれないようにな。となればユリヤは、シャルロッテに合わせていれば問題ない』
頭の中で声がする。
きちんと示し合わせていないのに呆れるも、こうしたイレギュラーは大歓迎だ。
(それじゃあハルト、見せてもらうわ)
金の瞳が妖しく光る。
(わたしを道化にするのだから、ちゃんと楽しませてよね)
ユリヤはシャルロッテと並んで、樹海の中に突っこんだ――。




