売りが神秘性なのはホントですよ?
最大手のひとつである探究者事務所『オリオン・プロダクション』。Nyaatube公式チャンネルでは、専属の探究者四人組による生配信が昼の時間帯に行われていた。
内容はチャンネルのメインである、録画したダンジョン攻略動画を鑑賞しながらリスナーとの会話を楽しむものだ。
「いやー、改めて見るとよ、俺、めっちゃカッコよくね?」
配信画面の右下に、上半身だけの男性四人が並んでいる。その左端、リーダーを自称する赤髪の青年がにこやかに言う。
攻略動画では、双剣で魔物と斬り結ぶ彼が映し出されていた。
この時点で同時視聴者数は五万に迫る。
ただ彼らもプロダクション首脳部も、この数字には不満を募らせていた。
「は? ちょっとコメ欄さあ、『いつもより少なくね?』ってなに?」
赤髪のリーダーがイライラをぶつける。
実際、彼らのダンジョン攻略動画の同時視聴では平均で七万ほど。ときに十万を超えることがあった。
そもそもダンジョンに入れる者が限られており、その中でもトップクラスの人気を誇る彼らは常に、配信者としても上澄み中の上澄みなのだ。
「今日はずいぶん荒れてるな」
「キミらしくないじゃないか」
「いやリーダーはいつもこんなもんっしょ」
他の三人が各々フォローに入り、リーダーは即座に気持ちを切り替え、総ツッコミを笑いに変えた。
そもそも原因は、わかっているのだ。
「そういやさあ、昨日からすっげー話題になってる子たち、いるよね?」
「ああ、魔法探索少女、だったか」
「いいよね、あの子猫ちゃんたち」
「てか魔法ってなんっすかね? スキルちゃうんかいって」
突如現れた、ダンジョンの生配信実況者。
いったい何をどうすれば、電波が届かず有線でもジャミングされるダンジョン内で生配信が可能となるのか。
おちゃらけた印象の強いリーダーだが、先を見る目には自負がある。
明らかに未成年で『魔法』なんてものを操る怪しげな二人組ではあるが、抜群の容姿と配信慣れしていないがゆえの無垢な言動は、生配信を抜きにしても一気に伸びるだろう。
いや、生配信なんて反則技をやる一点でも脅威に違いなかった。
ならば、話は早い方がいい。
「実はさー、ここだけの話なんだけど」
リーダーは悪戯っぽく笑いながら続ける。
「彼女たちとはさっそくコラボする予定なんだよねー」
驚いたのはリスナーだけではない。仕込みでなければメンバーの他三人も初耳だったようだ。
「ほんと手が早いな、お前は」
「リーダーはボク以上に抜け目ないなあ」
「ガチ寄りのガチっすか!? リーダーパネぇ!」
リーダーは自信に満ちた笑みで「期待してろよな」と意味深に伝え、やがて配信を終えた――。
安堵に交じって喧騒が走るスタジオ内。
「なあ、コラボの話、本当なのか? 昨日の今日でいくらなんでも早すぎだろう」
配信後、四人の中でも寡黙で冷静沈着な黒髪の青年が尋ねる。
「俺は手が早いんだよ。な、マネージャー?」
声をかけられた若い女性はメガネの奥の瞳をキョロキョロさせながら、言いにくそうに応じた。
「それなんですが……。たった今、お断りの連絡がありまして……」
「…………は? 今なんつった?」
「で、ですから、ヒイラギ探究者事務所からは『男性とのコラボはお断りしている』とはっきりと拒否する内容のメールが送られてきまして……」
信じられなかった。
ダンジョン攻略配信ではトップクラス、いやトップであると信じて疑わない自分たちがわざわざコラボを打診してやったのに、それを断る?
