舐めているのはどっちかな?
本当に舐めた連中だ。
探究者事務所『オリオン・プロダクション』に所属する四人組のリーダーは、隆起した大樹の根に腰を下ろした。
ここは十三層。原生の森林地帯だ。
待つこと一時間。付近の魔物は一掃している。
思考を回した。魔法探索少女とかいう妙な二人組の女についてだ。
前回の初配信では十層のエリアボスを倒したあと、一層で赤色ドロップアイテムを品定めしたかと思うと、『いちおう申請どおりに』と十二層を易々と突破し、配信を終えた。
(一層進むのに早くて丸一日コースってのがダンジョンの常識だ。なのにあのガキども……)
今日の夜十八時からの二回目の配信では、十五層まで攻略する予定らしい。
本当に、ダンジョンを舐めているとしか思えない。
(だいたい『魔法』ってなんだよ? てかあいつら、本当にレベル1で十層のエリアボスを倒したってのか?)
考えてみれば、おかしなことばかりだ。
未成年どころかローティーンにしか見えない二人組。あらゆる通信が行えないダンジョン内で生配信を実現した。
(うさん臭ぇ。もしかしてコラボができない理由って……)
ダンジョンのルールはもちろん、なにかしらの法を犯して活動しているのではないだろうか?
身内以外と話せばそれをぽろっと口外してしまう危険があるからでは?
(なんかいろいろ辻褄が合うな、これ)
となれば正義は自分たちにこそある。
連中の秘密を暴き、仮に生配信が事実ならその技術を奪い取る。もちろん表向きは協業とするが、他の探究者事務所に流出するのを防ぐ意味でも、自分たちで独占すべきだ。
(けっきょくダンジョンってのは弱肉強食なんだよな)
管理局のルールとして、探究者同士の戦闘は認められていない。ダンジョン内でも日本の法律は優先されるのだ。
だが一方で、ダンジョン内では政府や警察組織の監視は行き届かないどころか、ほとんど機能していない。政府系の探究者に目撃されでもしない限り、十分に痛めつけてから魔物にとどめをささせる、なんてことも可能ではあるのだ。
(ま、さすがにやったことはないけどな)
加虐的にくっくっと嗤う。
その様子を不審に思ったのか、横を歩く青年が声をかけた。
「またよからぬことを考えているな」
深い紫の鎧に大太刀を携えた、和風な出で立ちの黒髪の青年だ。
「俺はいっつも悪いこと考えてるよ」
「……そうだったな」
話題が途切れた。相変わらず口数が少ないな、と赤髪のリーダーは苦笑しつつ話を変える。
「にしても、あとの二人はつれねえよな」
本来彼らは四人組の探究者パーティーである。
だが生配信の現場に突撃するとの話には、残る二人は難色を示した。
『ボクはボクの美しさ以外で困惑する子猫ちゃんたちをみたくないんだ』
『さすがに炎上しますって。やるなら一人で行ってくださいよ』
事務所の上層部に告げ口はしないだけマシか、とは思うも。
「二人ともオモシロキャラで売ってんのに、つまんねー奴らだよな」
愚痴のひとつも言いたくなる。
黒髪の青年は語らない。そうこうするうち、撮影用スタッフのひとりが目的の人物を見つけたと報告してきた。
ドローンカメラの映像がタブレットに表示された。
ダンジョン内では外部からの通信は有線でも行えないが、ダンジョン内で完結する通信は一部可能となっている。ドローンを操作したり、その映像を近くで受信したり。
「よく見えねえが、いるな。まだ変身してねえし、二人で話してるのか? てことは、まだ配信は始まってないか」
時計を見る。
連中の配信開始予定時刻まであと数分、といったところだ。
「そろそろ俺らが一掃した魔物が復活してくるころだ。連中が戦闘を始めるタイミングで共闘って流れがいいな」
てことは、とリーダーはぐるりと視線を回した。
「おい、お前ちょっと囮やってくれよ」
撮影スタッフの一人を指差す。
彼らもまた探究者ではある。ダンジョンに入るのだから当然だ。
しかしレベルは二人に比べて低い。戦闘向きのスキルもなく、基本は撮影に専念し、ときおり回復などでサポートする程度だ。
つまり、異を唱える立場にはなかった。
暗い表情で、指名されたスタッフは小さくうなずく。
彼はまだレベル30にも達していない。スキルやステータスを考慮すれば、六層あたりが適した実力だ。
魔物次第では一撃で致命傷もあり得る。
重い腰を上げた。
おそらくこの集団から離れれば、すぐに魔物に襲われるだろう。叫び声を魔法少女たちが聞きつけ、助けに入るのにどれくらいの時間がかかる? そもそも助けに来てくれるのか?