「んなバカな話があるかよ!」
荒げた声に、スタジオ内がしんと静まる。
激情に染まる彼だったが、思考は実に冷静だった。
「おい、すぐ連中の次の配信をチェックしろ」
「なにをするつもりだ?」
怯えるマネージャーの代わりに黒髪の青年が尋ねる。
「配信のタイトルとか概要欄の内容で、次にいつどの辺りで生配信するか予測するんだよ」
「お前、まさか……」
赤髪のリーダーはにやりと笑った。
――生配信に突撃すっぞ。
柊牡丹はこのところ、事務所に寄りついていなかった。
電話は携帯で事足りるし、ネット環境はむしろこちらの方が充実している。しかも自宅アパートを出て階段を上ればすぐ到着するのだ、便利すぎてもうここが事務所でいいかと思い始めていた。
(でもやっぱり、落ち着かないなあ……)
広々として埃ひとつ落ちていないリビングで、ソファーに深々座って膝の上でパソコンを開く。またもあり得ないほど新着メールが届いていた。
ほとんどが『侵界実況†禁呪の魔法探索少女†チャンネル』への問い合わせや、シャルとユリヤの人物照会、そして探究者事務所のみならずVTuberなど配信者やインフルエンサーからのコラボ依頼である。
(まあ、あれだけ話題になったら、ね)
初の生配信のアーカイブは視聴数がうなぎ上り。世界トップにまで躍り出た。数多の切り抜き動画が生まれ、それらの検証内容に対する検証動画なんてのも出てくる始末。
唯一無二のダンジョン〝生〟配信はもとより、彼女らが操る『魔法』という不思議な力に今、世界中が注目している。
先を争うように寄ってくる人たちに対し、実質二人のマネージャーであるハルトは冷ややかだ。
「ハルトさん、本当にぜんぶ断っていいんですよね? コラボの依頼やインタビューは」
虚空に尋ねると、半透明のウィンドウが現れて黒髪の後頭部が映し出された。その向こうには大画面テレビがある。ゲームをしているようだ。
『うちは神秘性を売りにしてますからね。配信やSNSなら出す情報はこっちでコントロールできますけど、コラボとかインタビューとかだとどうしてもそっちに情報を引き出されるリスクがあります。それは避けないとね』
彼の言い分はもっともだ。
生配信を実現しているのも魔法だ。その辺りの情報コントロールは事務所主導で行うべきだろう。とくにシャルロッテは素直な性格なので、誘導されたらぽろっと諸々こぼしかねない。
ただまあ、それだけでないのは牡丹にもわかる。
「本音は?」
半透明ウィンドウに映る人物がくるりとこちらに向く。
『相手が女性グループだとしても男性スタッフは紛れてるもんです。うちの超絶可愛い妹に近づこうとする不届き者には相応の対処が必要でしょう? 俺はね、危険を排除してるんですよ。そう、行方不明者が出る危険をね』
これである。
(ハルトさんってふだんはのほほんとしてるのに、シャルロッテちゃんのことになると人が変わるよね)
短い付き合いだが地雷がなにかはわかりやすい。ともかく自分はそこを踏み抜かないよう、細心の注意を払うのみだ。
ひたすらお断りのメールを送る。
昼になり、マリアンヌから「すこし休んでは?」と声をかけられたが引きつった笑みで返し、黙々とメール本文を書いていく。
早いものでは昨日の深夜からのメールがあった。しかもかなりの大手である。感心しながらも、心の中でもったいないと肩を落とした。
午後三時になってようやくひと段落できそうだ、とほっと息をついたのも束の間。
大量のメールの中にダンジョン管理局からのメールを見つけた。
ダンジョンに入るにはいつ、どの層のどのあたりにどれくらいの時間滞在するかを事前申請する必要がある。これまでは入る直前、管理局窓口で書いてそのまま提出していたが、配信予定との兼ね合いで事前に申請できるものはやっておこう、となっていたのだ。
書類に不備でもあったかな? と内容を確認する。
どうやらあまりに攻略速度が速いため、本当に問題がないかのヒアリングが必要らしい。
まずい。
今日は六時から生配信の枠を取っている。早々に『問題なし』の判断をもらわないとダンジョンに入れなくなってしまう。
ラップトップをたたみ、腰を上げる。
とくに身だしなみには頓着がないので、そのまま出かけることにした。
(今までこんなのなかったんだけどなあ)
事実、事前申請については早い段階で形骸化している。
なにせ管理局がチェックする方法がほぼ皆無だからだ。ダンジョンでは外部からリアルタイムで探究者たちの状況を把握できない。録画配信を行う探究者たちでも、録画していない間に申請と違う場所へ赴いたとして確認のしようがなかった。
(でもうちって律儀に申請通りの時間で『行って』『生配信して』『帰ってくる』もんね)
だからこそ『この短時間で三層分突破するって舐めてんの?』と思われているのかもしれない。
(いや実際に突破できちゃってるのが、ね)
シャルロッテたちはむしろ遅い方だ。配信での見せ場をたっぷりめにしたり、リスナーとの雑談で止まったりもする。
一方で彼女たちをサポートするイリスフィリアやフレイたちの組はひとつの階層をすみずみまで調査しつつ、とんでもない速度で下の階層へ突き進んでいる。もう二十層に迫っているはずだ。
(で、一番とてつもないのが――)
ハルトである。
資格もないのに黒い全身スーツ姿で正体を隠し、バカみたいなスピードで攻略を進めていた。どこまで進んだのか怖くて聞けない。
そんなことを考えながら、管理局までやってきた。
どうせなら話しやすい人がいいな、とノエルを探していると。
(あれ? あの人たちって……)
派手な二人組を見つけた。
赤髪の青年は金ピカの軽鎧を身に着け、二振りの剣を背に負っている。隣には黒髪の青年が深い紫の鎧に太刀を腰に差していた。
そばには撮影スタッフと思しき人物もちらほら。
(たしか『オリオン・プロダクション』の看板ユニットだったよね?)
そして一番早いタイミングでコラボレーションを打診してきたところでもある。ただ、人数が足りない。たしか四人組だったはずだ。
いや、そもそもの話、彼らがここにいるのはおかしかった。
(たしか今日、配信枠を取ってたような?)
彼らは昼と夜の計二回、配信日には枠を取っている。基本、配信日にはダンジョンへ入らないはずだ。
声が届く距離ではなかった。
だから彼らが何を話しているのかはわからない。けれど――。
『舐めた連中だな』
耳元で、空気が軋むような声が聞こえた――。