恐怖に震えながらも、本当に危険になればリーダーたちが守ってくれる。
そう信じるしかない自分に、涙がにじんだ。そのときだ。
「ああ、安心した。ただのクズなら遠慮しなくていいわな」
いくつもの声が重なったような、奇妙な声だ。
目を向ければ、全身真っ黒のボディースーツにヘルメット姿という、異様な人物が立っていた。
「なんだテメエ? 俺らになにか用かよ? てかいつの間に現れた」
リーダーが据わった目で問う。ゆっくり立ち上がり、背中の双剣を抜いた。
「俺は正義の味方だ。ゆえに悪を誅しに来た。そして現れたのは今だが、お前たちのマヌケ面は十分ほど眺めていたかな。実に無駄な時間だった」
饒舌に軽口を飛ばす黒い男に、紫の青年も太刀に手をかけ半身になる。
リーダーが一歩前に出た。
「俺たちが『悪』だと? 見てくれじゃあテメエのが悪者っぽいだろ」
なあみんな、とスタッフたちに声を向けると、何人かから乾いた笑いが漏れた。
(ったく、なんなんだよコイツ。こっちは忙しいってのによ)
魔法探索少女とやらの生配信に突撃しなくてはならないのだ。手間取ってはいられない。そもそもこの男、探究者登録しているとは思えなかった。こんな目立つ格好ならどこかで耳に入っているはずなのだ。
(となれば違法探究者か。どっかのバカが連れこんだな)
リーダーは片方の剣を軽く震わせた。
チャキリ、と小さな音を合図に。
ヒュン。
黒髪の青年が一足飛びに黒い男へ斬りかかった。
(あいつの抜刀スキルは俺でも避けられねえ。最悪止められはするが、吹っ飛ばされて体勢を崩されたまま二撃目で終いだ。ま、来るのがわかってりゃ対策のしようはあるけどな)
殺しはしない。
十三層まで単身で挑む実力があるのなら、一撃で死にはしないだろう。対人戦闘の言い訳は魔物と誤認したとかなんとか、あとでいくらでも考えられる。
だが――。
「なっッ!?」
ヒュオンッ、と。大太刀の刃が空を斬った。そこにいたはずの黒い男が、どこにもいない。
「いったいなにが起こ――ごぼぁっ!?」
背中に強烈な痛み。
赤髪のリーダーは前のめりに吹っ飛んだ。バランスが取れず、顔面で地面を滑っていく。
「ああ、すまない。商売道具は傷つけないつもりだったんだがな」
起き上がり、振り向くと、黒い男は片足を組んで座るような姿勢で、ふわふわ浮いていた。
(こいつも、空を飛べるのか?)
今の今まで思い至らなかった疑念が、頭の隅から押し寄せてくる。
秘密めいた魔法少女たち。謎の黒い男。生配信に突撃する直前、タイミングよく現れたのはなぜか?
(コイツ、あの連中の関係者か!)
心の中で叫んだ瞬間。
「うわっ!?」
「ああ! 機材が!」
「こ、こっちも!?」
撮影スタッフたちの驚き焦る声。
各種高性能ドローン。一台数百万はする高級カメラ。さまざまな撮影機材が、バラバラに破壊されていた。
「見たところそっちはただの従業員っぽいな。抵抗しなければ見逃してやる」
黒い男はそう告げて、
「だが、お前たちは許さない」
冷ややかに言い放った。
「な、なにがだよ、俺たちが何をしたって言うんだよ!」
黒髪の青年も続く。
「先に絡んできたのはそちらだ。姿から魔物と誤認したのは謝ろう。だが話し合う間もなく機材を破壊し、一方的に敵意を向けられても――」
「黙れ」
体が、固まった。
いや、透明な何かに覆われて身動きできない。薄く呼吸はできるが、声も出せなくなった。
「お前らは俺の逆鱗に触れた。それ以上を知る必要はない」
黒い男は以降、言葉を発しなかった。
(冗談じゃねえ。俺たちはレベル80を超えた、三十層にも迫るトップエクスプローラーだぞ。それが、こんなわけのわかんねえヤツに……)
そうして、蹂躙が始まるのだった――。
気がついたときには、例の生配信はつつがなく終わっていた。
連中は予定通り十五層の中ボスを撃破し、とっとと帰還したらしい。
赤髪のリーダーはスタッフたちの治療を受け、管理局窓口までやってきた。
「申請時間を大幅に超えていますね。まあ、なにかトラブルがあったのは見てわかりますが」
受付の女はいつものように淡々と仕事に向き合っている。
「いや、ホントごめんねー。俺らのせいで残業させちゃった? だったらお詫びに今度飯でも奢るよ。いい店知ってんだー。なんなら今から行く? 六本木に新しくできたとこがあってさー」
見た目はいいし政府の犬だ。こちらに惚れさせればいろいろ都合がよさそうだ、と何度も口説いてはいるが一向になびかない。
と、いつもはガン無視を続けるのに、今日は顔を上げて目線を合わせてきた。ようやくか? と思ったのも束の間。
「今日はずいぶんと心がこもっていますね。どのような心境の変化でしょうか。ああ、なるほど。都合よく動かしたい駒としか認識していない女に縋りたいほど――」
受付の女はどこか蔑むように言った。
「そうとう悔しい目にあったんですね」
屈辱だ。
あの黒い男も、この受付の女も。
(だいたいおかしいだろ。俺らがあんな簡単に動きを封じられるなんてよぉ)
きっと別の仲間がいたのだ。
特殊なスキルで背後から不意打ちしたに決まっている。スタッフに『抵抗するな』と言ったのは、あの人数に手を出されたくなかったからだ。
なら、次はこんな無様は晒さない。
残るメンバー二人を加えれば、絶対に負けるはずがない。
このままでは済まさない。絶対にだ。
次こそはかならず、吠え面をかかせてやる――。




